ヴァルハラ事変
報酬は入社後平行線で
東京は愛せど何もない――。
宮殿外の夜の空に異界の歌が響いていた。
彼はわたしの大事な家族。
ユカリは、一人で歌っていた。
「ヘリアンサス……? どうしてここに……?」
「女神ちゃんだ。こんばんは」
外回廊の一本柱を背にして、彼女は座っていた。
女悪魔のヘリアンサス。
そんな彼女も、一人でいた。
「貴女、一体、ここで何を……?」
「ユカリの歌を聴いてたの。こんな時間に、不味かったかな……?」
「いいえ。問題ないですが……」
ユカリは宮殿門の上で足組み、寝っ転がっていた。
自分の両手で枕を作り、仰向け、夜空を眺めている。
「ユカリ、時々ああいう風に一人で小夜を過ごしてるの。わたしはユカリの歌が好きで、こっそり鑑賞してる」
「……」
「ユカリの歌、別の世界のものだし、要領得ないけど……歌詞の意味が分からなくても、それでも、わたしは大好きなの」
目を閉じ、薄く笑みを浮かべ、ユカリの歌に聴き入って、ヘリアンサスは幸せそうに夜風に髪を揺らしていた。
「貴女もユカリのもとへと行って、二人で夜を過ごしては? 膝枕でも貸してあげれば、ユカリは喜びそうですが」
「んふふ。わたしの膝でよければ、いくらだって貸すけどね。でもね、今夜は我慢するよ。邪魔にはなりたくないから」
「……?」
ヘリアンサスは遠い目をしてユカリの影を見つめていた。
憧憬、愛惜、同情、理解。
そんな瞳の色だった。
「ユカリ、元いた世界ではさ。いっつも一人でいたみたい。両親だとか兄弟だとか、友達、折り合いつかなくて、音楽だけがユカリの支えで、毎日聴いてたみたい」
「……」
「ユカリ、きっと今は静かに、一人でいたいと思ってる。だからわたしはここにいたの。そっとしておきたいから」
「……」
「多分、そういう曲なんだよ」と、ヘリアンサスは笑っていた。
愚問だった。
彼女はきちんと思い人へと寄り添って、ユカリの歌の曲調により心情を酌んでいたのである。
「たった一人の異世界転移。かと思ったら、死んじゃって。そりゃあ、感傷的にもなるよ。わたしが言うのも変だけど」
両手の指を交差させて「うーん!」と大きく伸びをして、ヘリアンサスは息をついた。
とても名残惜しそうに。
「だけど、ずうっとこんなところにいたら、流石に迷惑かな。居座っちゃってごめんなさい。わたし、そろそろ行くね」
「……」
立ち上がろうと膝を立てた彼女の肩に手を添える。
左右の角の一本を撫でた。
擽ったいのか、笑顔になる。
「いい子」
「へ……?」
「とってもいい子」
「んへへ。なあに……? 照れちゃうよ」
「ユカリのことを見ていてあげて」――そっと一言、言い残し、ヘリアンサスに別れを告げて、わたしはその場を後にした。
少し前のわたしであれば理解に苦しむ行動だが、二人の邪魔をしたくはないと、今のわたしは思ったのだ。
マーシャルの匂いで飛んじゃって大変さ
毎晩絶頂に達しているだけ
ラット一つを商売道具にしているさ
そしたらベンジーが肺に映ってトリップ――。
宮殿外の夜の空に異界の歌が響いていた。
彼はわたしの大事な家族。
ユカリは、一人で歌っていた。




