第108話
誤解
『なるほど。以前、付き合っていた彼女さんがいたと』
『はい……』
『それで、別れた元カノさんと縒りを戻したいと』
『はい……』
あの日は職場の女上司と二人で街を歩いていた。
とある新規の小料理屋さんで、僕は相談を持ちかけた。
『だけど、僕は振られてしまって別れることになったんです。なのに、やり直そうだなんて……身勝手すぎると思って……』
『……』
『きっとあの子は僕なんかのこと、すっかり忘れてしまっています。結婚したとか、そういう話は耳には入っていませんけど……別の彼氏はいるかもしれない。だから、尻込みしちゃって……』
『……』
溜め息一つ、珈琲一口。僕は呆れられていた。
女上司は家柄もよく、所謂「大人の女性」であり、部下の一人の僕にとってはとても頼れる人だった。
別れた女性と復縁したいと事情を説明してみると、彼女は至って真面目な口調で、僕へと返事をしてくれた。
『……あのね、貴方と元カノさんが交際してたの、何年前?』
『えっ、あっ、三年以上……学生時代の頃です』
……ずずー。
『恐らくだけど、別れた後さ、一度も会ってないでしょ?』
『はい……』
『だったら、とっとと会ってきなさい。きっと復縁できるわ』
『へ……?』
断言しきった女上司に、僕は呆けてしまっていた。
彼女は厳しい人ではあったが、嘘などつかない人だった。
『わたしは貴方の三年前の姿なんて知らないけど、何となくね、想像できる。所謂、駄目駄目男』
『うっ……』
『だけど、貴方は努力を重ねて当社の企業に入社した。わたしの会社、自慢じゃないけど、世評はそこそこなのよ?』
『……』
『確かに貴方は入社当時は冴えない若者だったけど、今は、ほら! とってもお洒落で素敵な大人になったじゃない。収入たっぷり、優良物件、女は放っておかないわよ。元カノさんが今の貴方を見たら、絶対見直すから』
「まあ、貴方を育て上げたの、わたしだったりするけどね」――「ふふん」と胸を張ってみせる。
僕は思わず笑っていた。
『貴方はきちんと成長したから、自信と自覚を持ちなさい。昔の貴方と違うってとこ、その子に見せつけなさいな』
『……はいっ!』
女上司の優しい笑みに、僕は心底、ほっとした。
今度、あの子に連絡しよう。
自信を持って、そう思えた。
『だけど、まさか恋愛相談だとは……ちょっぴり驚いたわ』
『ごめんなさい。藪から棒に……』
『うふふ、別にいいけどね』
「今日はわたしが奢ってあげる」と献立表を渡される。
何から何まで、言葉もなかった。
頬杖をつき、にやりとする。
『それでそれで、元カノさんってどんな子? 詳しく教えなさい』
『ええ……?』
『相談料ってことで。名前は?』
『えーっと、名前は……』
――ッ!
その時、外から人の悲鳴が店の中まで響いてきた。
喧騒音はどんどん大きくなって、周囲を騒つかせた。
『何事……?』
『さあ、分かりません。事件か何かでしょうか……?』
ばんっ!
すると、外から慌てた様子で一人の男が入ってきて、
『塔から女が落ちたらしいぜ!』
僕は頗る動揺した。
『……行かなきゃ。僕、行ってきます!』
『えっ、ちょっと……プラム君!』
思い返せば、その瞬間から嫌な予感を抱いていた。
一心不乱に走り抜けた。
そこには、元カノ、あの子が――。
「……」
僕の街には大きな大きな時計塔が聳えている。
綺麗な、綺麗な景色だった。
優しい風が吹いていた。
「彼女は決して貴方の自死など希望したりはしませんよ」
「それでもいい。思いが伝わらなくても。あの子と再会したい」
『元カノさん、残念だったわ……まさかあんなことが……』
『……』
『もう一度、訊いてもいい? お名前……』
……。
『スイートピー』
プラム




