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叛逆のヴァルキューレ  作者: 雪野螢
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第12話

一会




 辺りは静寂に包まれていて、とても静かな夜だった。

 夜風が草原を撫でる音が、優しく、微かに聴こえてくる。


 ここは、人の世界で一番、月が綺麗に見える場所。

 今宵は満月。胸に抱いた大事な我が子をあやしながら、わたしはただただ広がる野原で、戦女神を出迎えた。


「よしよし。わたしの可愛い赤ちゃん、泣かずにじっとしていてね。お客様の相手をしなくちゃ。少し大人しくしていてね」


 片手でしっかり我が子を抱いて、片手で細剣を前に向ける。

 そんなわたしに構いもせず、戦女神は静かな歩調で、ゆっくりこちらに接近した。


「止まりなさいな。近付かないで。この子に近付かないで」

「……」

「この子に危害を加えるのなら、たとえ神でも容赦はしない」


 わたしの言葉に反応してか、戦女神が立ち止まる。

 踵を返してほしかったが、どうやら此度の戦女神もただでは帰ってくれないらしい。


「どうして貴女はここに、この場に留まり続けているのですか」

「あら、わたしの身の上なんかに興味を示してくれるのね。今まで通りと思ったけれど、貴女は他とは少し違った戦女神ということね」


 わたしの姿を捉えているのに、わたしに対して敵意がない。

 そういう意味でも、目先の少女はこれまでの戦女神(それ)とは違っていた。


「今まで、貴女の同胞たちが何度もわたしを訪ねてきた。しかしわたしは選定を拒み、すると、今度は打って変わってこの身は悪霊と断じられた。わたしはこの子を守るために、時にはエインヘリャルを滅してそれらを追い払ってきた。貴女は、そんなわたしを討つべくこの地に来訪したのでしょう?」

「……」

「いいの。御託はいいの。貴女もわたしの敵なのでしょう。どうせわたしも、そしてこの子も……決して受け入れられないから」


 ――わたしの夫は、この子の父は、人とは異なる者だった。

 この子が生まれる少し前に、彼は人々に殺された。


 人間以外の子を産むことは世界の禁忌とされている。わたしはよかった。しかし我が子の命だけは譲れなくて、わたしは極刑を宣告されつつ、北から西へと逃げ延びた。

 道中、何度も追っ手たちに襲われ、その度死にかけたが、不運と不幸を嘆くことでわたしは力を手にしていた。


「逃げて逃げて、ずうっと逃げて、そうして辿り着いた先が西の辺境だったのよ。四大陸で最も月が綺麗に見えるという高原。わたしはこの子と一緒にいたい。離れ離れになりたくない。だから、ここで二人きりで静かな時間を過ごしてるの」


 わたしの話を聞いた彼女は、とても悲しそうだった。

 戦女神のくせに、何を知った風な……そんな顔を。


「貴女は自分の胸の子供の生死に気付いていますか」

「……」

「貴女も、そして貴女の子供も疾うに命を落としています。もはやその子のその魂はここには存在しないのです」


 人外の間に生まれた代償。この子はか細い命だった。

 生きる意味を失くしたことでわたしも我が子の後を追い、しかしわたしは昇天せずに、月下を彷徨い続けている。


「いいのよ。わたしはこれからこのまま、この子と一緒にここにいるわ。たった一人の可愛い赤ちゃん。抜け殻だろうと……構わないわ」


 白骨化した我が子の頭部に頬擦りをして、わたしは笑む。


 神との談話もいい頃合いだ。そろそろお帰り願うとしよう。

 

「さあさ、そのままご帰還なさい。貴女は話を聞いてくれた。だから刃は向けない」

「……」

「だけど、それでも引き返さずに邪魔立てするというならば、貴女も貴女のエインヘリャルも無事では済まないけれど」

「……」


 背丈の高いその草原が、一度、大きく波を打つ。

 戦女神はわたしを見ていた。

 従者を召喚する気だろう。


 わたしは小さく息をついて、片手の細剣を深く握る。

 片手で我が子を強く抱いた。


 ――エインヘリャルが出現する。


「な、に……? 貴女は……」

「……」

「なぜ、なぜ……? どういうこと……?」


 女性の従者。黄蘗の毛色。月の光が反射する。

 彼と同じ……? 魔族の形質。


 わたしの、この子の、生まれ変わり。


「ええっと、初めまして……かな。何だか擽ったいけど」

「……」

「混乱するのは分かりますし、信じられないかもですけど……一つ、一先ず一つでいいから、話を聞いてください」

「……」


 わたしは細剣を落としてしまった。拾い上げる余力もない。

 

 戦女神に解を求む。

 しかし従者に遮られて、わたしは何も考えられずに二歩、三歩と後退した。


「女神様は貴女のことを事前に把握していました。人を呪い、強い力を手にしていると知っていて、それでもここにやってきました。貴女を導くためです」

「……」

「女神様は希代の勇者の魂も付き随えています。しかし貴女に会うに当たり、女神様は勇者ではなくわたしを従者に選びました。わたしは貴女の胸の中の、その赤ちゃんの転生体。力で御するわけではなく、貴女のことを慮ってわたしを同行させたのです」


 ずいずいずいとこちらに近付き、わたしの顔を覗き込む。

 強引なところは彼にそっくり……なんて、言っている場合かしら。


「お母さんって、呼んでもいい?」

「え……」

「遠慮は要らないよね?」


「お母さん」と、目先の女が、わたしの娘が、わたしを呼ぶ。


「わたし、分かるの。絵描きが趣味で。お母さんは右利き」

「……?」

「だけど、さっき、お母さんは非利きで剣を持ってたよね。わたしのことを、ちゃあんと利き手で、大事に抱いてくれてたよね」


「ありがとう」と、目先の女が、わたしの娘が、わたしを抱く。


 風と共に、さらさらさらと、我が子の遺骸が――消失した。


「貴女がここに辿り着いて数十年が経ちました。貴女の子供は輪廻に乗って人への回帰を果たしました。月の光を反射し、輝く黄蘗の毛色が親子の証。死した貴女の主人も、きっと二人を見守っているでしょう」


 戦女神は月を見ていた。わたしは涙を流していた。

 

 今宵は満月。

 月の光が、高原に降り注いでいた。




ゲツライコウ

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