第69話
覚悟
西の大陸、果ての果ての妖精族の隠れ里。
俺は帝国より派遣されて、西の彼の地にやってきた。
今、帝都は終戦による方々補償に追われている。
東、西、南に対して使節団を送っており、各国、各地の代表たちと戦後談判しているのだ。
中でも、俺は厄介である西の僻地に参上した。
妖精族が住まう森だ。
協議は極めて難航した。
「謝罪ハ不要。人間タチト話スコトナド何モナイ」
「左様。言葉ヲ交ワストアラバ、我ラノ娘ヲ連レテコイ」
彼らが「娘」と言っているのは混血族のことである。
妖精族と人間たちを取りなしていた一族で、末裔である一人の女性がこの地に居ついていたらしい。
しかし、此度の戦争により彼女は命を落としており、手にかけたのは帝国軍だった。
彼らは、それらを既知していた。
「アノ子ハ世継ギヲ儲ケナカッタ。混血族は途絶エタノダ」
「卑シク愚カナ人間ドモメ、我ラノ前カラ立チ去ラレヨ」
「モハヤ我ラハ人間タチニ心ヲ開キハシナイダロウ」――徹底された厭人主義は噂通りのものだった。
だが、俺とて何も為さずに降参、帰国はできないのだ。
胡坐を掻いては座り込み、俺は腕組み、背を伸ばした。
「それは困る。俺は北から西へと遥々馳せ参じた。怒りの多寡ならお察しするが、ただでは引き揚げられないな」
「……醜イモノダ。人間タチハ。傲慢、私欲ニ満チテイル」
「イイダロウ。オ前ハ単身、一人デ森ヘトヤッテキタ。我ラノ私情ヲ知ッテノコトダ。ソレ故、試練ヲ与エテヤル」
妖精族の族長たちが錆びた剣を用意する。
年季の入った古い剣だ。俺の前へと差し出された。
「嘗テ我ラノ隠レ里ニ一人ノ人間ガ現レタ。コレハ彼ガ携エテイタ、彼ガ残シタ剣ダ」
「……?」
「彼ハ当時ノ長ノ娘ト深イ仲ニナッテオリ、我ラニ取リ入ルコトヲ目当テニ単身、森ヘトヤッテキタ。今ノオ前ト同ジヨウニ頑固ト退散シヨウトセズ、ソコデ、我ラハ彼ニ対シ、一ツノ試練ヲ与エタ」
「……」
聞けば、件の男こそが混血族の祖だったらしい。妖精族は彼に対して利き腕切除を申しつけ、それが二人のその関係を認める条件だったのだ。
男は一切迷うことなく自分の腕を切断した。
この剣は、彼がその時携帯していたものであり、俺にも同様、当時のように試練を課するということらしい。
「言いたいことは理解した。それで、俺への条件は?」
「此度、我ラノ一人娘ハ命ヲ奪ワレ、他界シタ。我ラニ対シテ謝罪ハ不要。謝罪ハ、娘ニシテモラオウ」
「受ケ取レ」――俺は言われるがまま、錆びた剣を手に取った。
妖精たちが注目する。
なるほど……。
俺は彼らを見た。
「赦してほしくば命を差し出し、あの世で娘に謝罪せよ」
「……」
「差し詰め、そういうことか。貴方たちの本意は」
「……」
妖精族は種族単位で死後の世界を信じている。
娘の魂の安息こそを彼らは憂えているのだろう。
剣の刃先を眺めていると、族長一人が立ち上がる。
金緑色の瞳を以って、こちらを睨みつけていた。
「ヤハリ人間。命バカリハ惜シンデイルトイウコトカ」
「誤解は困る。剣の側部を確認していただけだよ」
「……?」
混血族の一人娘は帝国軍が殺害した。
契約印を破棄した上で首級を挙げたと聞いている。
ならば、被疑者も同様にして命を絶つのが礼儀だろう。
剣の腹を首に宛て、俺は族長のその目を見た。
「俺は尊き新たな王の勅命を受け、ここに来た。貴方たちに赦されるなら、こんな命は惜しくはない」
長い耳がぴくりと動く。妖精たちは瞠目した。
両の腕に力を込める。
最期に、一つ質問した。
「貴方たちの娘の名を」
「……ビオサ」
「確かに。聞き届けた」
そうして、俺は自分の腕で――自分の首を切断した。
意外に、意識は長く残った。
頭が拾い上げられる。
「人間ヨ。オ前ノ覚悟ハ、今、確カニ見届ケタ」
「我ラハ決シテ嘘ヲツカナイ。安ラカニシテ眠ルガイイ」
そんな言葉に安心して、俺はそのまま目を閉じた。
「あたしのこととか、どうでもいいでしょ!」
……何やら、怒鳴り声がした。
ヤブデマリ




