第16話
再起
元いた世界の俺はというと、ただただ無力な出来損ないの愚かな駄目人間だった。
特技がなければ取り柄もなく、何をするにも人一倍の努力や時間を要したし、客観的に自分を見ても鈍間な上に愚図だった。
とにかく社会の仕組みが嫌いで人付き合いも避けていたし、嫌なことがあれば逃げ出し、他者に迷惑をかけていた。
外見どころか内面までもが醜悪である自覚があり、自分で言うのも変な話だが魅力は皆無だったと思う。
悪いことなどしていなくても訳なく人から嫌われたし、思い返せば損してばかりの我慢と辛苦の日々だった。
友人なんて一人もいない冴えない学生時代を終え、親が早死にしたのもあって実家の自室に引き籠もり、たった一人の孤独な日々を無意味に、無意義に過ごしていた。
未来への夢も希望もないまま青春時代は通り過ぎ、経済的に限度に達して全てを諦めかけた頃。
ようやく、ようやくこの人生に大きな転機が訪れた。
ある日、目覚めた俺の視界に見慣れた天井は存在せず、流行りのライトノベルよろしく――異世界に召喚されたのだ。
「信じられない」「そんな馬鹿な」と我が目を大いに疑ったが、しかし人生を悲観していた俺の順応は早かった。
所謂、召喚術士とやらはどこぞに姿を消しており、俺は深い森の中に単身取り残されていた。
何とか森から抜け出た先には小さな集落、村があり、村人たちは俺を持てなし、笑顔で迎えてくれたのだが……けれども召喚された身として、以後の方針が分からない。
俺はともかくこの異世界に適応すべきと判断し、村人たちと衣食住を共にし――。
それから、半年経つ。
半年間でこの異世界の情勢は理解に及んでいた。四方の大きな大陸のうち、ここは南に位置するそうだ。
四つの大陸は争い合い、相次ぐ戦火が各地で広がり世界は混沌としていたが、そこに魔物の王が現れ、人類の脅威となったらしい。とある東の国の王が停戦協定を発案し、人間同士は一時休戦。しかし魔王のその軍勢は次第に勢力を拡大して、世界中で多くの人に恐怖を与え続けている。
「……おい。一応確認だけど、負けイベとかじゃないよな?」
「……」
「めちゃめちゃ強い傭兵とかがこの後、颯爽と現れて、俺のピンチを救ってくれるシナリオとかじゃないよな?」
「……」
俺にとって誤算――というか、最大の盲点だったのは、想像以上に自分の存在が異質であったことだった。
魔王軍の幹部の一角、十一将の女悪魔。
聞けば彼女はイレギュラーたる異人の存在を危険視し、わざわざこんな辺境にまで俺を潰しに来たらしい。どのようにしてこちらの素性が割れたか、それは分からないが、ともかく俺は超強敵の標的になっていたのである。
異世界召喚されて半年、突如のイベントだったのだが、しかし俺は実のところ少し心が躍っていた。なぜなら異世界物といえばこの手の騒動は付き物で、起承転結の起の役割と相場が決まっているからだ。
相手が可愛い魔物娘であったというのも罠だった。きっとこの子が俺のヒロイン。そういう確信を持ったのだ。
この半年で弱い魔物の相手くらいはしていたし、何なら自警を名乗り出ては村を守っていたりもした。
決して死にはしないといった謎の自信がどこかにあり、俺は村の警鐘を背に――刺客を森へと誘い込んだ。
「つええよ。お前、空軍将軍かよ。勝てるわけがないだろ……」
「……」
「え、マジでこれで終わり? 頓挫もいいとこなんだが」
「……」
元いた世界と今いる世界のその両方を鑑みても、女悪魔は美少女だった。それは本当に間違いない。
俺は思ったよ。この美少女を軸に話が進むのだと。彼女は敵の幹部だが、何やかんやで俺と一緒に行動せざるを得なくなり、そうして徐々に心を開いていずれはデレてくれるのだと。
しかし違った。女悪魔は飽くまで魔王の手先であり、戦闘中に俺への好意が芽生えたりはしなかった。
彼女の目当ては俺を殺して首を刈り取ることであり、それ以外のことになんて微塵も興味がなかったのだ。
「君、結構強かったよ。遠征してみて大正解。やっぱり勇者の候補たちは侮れないと思った」
「……」
「君が使った技とか、魔法……とても不思議なものだったね。どれもこれも初めて見たよ。わたし、目移りしちゃった」
「……」
おいおい、マジかよ。声まで可愛い。ちょっと低めで、もろ好みだ。
