ヴァルハラ隠秘
「えいっ! ファイヤー! アイスストーム! ダイアキュート!」
「もう! ユカリ、ふざけてるでしょ!」
「ふざけてないだろ! どこがだよ!」
今日も今日とて、例の二人は才華の修業に励んでいた。
黄金色の草原地帯の、ユカリとヘリアンサスである。
二人が交わす押し問答は面白可笑しいものであり、今となっては見物客まで集まるようになっていた。
そんな中で、彼らを見つめる女性と思しき一つの影。
大城門に一人佇む、彼女は、レナンセラだった。
「おや、レナ。こんにちは。こちらの暮らしは慣れましたか?」
「女神様、こんにちは。お陰様で、何とか」
「……」
レナンセラは神妙そうに二人の姿を見つめていた。
「レナ、お隣り、お邪魔しても?」――わたしは彼女の隣りに立つ。
「そういえば、レナはユカリの命の恩人でしたよね」
「恩人だなんて、とんでもない。ユカリさんはわたしの故郷を一人で守ってくれたんです。寧ろユカリさんのほうがわたしの恩人なんですよ」
「彼とは、話は?」
「しましたけど、驚くことがいっぱいで。今はちょっぴり心の整理に手間取っている状態です」
レナンセラはユカリの出自を本人から聞いてはいなかった。
異世界出身だなんて知っても、すぐには受け入れられないだろう。
何しろ、わたしよりも先にユカリと出会っているのである。
「流石に死因は誤魔化しました」と、レナンセラは笑っていた。
「それじゃあ、ヘリアンサスのことは……さぞかしびっくりしたでしょう」
「いやもう、脳味噌ぐちゃぐちゃですよ。何がどうして、みたいな」
「……」
「ですけど、まあ、斯々然々、いろいろあったと聞いたので……わたしは一応、納得しました。疑問は絶えないですけどね」
ヘリアンサスは魔王軍に所属していた元幹部で、レナンセラの故郷の村を(ユカリ目当てで)襲っている。
彼女から見て「女悪魔」は恐怖の対象だったのに、今やユカリとヘリアンサスはあんな感じだ。
是非もない。
「あの子のこと、許せませんか? やっぱり、ヘリアンサスのこと」
「いえ、上手くは言えませんが、陰りや凝りはないです」
「……?」
「ユカリさんはわたしたちを救ってくれた英雄です。わたしの中に溢れる気持ちは、感謝と憧憬だけですから」
レナンセラは羨望の目で二人の姿を見つめている。
わたしの目には、そういう風に見えた。
彼女の視線を追う。
「わたしは、あんまり……人の気持ちは、まだまだ、そんなに分かりません。ですが、男女のいざこざだったら、ちょっぴり勉強しました」
「えっ」
「レナはユカリに、女の子として好意を抱いているのでは? 感謝と憧憬だけではなくて、今、貴女は嫉妬を――」
「……ふふ!」
何やら噴き出し、口を押さえるレナンセラに、きょとんとする。
「ごめんなさい」と謝罪しながら、彼女は涙を拭っていた。
「びっくりしました。女神様もそういうお話、するんですね」
「まあ、今までいろいろなこと、見たり聞いたりしましたから」
「人間に毒されすぎです」「そうでしょうか?」――笑い合う。
レナンセラはすっきりとした、晴れた目顔を浮かべていた。
「確かに二人が仲良くしていて、最初は驚きましたけど……妬み嫉みはありませんよ。痴情の縺れじゃないです」
「……」
「ユカリさんが幸せだったら、わたしはそれでいいんです。人に好意を寄せることって、きっとね、そういうことです」
「……」
にこりと微笑み、お辞儀をした後、彼女はこの場を立ち去った。
才華の修業をしている二人は、とても楽しそうだった。




