第68話
聖女
わたしの街は世界で一番、魔王の城の近くにあり、海を隔てて彼方の居城が見える、そういう場所でした。
魔王の城の発する瘴気が風に乗って到来し、付近の魔物が狂暴化する、とても危険な街でした。
しかし、わたしが生まれて以降、魔物は姿を消しました。
わたしは出生すると同時に才華を開花させており、魔物たちは街の内部に侵入できなくなったのです。
わたしの才華は邪悪な魔物を遠くへ追いやるだけでなく、外傷、創傷、人の病気を治癒する力もありました。
魔法などとも異なる力を人は「聖女の才華」と呼び、わたしは随分持て囃されて……。
街は平和になりました。
「聖女様、お加減は? ご容態はいかがでしょう」
「はい。何とか、以前よりは……随分楽になりました」
わたしはとても身体が弱く、いつも不調に悩んでいて、それは才華が原因なのだと薄々認識していました。
聖女の才華を行使する度、強い頭痛に襲われて……その症状は悪化していき、わたしは倒れてしまったのです。
しかし、わたしに救いを求め、多くの人がやってきます。
わたしは不幸に苦しんでいる、そんな彼らに笑みを向け、感謝の言葉に頷きながら……。
聖女の才華を、使いました。
「……」
ある日、ふらりふらりと蹌踉めき、何度も転びつつ、わたしはとある場所に向かって、一人でこっそり出かけました。
今となっては廃れてしまった、街の大きな廃教会。
片隅には、フレイヤ像が……朽ちて倒れていました。
「……」
フレイヤ様のそんな姿に、わたしは心を痛めました。
すると、その時、子供の声が……どこからともなく聞こえました。
小さな小さな啜り泣きに、わたしは周囲を確認します。
フレイヤ様の女神像の、反対、丁度裏側にて、幼い男児が膝を抱え、涙を零していました。
「……?」
「聖女様」と呼びかけられて、わたしはにこりと微笑みます。
膝小僧には大きな擦り傷。きっと転んでしまったのです。
「こんなところで、一体、何を?」
「お友達とね、隠れんぼ……」
「そっか。だけど、この教会は……人がいなくて危ないから、お友達とお家へお帰り」
「でも……」
「怪我なら、大丈夫」
小さな膝を両手で覆い、わたしは祈りを捧げます。
次の瞬間、男児の怪我は――綺麗に消失していました。
「あ……」
「これで平気でしょう?」
「うん! ありがと! 聖女様!」
元気に駆けてこの場を立ち去る子供たちを見送って、わたしは……倒れ込みました。
女神様が現れます。
「貴女は自分の身体の限界、才華の因果を知っていて、なぜ……それでも他者のために命を賭したのですか」
「……」
女神様の選定問に、わたしは返事ができません。
女神様に、とんだ無礼を……聖女失格ですね。
「……」
わたしが生まれてからというもの、街は姿を変えました。以前は魔物が襲来しようと住民たちが撃退し、人と人とが手を取り合って街を守っていたそうです。しかしわたしが誕生してからその必要はなくなって、もはや今では住民同士の絆は失くなりつつあります。
人はわたしを神聖視して大いに崇めていましたが、やがてわたしを訪ねてくるのは富裕者だけになりました。大人たちがわたしの疑問に返事を呈することはなく、街は徐々に発展を遂げ、大きくなっていきました。
神に祈る人の数も、次第に、どんどん減ってしまい……今では大きな廃教会が手入れもされずに残っています。
そんな中で、わたしは一人で……自問自答をしていました。
わたしは一体、何なのかと。
わたしは、誰なのだろうと。
「……」
砂で作ったお城のように、身体が……崩れ落ちていく。
聖女の才華は永遠無限に行使でき得るものではなく、わたしの命を削ることで効果を発揮していたのです。
これまで起こした奇跡の代償がわたしの五体を襲います。
助かったりは……しないのでしょう。
わたしは、初めて打ち明けた。
「わたし、普通の女の子として日々を送りたかったんです。通学して、就職して、結婚して、出産して……友達、家族に囲まれながら、お婆ちゃんになって」
「……」
「わたしが死ねば、この一帯は清浄の地ではなくなります。嘗てのように魔物が押し寄せ、住民たちは苦しむでしょう。そしてもはやそんな彼らに魔物と戦う勇気はなく、いずれは誰もが逃亡し、街は亡びてしまうのです」
つまり、わたしが生まれてきたのが悲劇の始まりだったのです。
わたしは人に幸福なんて一切与えてなどはいない、聖女だなんて及びもつかない……。
悪魔の申し子だったのです。
「……」
隣りの女神様が片手に触れてくれました。しかしその手も毀れてしまい、原型さえも残りません。
とてもとても、悲しそうな……そんな瞳でわたしを見て、わたしは、小さく息をついて。
教会の天井を見つめました。
「ああ、わたしは何のために……生まれてきたのでしょうね」
「……」
そうして、わたしのその肉体は跡形もなく消滅した。
「今度は、わたしが貴女を救う」――彼女の言葉が、心強い。
ベロニカ




