ヴァルハラ追憶
「あ、ラーズだ。奇遇だね」
「ダンデに、それと……クローバー?」
神界、人間界に架かる虹の大橋、ビフレスト。
ダンデ、そしてクローバーは二人揃って並んで立ち、橋の上から人間界を見つめ、何やら話していた。
「戦死者の声、聞こえたの?」
「いいえ。今日のところはまだ。ヘイムダルに父娘が作ったお酒を届けてきたんです。彼は朝も昼も夜も、ここから離れられないから」
グレープ、バーベナ親子のお酒は神々にも好評で、見張り番のヘイムダルにもお裾分けをしたのである。
そんな折、東西の勇者の姿が視界に入ったのだ。
こんなところで、珍しい。わたしは小首を傾げていた。
「お二人こそ、一体、何を? いつもは練兵しているのに」
「ちょっぴり、昔話をね。そんなに昔じゃないけど」
「……?」
「北の話をしていたのさ」と、クローバーが開口する。
わたしは察して、口を噤む。
二人の隣りに並列した。
「思えば、僕らは彼女のことを何にも分かっていなかった。勇者指定を受けた女性。王室仕えの魔法使い。それ以外のことは、僕らは何にも知らなかった」
「……」
「不愛想で、不躾だし、とても冷たい子だったけど、それは自分を隠すための振る舞いだったのかもしれない。世界中の人が彼女を北の傀儡と揶揄したけど、本当は……たった一人で苦しみ、嘆いていたんだね」
奴隷契約、契約破棄、その後に彼女が為したこと。
北の勇者の真の姿を、二人は慮っていた。
「どこかで、何かが……本の少し、たった一つ違ったなら、人の世界は今のような事態になってはいなかった。俺もダンデもこの戦争を止める力があったんだ。なのに、あんな女一人が……全てを背負ってしまった」
「……」
「別の道があったはずだ」――クローバーが歯噛みをする。
彼の肩に片手を添えて、ダンデは両目を落としていた。
「!」
その時、わたしの耳に……彼方の声が聞こえてきた。
恐ろしいほど黒い感情がわたしの心を侵食する。
後悔、葛藤、失望、辛苦、憤慨、憂鬱、悲嘆の声。
未だ嘗てなかったほどの人の哀哭、希死念慮が、わたしの中へと流れ込み……。
そのまま、わたしは頽れた。
「ラーズ!」
二人が身体を支え、わたしに介添えしてくれる。
動悸が、呼吸が乱れている。
わたしは胸を押さえていた。
「聞こえたのか。北の声が」
「まさか、リコリスさんが……?」
「……」
立ち上がり、暫しの沈黙。振り向き、わたしは二人を見た。
涙が一筋、頬を伝う。
わたしは、こくりと頷いた。




