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叛逆のヴァルキューレ  作者: 雪野螢
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第18話

孝行




「あら、お腹を蹴ったわ」

「え?」

「今ね、お腹を蹴られたの。この子、きっと貴方によく似た腕白やんちゃな男の子ね」


 母の胎内にいる時点から既に自意識は芽生えていた。母胎の外から耳に届く衆人の会話から察するに、どうやら俺は「才華」によって自我を目覚めさせたらしい。


「貴方。今日、お医者様のところに行ってきたのだけど……」

「どうした? まさか、お腹の子供の調子が悪いと言われたのかい?」

「それがね、ちょっと……不確かだけど、気になることを仰られて」

「そうか。分かった。話してごらん。なあに、僕と君の子だ。優しく賢い、元気な子供が産まれてくるに違いないよ」


 父と母は肉体的にも精神的にも健康で、第一子である俺の出産(うまれ)を心から待ち望んでいた。

 産まれる前から両目も耳も正常に機能していたし、何より知恵や知識があって物心だってついていた。普通に誕生していたなら、歴史に名前を残すような天才になれたかもしれない。


「だから反対だったんだよ! こんな子供を産むだなんて!」

「そんな! 二人で話し合って、そうして決めたことじゃない!」

「どうするんだよ! こんな、こんな……化け物が産まれてくるだなんて!」


 産まれた俺は未熟児であり、障害をいくつも抱えていた。欠損部位も複数あり、親から見ても俺の姿は怪物同然だっただろう。


 本来ならば流産するか、産後に間もなく果てたはず。しかし俺が命辛々この世に生を享けたのは、幸か不幸か開花を果たした才華が影響していたらしい。

 俺の身体を目にする父母は恐怖の表情を浮かべていて、仲が良かった二人の口論(けんか)を理解できるのが辛かった。


「……ごめん。少し言いすぎたよ」

「わたしのほうこそ、ごめんなさい……」

「それで、この子の、僕たち家族の今後についてだけど」

「……」

「堕ろす選択を蔑ろにしてこの子を産んだのは僕たちだ。この子の未来を案じることは僕らの義務だと思う」

「……」


 父は極力綺麗な言葉で取り繕おうと必死であり、母は優しい人だったが、俺を愛してはくれなかった。


「合法的に僕らの下からこの子を手離す手段がある。北の大陸の亡命国。ここにこの子を連れていけば僕らも罪には問われない」

「それって、身売り……? 人身売買……?」

「違うよ。この子のためを思って、考え抜いての結論だよ。一緒に生きれば僕も君も、この子自身も辛いだろう。多くの人に迷惑をかける。だから……決断したんだ」

「……」


 言いつつ、父は北に渡る支度を既に始めていた。

 母はそんな父の背中に寄り添い、顔を伏せていて、両親(ふたり)の目には実子(おれ)の姿は、もはや映っていなかった。


「ありがとう。分かってくれて」


 ……。


「未来に進もう」


 ……。


「今度は元気な子供を産むから」


 ……。


「ヤナギ、ごめんなさい――」


 最後に俺のものと思しき名前を小さく囁いて、父と母は部屋を出ていき、俺はその場に残された。

 

 俺にも名前があったらしく、最期に、それで救われた。

 二人に対してこれ以上の負担をかけたくなかった。


「……」


 季節は冬。部屋の暖炉の炎が、煌々と燃えていた。

 こんな時期に北へ渡って、風邪など引いてほしくはない。


 産まれたばかりの障害児でも、身体を引き摺り、這う程度なら――この俺ならば可能だろう。


「本当にそれでいいのですか。悔いや未練はないのですか」

 

 ないです。ただただ、父と母への負い目が……募るばかりで。


「……」


 最初で最後の親孝行です。どうか……見届けてください。


「……」


 俺が産まれる前の父母は、本当に、本当にお似合いで……。

 こんな俺の誕生により仲違いしてはいけないのだ。


 進路を塞いだ女神様が、頷き、暖炉への道を開ける。


 最期に、父母の期待を裏切り、そして応えられもせず、粗末で不出来に産まれてしまったことを、心よりここに恥じる。




ユキヤナギ

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