お世辞を言われて惨めになって、俺は小さく鼻で笑う。
女悪魔は損傷軽微だ。難なくぴんぴんしていやがる。二本の角を一本折って翼を半分割いたものの、致命傷とはとても言えず……俺は密かに歯軋りした。
「できれば、君の技や魔法の種明かしをしてほしいけど、それは君の才華に関するものだと思っていいかな?」
「……けっ」
「んふふ。図星だ。分かり易いね。わたし、君のこと好きだな」
「……」
この世界ではスキルのことを「才華」と表現するらしい。
この世界での俺の才華は所謂「コピー能力」で、漫画やアニメの技や魔法を模範するというものだった。元いた世界のオタク知識をこれ見よがしに利用して、攻撃の術も防御の術も、回復の術も手に入れた。
使うやつがしっかり使えば充分すぎるチートスキル。しかし現に使用していて痛いほどに分かったのは、結局、体力や精神力が不可欠ということだった。
腕から黒い炎を出したり、花弁の盾を創ったり、片仮名三文字を発するだけの癒しの魔法を唱えたり……。
そういう再現こそはしても、とどのつまり「MP切れ」を起こせば俺はただの人で、持久力とか人並み以下だし……ちょっとね。相手が悪かった。
女悪魔は愉快そうに尻尾を左右に振っている。
俺は地面に這いつくばり、不敵な笑みを浮かべる彼女を睨むことしかできなかった。
「だけど、変だな。才華は普通、生まれた時に受け取るのに……君はまるで開花の済んだ才華を手にした感じだ」
「……」
「まあ、いいよ。気になるけどね。わたしの役目はもう済むから」
女悪魔が接近する。俺は彼女を見上げていた。
こんな時に不真面目だが、しかし……本当に可愛かった。
ああ、見れば見るほど可愛い。めちゃめちゃ可愛い。マジ可愛い。
こんな美少女ヒロインとさ、一緒に旅とかしたかったな。宿屋で風呂場を覗いたりね。そういうのいっぱいしたかった。
多くのラノベの先駆者たちの厚遇っぷりが羨ましい。ラッキースケベはどこに行った。俺の分はどこにある?
結局、俺は……この世界でも主人公ではなかったのか。
「……なあ。お前、俺を殺してその後、あの村どうするんだ?」
「皆殺しだね。勇者が誕生しかけた危険な村だもの」
あっけらかんと答えてくれる。なるほど。やっぱりそうなるのか。
出そうな杭は打たれるわけだ。要はこれはドラクエ4。俺にはシンシアなんていないと、つまりは……そういうことだった。
勇者か。漫画やアニメなんかで何度も何度も見聞きしたが、まさか俺にもそんな目が……。
今更、虚しいだけだが。
「……」
実に醜い人生だったが、ここらでバッドエンドらしい。
思えば、本当に女っ気のない日々を過ごしたものである。同衾どころか接吻どころか、手さえも繫いだことがない。
そこで、俺は最後の最後に懇願してみることにした。
どうせ死ぬのだ。生き恥なんて晒したところで、関係ない。
「よお。最後に取り引きしないか。俺とさ、お手々を繫いでくれ」
「……」
「頼むよ。俺さ、ほんと……そういうの憧れだったんだよ」
魔物とはいえ、相手は女。それもすんごい美少女だ。
「そしたら俺も抵抗せずにやられてやるよ」と付け足した。
女悪魔に腕を差し出す。
俺は真っ直ぐ、その目を見た。
彼女はにこりと笑みを浮かべ、
「ごめんね」
俺の腕を切断した。
「……そうかよ」
俺の言葉と同時に魔法陣が発生し、女悪魔の周囲に展開。
彼女の身体を縛りつけた。
「な……っ!」
満身創痍だった俺の思わぬ反撃に、女悪魔は狼狽していた。
そういう顔も可愛い。
「……」
自己犠牲系の技や魔法を、俺は二十は知っている。
それら全てを一つに纏めて、一度に、一斉に発動する。つまりこれは「超自爆」だ。
使用条件は実に単純。俺がくたばることである。
「君、どこにこんな力……っ! こんな力を隠してたの……っ!」
「必殺技ってそういうもんだろ。それより、胸とか揉んでもいい?」
切羽詰まっても二人称が変わらないのは高評価だ。
ますます彼女を好きになった。失恋直後だけども。
「く……っ!」
「ふざけないで……っ!」と悔しそうに女悪魔が睨んでくる。
あー、緊縛物もいいな。新たな趣向に目覚めそうだ。
「……はは」
今にも泣きそうだった。腕の激痛。逆に笑う。
必死に痩せ我慢をした。極力、格好つけたいから。
