表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
叛逆のヴァルキューレ  作者: 雪野螢
92/169

第75話

禁忌




「助手よ! これは大発見だ!」

「はい! 先生、おめでとです!」


 研究室に缶詰めとなり考究し続け、早数年。

 わたしは遂に研究成果を収めることと相成った。


 この度、わたしは人と神との関係性を研究し、今まで謎に包まれていた「才華」の事実を解明した。


「まさか、わたしたちの才華にそんな秘密があったとは……これ、学会(おかみ)に発表したらど豪いことになりますよ!」

「何度も挫折を味わいながら諦めなかった賜物だ。何より助手に感謝したい……」

「えへへ! 先生、ありがとです!」


 固い固い握手を交わす。助手はにんまり笑っていた。


「先生! 今はそんなことより――」


 わたしは「そうだ」と手を打った。


「助手よ、馬車を手配してくれ! 今すぐ街へと向かおう!」

「はい!」

「論文、こっちで纏めておくから!」

「それじゃあ、そっちはお願いします!」


 定説では、才華というのは尋常ならざる力であり、神が人間一人一人に与えるものとされている。

 ならば、神はどんな理由で人に才華を齎すのか、どんな手段で才華を授けているのか、わたしは疑問視した。


 切っ掛けは、とある筋からこの手に掴んだ古書だった。古びた書物のその内容は戦女神の記述であり、才華についての関連性も詳しく書き綴られていた。

 戦女神は英霊たちのその魂を選定し、神の世界に(いざな)うことで徴兵役を担っている。英霊たちは有事の際の貴重な戦力源として、人の世界を離れた上で第二の人生(ひび)を送るという。


 わたしはこの、神々による募兵(・・)に関して着目した。

 これこそ、人に力を与える動機であると思ったのだ。


 神の力は強大であり、鮮烈極まるものである。人間界の英雄たちでも太刀打ちできないほどだろう。

 そこで、神は人間たちから強い手駒を作るため、自ら力を割り振り、それが人の才華となったのだ。


 神は人の信仰心で力の多寡が上下する。豊穣神が主神に通じる力を持つとされるのも、フレイヤ教の多数の信者が彼女を崇めているからだ。

 そういう意味でも、この推論には非常に信憑性がある。一般人は才華に対して決して造詣は深くない。しかし、なぜだかいつの日からかわたしたちは妄信し、才華は神から受け賜ったものだと思ってしまっている。


 多くの人は自分の才華を開花させずに没するが、元が神の力とあらば、そういう面にも合点がいく。勇者指定を受けるような才人ならば例外だが、そんな能力(ちから)に目覚める者など、そうそう出現しないだろう。


 そして、核心。

 一体、誰が……こんなことをしているのか。

 

