第19話
独占
彼女は正に僕の理想の、この街一番の美女だった。
どんな相手を前にしてもいつも笑顔を浮かべる子で、外見的にも内面的にも本当に最高の女性だった。
僕と彼女はお向かい同士で、いつも姿を見かけていた。
朝に会えば「おはよう」といい、昼に会えば「こんにちは」といい、夜に会えば「こんばんは」という、彼女の声が好きだった。
十一年と半年前、子供の時分だった僕は病気で倒れたことがある。少し重い程度の風邪で命に別状はなかったが、彼女はわざわざお見舞いに来て、僕の看病をしてくれた。
「困った時はお互い様」と当然のように言って退け、笑みを向けてくれた彼女を、僕は今でも憶えている。
僕も彼女も戦争孤児で、それぞれ一人で暮らしていた。
彼女にとっての僕はというと、それは……よくは分からないが、ともあれ僕にとっての彼女は唯一無二の人だった。憧れであり、救いであり、そして意中の女性であり、これから二人で支え合って生きていきたいと願っていた。
そうして遂に、先日、僕は彼女を自宅に招き入れた。
思いの丈を伝え、ようやく――。
僕たち二人は結ばれた。
「やあ、戦女神さん。ご機嫌よろしいようで」
「……」
「おっと、あまり近付かないで! 足が汚れてしまうよ」
「……」
死した人間の選定者である戦女神が登場する。
戦女神はただただ黙って、何も語りはしなかったが、何やら言いたそうな顔で、こちらを一点に見据えていた。
「だけど、一歩遅かったね。戦女神がここに来たのは実は二度目のことなんだよ。一度目に来た戦女神はもっと艶やかな女性でね、何も言わずに彼女の魂を連れていってしまったよ」
まさか神にも過剰派遣があるとは思いもしなかったが、まあ、彼女は人間的にも優秀な人材だったゆえに、死後の世界においても引く手が数多だったということだろう。
「何せ美人で、しかも更に性格さえもよかったから。彼女に集る蝿は多くて、僕も苦労したよ」
「……」
「でもね、これで一安心さ。僕らは一つになったからね。これで僕らの未来を邪魔する連中はいなくなったんだよ」
腹部を撫でると、これ以上にない充足感に満たされた。
真っ赤に染まった僕の寝室。吐き気を催す鉄の匂い。
それらは、僕が彼女と二人で築き上げたものだった。
「どうして貴方はこんなことを? これが愛だというのですか」
「愛だよ。僕は彼女を、ただただ僕だけのものにしたかった。僕だけを見てほしかった。本当にそれだけなんだ」
「……」
「言っただろう。彼女に集る蝿は多くて、苦労した。妬み僻みに飽き飽きしてた。だから実行したんだ」
「……」
傾国姫と比較をしても遜色のない彼女に対し、僕は非才で……取り柄なんて何も持ってはいなかった。
いつもいつも、言いようのない無力感を抱いていて、彼女を手にするその方法に思考を巡らせ、嘆いていた。
仮に僕らが交際したり夫婦となったりしたとしても、僕の彼女に向ける思いが止まることはなかっただろう。
遅かれ早かれ、同じような、似たような結尾を迎えたはず。
ならば、今こそ好機であると……僕は思ってしまったのだ。
「彼女の魂を欲さんとして君もここまで来たんだろう。だけど、気の毒だけど、今や彼女の存在はここにはない。あの子のような無垢で綺麗な魂はそうはないと思う。けれども、君もここは諦め、次の派遣先に向かうといい」
何やら外が騒がしくなり、僕は窓外に目を向けた。
街の自警団員たちが集まり、押し寄せつつあった。
「ああ、例の蝿たちだよ。彼女がいなくなって数日。まあ、勘付く頃だね」
「……」
「どうした? 君はもはやここには何の用もないはずだろう?」
「いいえ。わたしが迎えに来たのは、目の前にいる貴方です」
小さく口を開いた女神に、衝撃の告知を聞かされる。
僕が? 誰に? なぜ? どうして――。
そんな資格はないのに。
「……」
自警団が家に押し入り、近付いてくる音がする。
しかし僕は戦女神の、そんな一言に意を囚われ、我が身に迫る危機などもはやどうでもよいものとなっていた。
「貴方が愛した女性は、今はエインヘリャルに。ヴァルハラに。為すべきことを為してください。これ以上、言うことはありません」
ぷいと横を向いた女神は、何やら……少し怒っていた。
僕は地獄に落ちることを覚悟し、彼女に手をかけた。死んでも罪を背負い続けるつもりだった。
しかし――。
「……」
剣や斧で扉が壊され、自警団が割って入る。
それぞれ、我を忘れたような怒りの様相を浮かべていた。
「抵抗しないのですか」
「ああ。こうなることは分かっていた」
次に彼女に会った時に、彼女が僕にいの一番に何を言うのか、気になった。
次に彼女に会った時に、僕が彼女にいの一番に何を言うのか、気になった。
イカリソウ




