第114話
痛恨
子供の頃から本の虫で、とにかく読書が好きだった。
数万冊の蔵書のためにと屋敷に書庫を併設した。僕の自慢の憩いの場所だ。
本の匂いが好きだった。
「ご主人様、無理をされては……寝室に戻ってお休みをば」
「ありがとう。けれど、僕はここが一番好きなんだよ。少し一人にさせておくれ。我が儘ばかりですまないね」
侍女は心配そうにしつつも、頭を垂らして、退室した。
書庫の中には小さな少女が。僕は陰気に笑っていた。
「戦女神、ヴァルキューレ。まさかお目にかかれるとは。僕に天から迎えが来るとは、思いも寄らないことだったよ」
「それにしては、落ち着いていて……あんまり嬉しくなさそうです」
「君を舞台に立たせた物語はいくつもいくつも読んだんだ。正直、僕たち人間から見て、君は畏怖する存在だよ」
「遂に間に合わなかったのか」と、僕は肩を落としていた。
「遂に? 間に合わなかったとは?」――問われて、書庫を一望した。
「戦女神と相見えるのは死を前にした人間のみ。つまり、僕は命を落とす……だから、手遅れなんだ」
「……」
「愛読している作家がいるんだ。とても無精な御仁でね。書いても数年間で一冊、とにかく筆を執らない」
「……」
書庫の本棚、その一架から本を一冊取り出した。
戦女神に表紙を見せる。僕は肩を竦めていた。
「三年前から未完結さ。次巻が読みたかったんだよ。終幕を見届けてから悔いなくこの世を去ることが、僕のせめての目標だった。それは叶わなかった」
「……」
戦が終わり、人が増えて、新たな才が芽生えている。世界中で文化や風習、思想がどんどん多様化し、これから本も詩文も歌も、次々……生まれていくのだろう。
できることなら、僕はそれらの全てに触れてみたかった。百年後でも、千年後でも、一万年後の未来でも……僕は優れた芸術たちを、この目で捉えてみたかったよ。
「人は誰しも自分の時間を消費しながら生きています。そしてそれは有限であり、永遠なんてあり得ません」
「分かっているよ。分かっているけど、僕はそれが悔しいのさ。もっと未来に生まれていたなら、少しは……話も変わったのに」
老衰により僕の身体はもはや限度を迎えていた。
手にした本を胸に抱いて、戦女神のその目を見る。
「君は多くの人と出会い、多くの景色を見たんだろう。そしてそれは何年経っても、今後も続いていくんだろう」
「……」
「僕は悲しくなるほど、神のことが羨ましい。できれば、僕も……ずっと、ずっと……」
本を読んでいたかったよ。
どこまで言葉を口にしたのか、僕はその場に倒れていた。
胸に抱いた本は、決して……手離してなどいなかった。
クロガネモチ




