ヴァルハラ休暇
「おーい。ラーズ、起きてるかー?」
「……」
「いるなら返事しろー」
我らが主神のヴァルハラ宮殿、戦女神の並び間にて。
わたしは体力を回復すべく、寝台に横になっていた。
ここのところ気分が悪く、体調が実に優れない。戦女神の使命に殉じて無理が祟ったのだと思う。
本来、わたしに休暇なんてあろうはずもないのだが、プロテア、シオンの二人組に説き伏せられてしまったのだ。長く寝台の上で過ごした彼らの説得力に負け、わたしはこうして本の少しだけ余暇を与えてもらっている。
女性陣が力を合わせて家事や炊事をしているが、やはりわたしが身を起こさねば彼女たちも困るだろう。
耳に届いた親しみの深い陽気な声をいい機として、わたしは「どうぞ」と相槌を打ち、同胞の女神を招き入れた。
「おうおう。随分なご身分だな」
「意地悪なこと言わないで」
「過労で倒れたらしいじゃないか」
「苛めに来たなら帰って。ゲイル」
ゲイルドリヴル。わたしと同じ戦女神の一柱。
彼女は「かかか」と一笑すると、わたしの隣りに腰を下ろして手持ちの荷物をちらつかせた。
「そんなに邪険にするなよな。ソニアの件で一役買ったの、忘れたわけじゃないだろ?」
「……」
「せっかく見舞いの酒があるのに、帰しちまっていいのか?」
「!」
すぐさまゲイルの土産を奪って両手で強く抱き締める。
これはわたしのものになった。他の誰のものでもない。
「ゲイル、来てくれて嬉しいわ。ありがとう。本当は大好きよ」
「……お前、ほんとに現金だよな。そういうところ、狡いぞ」
「ふふ」
寝台の上で胡坐を掻いたゲイルが、わたしをまじまじ見る。
ぺたぺたぺたと顔を触って、その後、胸を撫で下ろした。
「よかった。大事はないようだな」
「……心配をかけてごめんなさい」
「短い期間に次から次へと人間を選定するからだよ。本来、もっと篩にかけて厳選するべきなのに」
「……」
戦女神は神格により選定の対象が変化する。高い神格であればあるほど強い魂に導かれる。
女神としてのわたしの地位は最底辺に位置するため、エインヘリャルの使役についても不自由、不都合が生じるのだ。
「役に立たない凡人なんて選ぶことはないだろう。非力なエインヘリャルなんて使い道がないんだし」
「非力だとか凡人だとか、そういう言い方しないで」
「……」
「わたしはただ、みんなを見て……みんなの心に触れて、それで放っておけなかっただけ」
語気を強めたわたしの頭をぽすんと叩いて、ゲイルは笑む。
「分かってるよ」と首肯を一つ。とても穏やかな声だった。
「全く、ほんとに無表情で堅っ苦しいやつだなあ。そして誰より優しいやつだ。戦女神の中で一番」
「……」
「まあ、そういう戦女神だから随うやつもいるかもな。勇者の魂の獲得なんて、すんごい大手柄だったんだし」
寝台を降り、ゲイルはわたしに背を向け、室外へ歩いていく。
扉の前で立ち止まると、振り向かないまま口を開けた。
「ただ、勝手も程々にな。結果だけならいい話でも、ライコウ討滅の命令無視は問題行動だったぞ」
「……」
「お前のことは好きだけどさ。オーディン様を失望させたら、あたしも許さないからな」
低い声で言い残すと、ゲイルはそのまま立ち去った。
一人、小さく息をつく。
みんなの顔が見たい。わたしは静かに、ゆっくり立ち上がった。




