第11話
私物
わたしが妻と結婚したのは十年前のことだった。親族、友人に祝福された、とても盛大な式だった。
妻は賢く気立てもよく、わたしなどには惜しいほどの立派な良妻だったと思う。残念ながらわたしと彼女は子供に恵まれなかったが、それでも二人で手を取り合って多幸な日々を過ごしていた。
しかし、わたしはそんな妻を、今、自宅で殺害した。
とても静かな夜だったが、彼女は悲鳴の一つも上げずに目を閉じ、そのまま倒れ込んだ。
「……貴方は、どうしてこんなことを?」
死んだ妻を迎えに来たのは何と戦女神であり、殺人犯への最初の言葉はあまりに庶民じみていた。
「どうして? さあ、どうしてだろう。何とも答えがたいね」
「……」
「どんなに好きな食べ物だって毎日食べたら飽きるだろう。どんなに好きな音楽だって毎日聴いたら飽きるだろう。わたしは、きっと変化や起伏の乏しい生活に飽きたんだよ。そしてそれを甘受するほど心が広くもなかったのさ」
一月前、妻は事故で生死の境を彷徨った。その時、わたしの中にあった彼女に対する感情は、憂慮でもなく苦悶でもなく、その死を求めるものだった。
重傷だった妻は何とかその一命を取り留めて、奇跡的に再起を果たしてわたしの隣りに戻ってきた。皮肉なことにその出来事でわたしは自分の真意に気付き、彼女の命を奪うことを企て、実行したのである。
「愛が薄れてしまったのなら、そう伝えればよかったでしょう。二つに分かれた道を選ぶ。そういう選択もあったでしょう」
「分かっていないね。手離すことこそ、わたしは辛かったんだよ」
「……?」
妻のことは愛していた。それは確かなことだったよ。この十年への感謝もあった。しかしわたしは卑屈だった。
習慣化した退屈さから逃れようとする反面、彼女が自分の知らないところに行ってしまうのが怖かった。わたしのことなど忘れてしまって彼女が自由に生きることも、わたしと別れてしまった彼女が貧しい暮らしを送ることも、想像するとね。苦しかった。
わたしは、自分の妻への思いが理解できなくなったんだ。
「妻の腹に刺さっているのはわたしの愛用の短剣だ。この殺害は衝動ではなく、計画的なものだった。つまり殺害理由について重ねて問おうというならば、偏にわたしが精神的に幼稚だったということだろう」
さて、長居は無用である。
わたしは妻の身体を跨ぎ、この場を去るべく歩き出した。
「彼女のことをよろしく頼むよ。小さな戦女神様」
戦女神がこちらを見た。彼女は小首を傾げていて、
「どこへ?」
心底不思議そうに、わたしに対して問い質した。
「……っ!」
瞬間、わたしの脚が何者かにより掬われた。戦女神の仕業……? 違う。彼女は棒立ちしたままだ。
わたしはその場に倒れ込み、床に頭を強打した。激しい眩暈を覚えながらも反射的に振り返ると、誰かがわたしに馬乗りになり、大きく両手を振り翳した。
わたしの短剣。止まった出血。わたしが、愛を誓った人。
わたしの目には、短剣を握った――妻の姿が映っていた。
「……ごめんね」
短剣は振り下ろされて、わたしの胸を貫いた。
一瞬、この世のものとは思えぬ激しい痛みを感じた後、妻の名前を呼ぼうとしたが、しかしわたしは絶命した。
「……」
わたしが与えた傷は完全に癒えてしまっていた。
新婚初夜、妻が明かした彼女の秘密を思い出した。
「東の勇者の下位互換」だと自嘲を漏らした――治癒の才華。
「貴方は伴侶が有する才華も忘れてしまっていました」
「……」
「一月前の不運の事故。だから彼女の生存理由に貴方は気付けなかったのです」
霊体化したわたしに対して戦女神はそう告げた。
妻は、わたしの遺体に縋って大きな声で泣いている。
戦女神は、わたしではなく、ただただ彼女を見つめていた。
ジャスミン




