第7話 昼飯、一緒に食べる?
翌朝、席に着いて鞄を開いたところで、昨日のメッセージを思い出した
数学のノート
忘れたら絶対何か言われると思って、家を出る前に確認までした
その甲斐あって、ちゃんと入っている
「……俺、何でこんな気使ってんだ」
「何が?」
「うわ」
顔を上げると、更科が机の横に立っていた
「びっくりしすぎじゃない?」
「急に横から来んなって」
「普通に歩いてきたし」
「気づかなかったんだよ」
「本読んでないのに?」
「鞄見てた」
「ふーん」
「何だよ」
「別に」
更科がこっちの鞄へ目を落とす
「で?」
「で?」
「ノート」
「ああ」
「忘れてない?」
「朝からそれ聞きに来たのかよ」
「昨日言ったじゃん」
「あるって」
数学のノートを取り出して渡す
「お」
「なんだよ、その反応」
「ちゃんと持ってきた」
「信用なさすぎだろ」
「ありがと。お昼まで借りるね」
「おう」
「汚したらごめん」
「そこは汚すなよ」
「あはは、気をつける」
ノートを抱えて、更科が自分の席へ戻っていく
途中で折笠に何か聞かれたらしく、俺のノートを持ち上げて見せていた
折笠がこっちを見る
ニヤッとした
何でノート貸しただけでその顔になるんだよ
面倒なので見なかったことにした
四限目が終わった
教師が教室を出るより早く、あちこちから声が飛ぶ
「購買行くやついる?」
「今日焼きそばパン買ってきて!」
「自分で行けって!」
椅子が動き、弁当袋が机へ出される
「陽斗!」
猛が立ち上がった
「今日購買付き合え」
「なんで」
「一人だと二個までしか持てん」
「何個買う気だよ」
「パン三つと牛乳」
「自分で持てるだろ」
「あとプリン」
「知らねえよ」
「前お前プリン食ってただろ」
「だから何だよ」
「俺も食いたくなった」
「勝手に食えよ」
「じゃ購買――」
「斎藤」
猛の声に被って、後ろから呼ばれた
二人でそっちを見る
更科だ
「ノートありがと」
「もういいの?」
「一応写した」
「一応って何だよ」
「ちゃんと写したって!」
机にノートを置かれる
そのまま戻るのかと思ったけど、更科は動かなかった
「あのさ」
「ん?」
「今日、お昼……一緒に食べない?」
「いいよ」
「……」
「何」
「いや、返事早いなって」
「昼飯食うだけだろ」
「斎藤はそう言うけどさ」
「嫌なの?」
「なんでそうなるの! 私が誘ったんだけど」
「じゃいいじゃん」
「……まあ、そうだけど」
横で猛が黙って俺を見る
「何だよ」
「いや」
「言いたいことあるなら言えよ」
「俺、購買行ってくるわ」
「さっきからそう言ってんだろ」
「一人で」
「最初から一人で行けって言ってんだよ」
「じゃあな!」
「おう」
猛が妙に大げさに手を上げて出ていく
何なんだ、あいつ
「加藤、気使ったんじゃない?」
「たぶんな」
「悪いことしたかな」
「あいつ購買行きたかっただけだから気にすんなって」
「ならいいけど」
更科が自分の席を指す
「お弁当取ってくる」
「おう」
数秒して戻ってくる
弁当袋と、椅子まで一緒に持って
「ここで食うの?」
「ダメ?」
「いや、いいけど」
俺の前の席は今いないやつの机だ
更科はそっちを少し借りるらしい
椅子を引いたところで、斜め前にいた男子二人がちらっとこっちを見る
更科が気づいた
その手が一瞬止まる
「……ねえ」
「何」
「めっちゃ見られてない?」
「まあ、見てるな」
「普通に言わないでよ」
「聞いたのお前だろ」
「そうだけど」
声を落とし、更科が座る
後ろの方でも女子二人がこっちを見て何か喋っていた
昨日一緒に帰った時も学校のやつに見られたけど、教室の中だと逃げ場がない分、分かりやすい
「やっぱ愛海たちと食べた方がいいかな」
「気になるならそうすれば?」
「……いや、いい」
「いいの?」
「私から誘ったのに戻る方が恥ずいじゃん」
「それはそうか」
「斎藤は平気なの?」
「別に」
「なんで?」
「なんでって……」
弁当箱を開ける
「見られても飯は減らないだろ」
「そういう問題じゃなくない?」
「じゃあどういう問題だよ」
「なんか……恥ずいじゃん」
「付き合ってんのクラス中知ってるのに?」
「それとこれは違うの!」
「難しいな」
「斎藤が気にしなさすぎなんだって」
「そんな見続けるやつもいないだろ」
「いるじゃん」
更科が目だけ動かす
その先には折笠
思いっきりこっちを見ていた
目が合った瞬間、折笠が親指を立てる
「……あれは無視でいいんじゃね」
「それができたら苦労しないんだけど」
更科が額を押さえる
向こうでは白鳥が笑い、榊原が折笠の腕を下げさせていた
そのうち飽きるだろ
「いただきます」
「え、もう食べるの?」
「お昼一緒に食おうって誘ったのお前だろ」
「あ、そっか」
「何しに来たんだよ」
「うっさい」
更科も弁当の蓋を開ける
俺の弁当を見て、すぐ眉を上げた
「ご飯多くない?」
「そう?」
「多いって」
「普通だろ」
「いや、私の倍くらいあるじゃん」
「更科のが少ないんじゃね?」
「女子ならこんなもんだって」
「知らねえよ」
「ほら、そういうとこ」
「何が」
「雑」
「飯の量に気使う必要ある?」
「ないけど!」
更科が笑った
さっきまで気にしていた視線が、一瞬そっちへ抜けたらしい
「ていうか卵焼き一緒じゃん」
「どこが」
「甘いやつ?」
「食ってないのに分かんの?」
「色」
「色で分かるか?」
「うちのも甘いから」
「へえ」
「斎藤ん家は?」
「甘いよ」
「やっぱり」
「何で嬉しそうなんだよ」
「別に。うち以外にもいるんだなって」
「普通にいるだろ」
「愛海ん家しょっぱいんだよね」
「他人ん家の卵焼きまで知ってんの?」
「泊まり行った時食べた」
「ああ」
「由香ん家はちょっと甘い」
「全員分把握してんじゃん」
「凛ん家は知らない」
「あと一人だな」
「何のコンプだよ」
更科が笑う
俺も卵焼きを口に入れた
そのまま弁当の話から、給食の話へ飛んだ
中学の時の給食で何が好きだったとか、牛乳を毎回余らせるやつがいたとか
「うちいたよ、牛乳五本くらい飲む男子」
「腹壊さないの?」
「一回壊してた」
「バカじゃん」
「でも次の日また飲んでた」
「学習しろよ」
「男子ってそういうとこあるよね」
「一括りにすんなって」
「斎藤はしない?」
「五本は飲まねえよ」
「三本?」
「一本でいいわ」
「あははっ」
思ったより普通だ
昨日の帰りもそうだったけど、会話のネタを探さなくても一個話せば勝手に横へ逸れていく
「そういえばさ」
更科が箸を止める
「数学」
「ん?」
「あそこ何でああなんの?」
「どこ」
「昨日の最後」
「ああ」
「ノート写したけど、途中一個分かんない」
「見せて」
「今?」
「飯食ってからでいいけど」
「よかった。お弁当の横で数学始まるのかと思った」
「そこまで真面目じゃねえよ」
「なんか斎藤ならやりそう」
「俺を何だと思ってんだよ」
「学校で本読んでて、数学分かって、プリン好きな人」
「最後いらねえだろ」
「重要じゃん」
「どこが」
「ギャップ」
「引っ張んなって」
「だって面白いし」
「うるさいな」
更科がまた笑った
近くの席からも声がするし、教室はずっと騒がしい
なのに、さっきまで気にしていた更科はもう周りを見ていなかった
普通に弁当を食べて、普通に俺へ喋っている
俺もいつの間にか、誰がこっちを見てるかなんて忘れていた
「六花ー」
後ろから折笠の声
更科の肩が跳ねる
「なに!」
「楽しそーじゃん」
「見んな!」
「見てない見てない」
「目合ったから!」
「事故事故」
「嘘つけ!」
白鳥の笑い声が聞こえる
「愛海、もうほっときなよぉ」
「いやだってさ」
「ご飯食べなよ」
榊原の声が入る
「食べてるし」
「六花の方見ながら」
「凛今日厳しくない?」
「いつも」
「それはそう」
向こうで勝手に話が終わった
更科がこっちへ向き直る
「……ほんとごめん」
「何が」
「あいつら」
「別にいいだろ。仲いいんだし」
「斎藤、よく平気だね」
「折笠のノリ、もうちょっと慣れた」
「早くない?」
「毎日見てればな」
「あー……」
更科が納得したように頷く
「でもさ」
「ん?」
「斎藤って、意外と普通だよね」
「またその話?」
「あ、違う違う。悪い意味じゃなくて」
「前もそれ言ってたじゃん」
「だってもっと嫌がるかと思った」
「何を」
「こういうの」
更科が教室を軽く見回す
「見られたり、愛海に絡まれたり」
「まあ、面倒ではあるけど」
「あるんじゃん」
「でも気にしても仕方ねえだろ」
「……そっか」
「更科こそ、そんな気になるなら二人で食わなくてもよかったんじゃね?」
言った瞬間、更科の箸が止まった
「え」
「いや、別に嫌って意味じゃなくて」
「分かってる」
一拍置いて、
「付き合ってんのに、ずっと愛海たちとだけ食べてるのも変かなって思っただけ」
「なるほど」
「一応、彼女だし」
最後だけ少し小さい
言った本人が、ちょっと気まずそうに卵焼きを突いている
「じゃあ俺も一応彼氏だから付き合うわ」
「一応って付けんな!」
「更科が先に言っただろ」
「あ、そうじゃん」
「自分で忘れんなよ」
「うっさい!」
二人で笑う
今のやり取りに、周りから誰かがこっちを見た気配がした
けど更科はもうそっちを見なかった
「ごちそうさま」
「早いな」
「斎藤が遅いんだって」
「量が違うって言っただろ」
「あ、そっか」
「さっきもそれ言ったぞ」
「そうだっけ」
「お前、適当だな」
「斎藤に言われたくないんだけど」
弁当箱を片付けながら、更科が俺のノートをもう一度開く
「ここ」
「どれ」
「この式。ここから急に分かんない」
「ああ、これな」
机越しだと見づらい
俺が少し横へずれると、更科も椅子ごと寄ってきた
「これと、こっち」
シャーペンで式を指す
「んー……」
更科がノートを覗き込む
その拍子に肩が軽く当たった
「あ、ごめん」
「いや」
近いな
そう思った直後、ピンクゴールドの髪の先が俺の肩にかかる
シャンプーなのか何なのか、ふわっと甘い匂いがして、一瞬だけ目がノートから外れた
更科は気づいていない
「これ?」
「ん?」
「ここまとめてんの?」
「ああ、そう」
危ね
何ぼーっとしてんだよ
更科が邪魔になった髪を片手で掻き上げ、そのまま耳へ掛ける
耳元に小さなピアスが見えた
つけていること自体は前から知っていたけど、こんな近くで見るのは初めてだ
派手そうな印象のわりに、ピアス自体は小さい
「斎藤?」
「あ?」
「また止まった」
「悪い。ここな」
「ちゃんと教えてよ」
「分かってるって」
シャーペンを持ち直す
「ここ、一回まとめてんだよ。これとこれ」
「どれとどれ?」
「だから、こっちと――これ」
更科がさらに覗き込んでくる
また肩が触れそうになって、今度は俺の方が少しだけ位置をずらした
「あー……」
「分かった?」
「……半分」
「微妙だな」
「もう一回」
「はいはい」
「その言い方!」
「教えるって言ってんだろ」
「じゃちゃんと教えてよ」
「うるさいな」
もう一度、今度は途中を飛ばさず説明する
更科もさっきより真面目にノートを追っていた
「あ」
「何」
「分かったかも」
「ほんとかよ」
「ほんとだって!」
「じゃ次、似たの出たら解ける?」
「それは分かんない」
「分かってねえじゃん」
「今は分かったの!」
「一番信用できないやつだろ」
「じゃあ明日解けたら謝ってね」
「解けたらな」
「絶対だから」
更科が満足そうにノートを閉じる
椅子が元の位置へ離れて、さっきまで肩に触れていた髪も一緒に遠ざかった
別に、数学を教えただけ
ただ、教室の後ろから見ていた時には気づかなかったものが、妙にいくつか目に入った
それだけだ
そこへ購買袋を抱えた猛が戻ってきた
「……まだ二人で食ってんの?」
「もう食い終わった」
「俺、戻るタイミング間違えた?」
「どこ行ってたんだよ」
「別のクラスで食ってきた」
「なんで」
「なんとなく」
「気使いすぎだろ」
「もっと感謝しろよ!」
「頼んでねえって」
猛が俺と更科を見比べる
「で、どうだった?」
「何が」
「二人で昼飯」
「普通」
俺が答える
更科もほぼ同時に、
「普通だったよ」
と言った
「……」
三人で一瞬止まる
更科が先に吹き出した
「同じじゃん」
「ほんとだな」
「お前らさぁ」
猛が呆れた顔をする
「なんだよ」
「いや、もういい」
「何だよそれ」
「俺のパン食う?」
「いらねえよ」
「更科は?」
「え、私?」
「一個余った」
「じゃあ何で三つ買ったの」
「腹減ってたから」
「今もう余ってんじゃん」
「思ったより腹いっぱいになった」
「バカじゃん」
「更科まで!?」
更科が笑う
「ごめん。でもいらない」
「マジかぁ」
「自分で食えよ」
「もう無理」
「知らねえって」
結局、昼休みが終わるまで三人でどうでもいい話をしていた
五限目の準備をしていると、更科が椅子を戻して自分の席へ帰っていく
「斎藤」
「ん?」
「また今度、お昼一緒に食べよ」
「いいよ」
「……やっぱ返事早いね」
「だから昼飯だろ」
「そうだけど」
「嫌なの?」
「嫌じゃないって」
「じゃいいじゃん」
「……うん」
更科が少し笑う
「また後で」
「おう」
自分の席へ戻っていった
付き合い始めた時は、何をすれば恋人になるのか全然分からなかった
一緒に帰るとか
メッセージするとか
昼飯を食うとか
やってみれば、どれも大したことじゃない
特別な話なんてしてないし、恋人っぽいことをしてる感じもまだ薄い
ただ昨日より、更科と喋るのに理由を探さなくなった気がする
罰ゲームだから
文化祭まで付き合うから
そういうのを毎回頭に置かなくても、普通に飯くらい食える
「陽斗」
「何だよ」
前の席から猛が振り返る
「なんか楽しそうじゃん」
「何が」
「昼」
「普通だって」
「更科も同じこと言ってたな」
「実際普通だったんだよ」
「ふーん」
「その顔うざいな」
「何も言ってねえだろ」
「顔で言ってんだよ」
「昨日俺に言ってたやつじゃん!」
「うるさいな。前向けって」
教師が入ってくる
猛も慌てて前を向いた
俺は教科書を開く
後ろから椅子を引く音がして、すぐに静かになった
お昼を一緒に食べただけ
それだけなのに
また誘われたら、たぶん次も普通に「いいよ」と答えると思う
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