第113話
羨望
一つ年上。とても優しい、素敵な男の人でした。
わたしの心はときめいていて、初恋だったと思います。
そんな彼は職場の同僚、勤務先の先輩で、とてもとても良くしていただき、わたしは感謝をしていました。
仕事で成功した時、あるいは失敗した時、いつだって、彼は笑顔を向けてくれて、わたしを支えてくれました。
ある日の朝礼時間、彼が社友の前に立ちました。
婚約したとの報告でした。わたしは凍りつきました。
嬉しそうに微笑む彼と、囃し立てる同僚たち。
しかしわたしは表面上の祝福一つも告げられず、ただただ一人で傷心しながら、彼へと背中を向けました。
それから何日経ったでしょうか。とある転機が訪れます。
結婚式のお膳立てが滞りなく進む中、彼の婚約相手の女性が、行方不明となったのです。
街は総出で彼女の行方を追いつつ、捜索しましたが、結局、すぐには発見されず、そのまま月日が経ちました。
彼女の遺体が見つかったのはとある民家の地下室で、以降、彼は酷く傷付き……会社に来なくなりました。
「……」
彼の婚約相手は拉致監禁され、死亡した。
地下には二人の男女の遺体が。犯行動機は不明らしい。
腐臭は今なお残存していて、血の痕跡も残っていた。
内鍵である締まり錠をかけて、わたしは項垂れた。
「なぜ、貴女はこんなことを? なぜ、こんな場所へ?」
「……」
綺麗なお目々の可愛い少女がわたしのことを見つめていた。
消そうとしていた燭台を片手に、わたしは室内を確認する。
「じめじめしていて、嫌な感じ。ほんとに、ほんとに気味が悪い。こんなところに閉じ込められたら、堪ったものではないですね……」
わたしは件の事件現場に、一人で足を運んでいた。
こんなところに幼い少女が。恐らく、人ではないのだろう。
「何が目当てで、こんなことを? 自分で自分を閉じ込めて」
「深い理由はありませんよ。生きるの、苦しくなったんです」
婚約相手の非業の死により彼は生気を失くしていて、今では躁鬱状態となり、心を閉ざしているらしい。
しかしわたしはそんな彼へと優しい言葉をかけもせず、何なら、密かに胸を空かして……せせら笑ってしまっていた。
「わたし、嬉しかったんです。彼の悲報を聞いた時。婚約相手の行方不明も、彼女の遺体の発見も、ちっとも悲劇に思えなくて……心が躍っていたんです。これで彼がわたしのものに! なんて夢見たわけでもなく、初恋相手が消沈していく姿に、悦楽しました」
「……」
「自分の醜さ、汚物みたいな……この身の性根に触れた時、何だか、嫌気が差してしまって。それで死にたくなったんです。どう転んでも彼の気持ちがわたしに移ろうことなどない。だったら、ぜーんぶ壊れてしまえと……そういう風にね、思いました」
錠はあっても鍵がないので、わたしはここから出られない。
こちらを悲しく見つめる少女に、わたしは小さく微笑んだ。
四隅の一角、死んだ彼女が虚ろに座っていた場所に、わたしは倣うような形で、三角座りで着座した。
「……もしね、もしさ。婚約相手と同じ死に方してたらさ」
貴方は、少しはわたしのことを……心を傷めてくれるかな……?
自嘲し、小さな溜め息一つ、わたしは燭台の火を消した。
膝を抱えて、顔を伏せる。わたしは、答えを知っていた。
シロバナタンポポ