 人間全てに自分の力を切り分け、与えられる神。


 そんなことができ得るのは――。


「主神オーディン、でしょうね」

「!」


 振り向けば、音も立てずに助手が後ろに立っていた。


 しかし、様子が変である。いつもの彼女と違っていた。助手は怪しく微笑みながら、けたけた声を上げていた。


「お前、誰だ……?」

「うふふ。あはは」

「一体、助手に何をした!」


 大きく髪を掻き上げた後、助手がわたしに目を向けた。

 胸の臓器を冷たい氷で(なぞ)られ、宛てがわれたような、そんな奇妙な錯覚がして……。


 わたしは、その場に頽れた。


「初めまして。わたしの名前はヘル。突然、ごめんなさい。ニヴルヘイムの女神といえば、この名は通るのかしら」

「……っ!」

神々(わたしたち)は人間界に降りてくるのも大変でね。今はこの子の身体を借りて、貴方に会いに来たの」

「……っ!」


 死者の世界を牛耳る女神が、わたしの前に現れた。


 ニヴルヘイムの支配者、ヘル……。

 わたしは一人で戦慄した。


「駄目よ? わたしたちのことを嗅ぎ回ったりなんかして。わたしたちにも秘密の一つや二つ、普通にあるんだから」

「……」

「わたしは主神の命で貴方のもとへとやってきた。貴方は禁忌に触れてしまった。わたしの世界にいらっしゃい」


 一歩、二歩、助手の二足が、ゆっくり……こちらに歩み寄る。


 身体が……凍えるように寒い……。

 五体が、凍りついていく。


「大丈夫よ。安心して。貴方は神秘に近付いた。とても利口で、とても優秀。わたしが愛でてあげるから――」


 その時、こちらに迫るその手を、誰かが掴んで、抑制した。


 銀髪碧眼。小さな少女が、わたしの目先に出現した。


「冥府の主よ、ご自重をば。お戯れが過ぎます」

「あら……」

「ここは下界のミッドガルド。ニヴルヘイムに、お帰りをば」


「彼はわたしが戦女神のこの名を以って選定します」――突然すぎるそんな宣言(ことば)に、わたしは胸中、動揺した。


 少女は自分自身のことを戦女神と呼称した。

 わたしの前に、二人の女神が姿を現したのである。


「ふふ、選定問もなしに死者のその手を掴むのね」

「ニヴルヘイムとヴァルハラの道、誰が前者を選びましょう」


「うーん。それは困ったわね」と、頬に手を当て、小首を折る。


 二人の女神は一点集中、互いに互いを見つめていた。


「けれど、これは義伯父(オーディン)様がお申しつけになったこと。貴女だって主神の命に逆らうことはできないでしょう?」

「それは、その……何とかします。豊穣神にお強請りします」

「フレイヤさんでも駄目だったら?」

「お父君にもお強請りします」


「あはは!」――瞬間、女神ヘルが腹を抱えて一笑した。


 膝を折って、戦女神に微笑む。

 心底、愉快げに。


「お父様の名前を出されちゃ、ふふふ……わたしの降参」

「……」

「貴女、知ってる。ラーズグリーズ。噂通りの可愛い子ね」


 研究机の論文全てを手に取り、燃やして灰にして、女神ヘルは「楽しかった」と一言。


 わたしに忠告した。


「先生? ほんとは助手(このこ)の命も奪っておかなきゃいけないけど、そこの可憐なお嬢さんがそれを許してくれないの。だから、最期に貴方の口から彼女に伝えておきなさい。研究成果は他言無用。このまま忘れるようにと」

「……」


 優しいような、冷たいような、そんな瞳の色のまま、女神ヘルが視線を移す。


 戦女神は黙っていた。


「ラーズ? 今日はありがとう。貴女に会えてよかった」

「……」

「わたしたちは近いうちに、必ずどこかで再会する。その時まで、お元気で」

「ヘル……」

「うふふ。さようなら」


 意識を失くし、助手の身体がばたりとその場に倒れ込む。


「あれ……? わたし、どうしたんだろ」――助手は間もなく気がついた。


「え、先生……? 先生、しっかり! 一体、何があったんです!」

「助手よ。話を聞いてくれ……」

「話……?」

「そうだ。実は――」

「……」


 神の名前は伏せた上で遺言代わりに言い残し、口外禁止を約束した後、わたしはそのまま息絶えた。


 子供のように喚く助手を、わたしは宙から見つめていた。

 彼女だけでも命が助かり、わたしは……愁眉を開いていた。




インパチェンス

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
大変詳しいご返事のおかげで、話の筋もバッチリ分かりました、ありがとうございます♪(≧▽≦)ポケモンでの例え、面白いながらスッキリしましたw えぇー!?、お礼なんてそんな〜(ꈍᴗꈍ)喜んでくださるだけ…
北欧神話では神々も不老不死ではなく、死ぬとヘルの治める冥界に行くことになるらしい・・でも、英雄である人間はヴァルハラに行くけど、神々はヴァルハラには行けない?・・お話と関係あるか分かりませんが、何とな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