第112話
教示
「次の問題、魔法における三大属性、分かるかな?」
「火、水、風の三つ!」
「いかにも。それらが基本となる。それでは、それらの三つと異なる特殊な属性、この二つは?」
「はい! 光と闇の属性!」
「よろしい。どちらも正解だよ」
帝国領が世界に仕掛けた大戦争の名残りとして、魔法使いの人的被害が題目として挙げられる。
大船団の壊滅による損害高は甚大で、補償の叶わぬ問題として今なお物議を醸している。
西に連なる連合諸国は件の対応策として、魔法使いの育成、強化に大きく力を注いでいた。
適正ありの市民に対して魔法の学びの場を設け、不足している魔法使いを補填しようというのである。
わたしは彼らの教育者として教壇に立つ指導者だ。
取り分け魔法に浅学である幼い子供の標となり、未来の祖国を背負うであろう少年少女を育てていた。
「……そういうわけで、魔法を操るためには魔力が必要だ。その上で、注意するべきことは? 理由も答えなさい」
「はい! 魔法を使いすぎて、魔力が失くなっちゃうことです! 理由は魔力を使いきると、頭がいててとなるからです!」
「あはは。確かにその通りだが、ここでは魔力の枯渇という。我々が持つ魔力はしばしば、血液、酸素に喩えられ、減れば減るほど頭痛や眩暈を起こし、最悪、死に至る。諸君はそれぞれ将来有為の魔法使いの卵だが、きちんと自分の魔力の分母を理解しないといけないよ?」
「はーい!」――元気な子供たちに微笑み返して、首肯する。
差し向き、今日の授業はここまで。
起立、一礼! また明日だ。
「先生、あの、質問が……放課後ですけど、いいですか?」
「おやおや、一人残っていたか。もちろん、何でも訊いてごらん」
教室内は静まり返り、間もなく日暮れといった折。
教材片手に職員室へと立ち返ろうとしたところ、生徒の一人の小さな少女がわたしに話しかけてきた。
確か、この子は……生徒の中でも有望株の少女である。
北の勇者の再来、だとか……お偉い方が騒いでいた。
「実は、その、魔法陣について……お話、聞きたくて」
「魔法陣? 君にはまだまだ早いが……」
「どうかお願いします」
人は魔法を行使する際、魔力を消費し、描陣する。
これは人とは違う「何か」の力を借りる手段である。
大気中には目には見えない精霊たちが存在し、彼らの力を借りることで魔法は起動し、発生する。
その際、貸主に支払う代金こそわたしたちの魔力であり、魔法陣とは契約履行のための調印なのである。
火属性なら火属性の、水属性なら水属性の、風属性なら風属性の精霊たちの力が要る。
魔法の序列はその勘定の度合い具合いで高低し、下位、中位、上位魔法の三つに大別されている。
「つまり、魔力を使った分だけ、魔法の力は変化する……?」
「ざっくり言うとね、そういうことさ。今日の授業の要だ」
「……」
「それが一体、どうかしたかな。気になることでもあるのかい?」
「いえ、何も……いや、実は……」
「……?」
「声が聞こえてきて……」
ぼそりぼそりと呟く生徒に、わたしは小首を傾げていた。
「先生は、精霊さんと……」
「お話したこと、ありますか?」――生徒の奇妙な問いに対し、わたしは内心、はっとした。
次の瞬間、生徒の一指が……。
魔法陣を描き始めた。
「えっ! えっ! 何なの、これ……っ!」
「どうした!」
「身体が勝手に!」
「……っ!」
人とは違う「何か」というのは、何も精霊だけではない。
神々、妖精、魔物の力を借り入れたという事例もあり、それらを為した魔法使いは歴史に名前を残している。
共通するのは、彼らが異常な魔力を誇っていたことだ。
膨大である魔力を求めて「何か」が人へと忍び寄り、強制的に契約締結……。
生徒の自由を奪っていた。
「先生、これは……っ! 何が起きて……っ!」
魔法陣が完成する。
生徒が描陣させられたのは火属性の魔法であり、教室内を覆うように炎が渦を巻いていた。
どこからともなく、何者かによる笑い声が聞こえてくる。
「ふふふははは!」「ふふふははは!」――わたしの背筋は凍っていた。
「炎の化身……? 魔族の類か! 今すぐこの子を解放しろ!」
「先生、あれは……っ! 魔法陣に、文字が……浮かび上がってる……っ!」
完成された魔法陣に赤い文字が浮上する。
――恐ろしいか。人間の子よ。
わたしは生徒を抱き締めた。
「先生、助けて……っ! 助けてください……っ!」
「心配無用だ! 安心して! 君は必ずわたしが守る! 両目を閉じて待ってなさい!」
水属性の魔法を描陣。水流の障壁を作り出す。
教室内の笑い声は絶えず頻りに響いていた。
恐らく、生徒は……火属性においての、魔法の天才だ。
察するに、彼女に「何か」が暗示をかけていたのだろう。
彼女の魔力の代償欲しさに「何か」が手ずから接近し、力を押し貸し、魔法陣を描かせ、発動したのである。
「わたしの魔法が、押し潰される……っ!」
「……っ!」
「負けるものか! うおおおーっ!」
わたしの水属性の魔法が炎で気化して、蒸発する。
ありったけの魔力を注ぎ、生徒の守りに尽力した。
火属性の精霊などでは、こんな威力は引き出せない。
上位、いや、更に上の……「何か」は力を持っていた。
(このままでは、生徒の魔力が保たない……っ! 一体、どうすれば……っ!)
魔力の多寡は個人が生まれたその日に分母が決まっており、修業や鍛錬などによって増加が見込めるものではない。
つまり人の「魔法の才」とは大部分が先天にあり、魔力を回復させる手段は休息以外にないのである。
教室内を囲う炎は弛む気配が一切なく、「何か」は生徒の魔力を根こそぎ奪うつもりのようだった。
魔力の枯渇が極致に至れば、彼女は命を落としてしまう。そうなる前に、この子だけでも、どうにか……。
救い出さないと……っ!
「……?」
その時、周囲の炎が、一瞬にして四散した。
烈火の魔法陣を前に、誰かが跪いていた。
「お師匠様、そこら辺りで。お戯れが過ぎます」
……。
「食らい尽くしてしまうというのは、貴方も本意でないでしょう」
十七、十八くらいの少女が、その場で頭を垂れていた。
彼女に応えるように、新たに赤い文字が浮上する。
――神族どもの傀儡となり、その瞳の炎は潰えたか。
「……」
――興が削がれたようだ。此度はこの身を退いてやろう。
薄気味悪い笑い声が、最後に大きく残響する。
謎の「何か」と魔法陣は、そうして、ようやく消失した。
「先生っ!」
胸の中の生徒が、血相変えてわたしを呼ぶ。
気付けば、わたしはその場に頽れ、魔力の枯渇を起こしていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ! 先生、わたしのせいで……っ!」
「……」
「ヤグルマ、無事か! 何が起きた!」
「この子の、保護を……お願いします……」
ばたり。
わたしは教員たちへと生徒を托して、昏倒した。
先の「何か」を諫めた少女は、どこかに……姿を消していた。
ヤグルマギク




