第107話
清算
聖王国は敗戦により栄華を失い、失墜した。
終戦した後、復旧作業が尽力されてはいるものの、今でも聖都の住民たちには笑顔が戻っていなかった。
わたしは聖都の城下町にて町長という立場にあり、住民たちの導き手として、彼らに指針を示している。
しかしわたしも戦火によって酷い火傷を負ってしまい、生きているのが不思議であるほど、満身創痍となっていた。
「おい、北の蛮人たちだ! 蛮人たちがまた来たぞ!」
「追い返せ! 追い返せ!」
「施しなんて受け取るな!」
北の蛮人たちというのは帝国兵のことである。
帝国領は新たな王が即位した後、改正され、全世界に戦の降伏、その締結を声明した。
賠償などの戦後の始末も今なお進行しているが、しかし……我々聖都の民は、彼らを受け入れられずにいた。
「聖都の皆さん、聞いてください! こちらの話を、お願いします!」
「黙れ黙れ! お前たちに貸す耳なんてないんだよ!」
多くの家族や友人たちが戦の犠牲になっている。住民の怒りは尤もなのだ。
わたしも同じ気持ちでいた。
しかし、現状、わたしたちが立ち行かないのも事実である。
水、食料、ありとあらゆる物資が足りない状態で、帝国領の支援や援助は喉から手が出るほどだった。
今の聖都のこの惨状はわたしの不徳が招いていて、戦災者として、住民たちは怒りで我を忘れていた。
わたしは自宅の寝台上で火傷の苦痛に耐えながら、彼らをこの手で統率できない自分を、ただただ恥じていた。
「王よ! どうかお下がりください! わたくしどもにお任せをば!」
「問題ない。わたしは平気だ。わたしの背中を見ていてくれ」
気付いた時には、住民たちの怒鳴り声が止んでいた。
何事だろう……?
侍女に頼んで、車椅子で表に出た。
「!」
そこには、帝国領の王族外套を身に纏い、聖都の民の前へと出ている、少年一人が立っていた。
「皆様、度々お騒がせして、申し訳も立ちません。帝国領の王家の者です。初めまして。こんにちは」
「……」
「この度、聖王国の復旧作業を支持すべく、支援物資や援助の人手を携え、参った次第です。皆様方の怒り、悲しみ、そのお気持ちは拝察します。しかし、今はわたしたちを信じ、互いに手を取って、聖王国の復興のため、ご接受いただけませんか?」
「……」
遜った言葉遣いに、住民たちは動揺する。
側近さえも振り払って王が演説しているのだ。それもこんなに低い姿勢で。
わたしは直ちに、前に出た。
「みんな、聞いたか。今のお言葉、勿体ないとは思わんか。我らの前にいらっしゃるのは、帝国領の国王だぞ……」
「……」
「元々、聖王国の仇であるのは前王だ。今、この場で憤慨するのは筋違いとは思わんか……」
瀕死の町長の声を聞いても、住民たちは黙っていた。
それほどまでに、わたしたちは多くを失くしてしまったのだ。
その時。
その目に何かを捉えた住民たちが騒ぎ立ち、中には平伏する者までもが現れ、一同、戦慄した。
ご逝去されたアキメネス王、トケイ姫のお二人が、静かに、ゆっくり歩きながら……。
この場に、顕現したのである。
「!」
次第に響動めき合って、視線が一所に集中する。
車椅子から転げ落ちて、わたしは我が目を疑った。
聖都の王は、帝都の王の前まで赴き、立ち止まる。
小さな王は瞠目していて身体も硬直していたが、やがて「はっ」と我に返り、その場に跪いていた。
「新たな帝王、民の前だ。膝など地につくものではない。王とは民を導くものだ。どうかご起立願いたい」
「ご冗談を! 聖王国の賢王、アキメネス様! お初にお目にかかります! そのお噂は兼々……っ!」
……。
見やれば、全ての帝国兵がその場で膝を折っていた。
元帥、将官、全ての兵士が王ともどもに跪き、我らが聖都の王に対して畏敬の念を示していた。
誰かがわたしの背中を撫でた。ゆっくり顔を上げてみる。
そこには、笑顔のトケイ姫が……。
わたしは間もなく、感涙した。
「パフィオ、どうもお久し振り。町長、お勤めご苦労様」
「姫様……っ!」
「うふふ。そんなに泣いて、住民に示しがつかないわよ? お兄様も言ってたでしょ? 威厳を示さなくっちゃ」
「……っ!」
間違いない。夢ではなかった。決して幻などではない。
王は姫と再会なされて、この地にご帰還したのである。
聖都の王が帝都の王を優しく、優雅に起立させ、小さな肩をその手で寄せて――。
わたしたちに号令する。
「わたしの愛する聖都の民よ! この御仁こそ賢王だ! 民の思いを第一とする、それこそ真の王である!」
「然り!」
「今こそ過去の柵、嘗ての悲憤を払拭し、聖都は帝都と一丸となり、歩いていかねばならない!」
「おおーっ!」
「聖王、万歳!」「帝王、万歳!」――住民たちが喝采する。
小さな王は涙しながら、嬉しそうに笑っていた。
「パフィオ、今までありがとう。城下を支えてくれて」
「……」
「向こうに着いたら、うーんと美味しい紅茶、一緒にいただきましょ?」
斯くして、王と姫の姿は、風のように消え去った。
未練はなかった。安息しきって、わたしは愁眉を開いていた。
パフィオペディラム