魔力の残り滓を行使。魔法陣が暴走する。
大丈夫。これは決死の切り札。この手の裏技は理由はともかく、超低燃費がお約束だ。
すっかり平静を失っている女悪魔の様子を見るに、第二形態があったりとかは恐らくないということだろう。
「俺はさ、自分に友好的な人のことが好きなんだ。だから村のみんなは助ける。そしてそれは逆も然り。俺は俺を嫌ったお前が嫌いだ……道連れにしてやる」
「……っ!」
「お前、敵の幹部なんだろ。俺は召喚された身だ。だったら、せめて少しくらいは異世界に貢献しないとな」
俺は異世界が嫌いじゃなかった。
だからこれは恩返しだ。
今後の、この異世界に住む人々の平和を祈りながら――。
「苛立ちをどこにぶつけるか、探してる間に終わる……日……」
深い深い森の奥で、閃光と轟音が発生する。
一目惚れの相手と共に、俺は爆発――。
四散した。
……。
…………。
………………。
真っ白な場所。というか、空間。俺はそこに立っていた。
見たことがある。ここは所謂「天国みたいな場所」であり、死んだ俺の転生先を決する中継地点だろう。
最初で最後の自爆行為は無事に(?)成功したようで、安堵が半分、もう半分は後悔が心境を占めていた。
激熱特化ゾーンに入ってそれをスルーした気分である。もっと丁寧に立ち回ったなら結果は変わっていたかもだ。
まあ、もはや過ぎたことで、文句を垂れても仕方がない。ここは死者のその行く先を決議案する神聖域。
つまりは神様的なお方がいらっしゃられるはずなのだが、いるのは、小さな、本当に小さな――。
天使のような少女だった。
「おいおい、悪魔の次は天使か。すんごい高低差だな」
「……」
「JKだったら余裕だけど、JS、JCはちょっと……」
「……」
幼い見た目に反し、少女は凛々しく、とても美人だった。
こちらを見つめるその姿には神々しさすら感じられた。
「貴方の名前はユカリ。界の境を渡った流離い人。貴方はここがどこで、わたしが誰かを知っていますね」
「まあ……」
「察しの通り、わたしは貴方の魂を導く存在です。貴方はとても特異な人。その魂をあるべき場所へと還さなければなりません」
つまるところ、この女の子が女神ちゃんというわけだ。
死んだ人間のその魂を来世に誘う案内役。
どうやら、この子はジャンルに分けるとクールビューティに属するらしい。
立華かなでとヴァニラ・アッシュを足して割ったような子だ。
「……そうかそうか。俺も遂にゲームオーバーなのか」
「……」
「まあ、これでよかったよな。一矢報いてすっきりしたし、村人たちも救えたしな」
人生でたった一度だけだが、格好つけることができた。俺にしては及第点だ。
自分で自分を誉めてやろう。
「さあ、決を下してくれ。俺に異論はないぞ」
「……」
「行き先だったらどこでもいいぜ。連れていってくれよ」
「……」
女神ちゃんは歩き出し、俺の一歩前まで来て、小さな小さなその掌でこちらの右手を握り締めた。
その時、生身であった時の最期の願いを思い出した。
女悪魔は応えてくれず、俺の右腕を斬り落とした。
「味な真似を。女神ちゃんは応えてくれるってのか」
「いえ」
「いえ……? うーんと、どういうこと……?」
「行き先だったらどこでもいいぜ。さっき、確かに言いましたね」
無表情に、無感情に、女神ちゃんはそう告げる。
これは、もしや、戦乙女ヴァルキリーの――。
選定問……?
「え、まさか復活演出……? ほんとに……?」
「貴方が望むのなら」
「だけど、俺、心の準備がまだ……」
「一緒に行きましょう」
「貴方の仲間が待っています」と、女神ちゃんに手を引かれる。
意外と強引。俺はというと、気付けば……半べそ掻いていた。
「な、なあ! 女神ちゃん……俺、友達できるかなあ?」
「大丈夫。心配ご無用です。家族であれば、たくさん」
「ほええ……っ!」
女神ちゃんと対談しながら、光の道を駆け抜ける。
どちらが子供か分からなかった。驚くほどに浮かれていた。
「なあなあ、可愛い女の子いる?」
「もちろん。たくさんたくさん」
「うひょー」
現金だろうか。未だ嘗てないほど心が躍っている。
俺にはまだまだ未練があって、もっと……生きたかったのだ。
俺はそれを知ることができた。
それが、ただただ嬉しかった。
ユーカリ




