ヴァルハラ酒宴
「お待たせしました。仕上がりました」
「わーい! とってもいい匂い! お料理、食卓に運びますね」
「はい。よろしくお願いします」
我らが主神のヴァルハラ宮殿。戦死者たちの館にて、わたしは自ら料理を手掛けてエインヘリャルに饗している。
エインヘリャルを持てなすことも戦女神の役目であり、毎日夜会を催すことはヴァルハラ宮殿の常だった。
調理は済んだ。あとはお酒をたくさんたくさん用意して、彼らを全員呼び集めれば宴の準備は終わりである。
「ええっと、このお肉、何でしたっけ?」
「ゼーリムニルの猪肉です。お酒は山羊乳で作りました」
「んふふ。美味しそうですねえ。まさかお料理上手だなんて、女神様は多才だなあ」
ヘイズルーンの乳酒を用意し、晩餐の支度を整える。
トケイはいつも兄妹でいるので、恐らくメネスと一緒だろう。リナリア老も嘗ての主君の傍に仕えていると思う。
スイセン、そしてアコニタムは芸術談義に花を咲かせ、ルピナスは好きな絵本の話をプロテアに語っているはずだ。
ソニアに皆を招集するよう頼み、居場所を伝えると、彼女は元気に「はーい」と返事し、回廊を駆けていった。
「……?」
背後に人の気配を感じてくるりと反転。振り返ると、クローバーが食卓に着き、眉間に皴を寄せていた。
「……ご機嫌斜め?」
「その通りだ。お前の姉妹のスルーズルだが、今、手合わせ願ってきた。なのにあいつ、バーベナなんぞと酒を飲むのに夢中でな。俺は本気のつもりだったが、軽い調子であしらわれた」
「わたしたちはエインヘリャルと立ち合うことはありません。それに、我々戦女神は決して姉妹ではありません」
「だったら、何だよ」
「眷属、仲間……? 同僚が一番近いかも……?」
「わはは!」と笑うクローバーに、わたしは安堵の息をつく。
機嫌を直してくれたようだ。早速、お酒をお勧めした。
「ところで、時に戦女神。俺は気付いたんだが」
「はい」
「お前、俺たちエインヘリャルにその名を明かしていないな」
「……」
勇者の問いに不意を突かれた。わたしは一時、沈黙する。
束の間の後、ゆっくりゆっくりお酒の酌を再開して、クローバーと目線を合わせず重たい口を押し開いた。
「……わたしの名前はヴァルキューレです」
「それは単なる総称だろう。戦女神はお前たちの役職名のはずだが?」
「……」
「ゲイルドリヴル、ブリュンヒルド、シグルドリーヴァ、スルーズル。お前にだって女神としての固有の名詞があるはずだ」
二の句が継げず、わたしはただただ一人で黙り込んでしまう。
「言っておくが」と前置きして、クローバーがこちらを見た。
「仮にお前が誰であろうと、何を企んでいたとしても、俺たち全員はお前の家族だ。なあ、みんな。そうだろう?」
気付けば、わたしのエインヘリャルがこの場に、一堂に会していた。
わたしは覚悟し、決心した。
我が名を知っても、この人たちなら……一緒に歩んでくれるだろう。
「わたしの名前は、ラーズグリーズ」
――非道の、叛逆のヴァルキューレ。




