05 嘘と真実
それと同時に、私の頭の中では、記憶の糸が一本ずつ繋がっていく。
(…そうだったのね)
幼い頃、庭園で泣いていた私を慰めてくれた時も。
「エレノアが笑ってくれると、僕も嬉しいんだ」と言ってくれた時も。
私の将来を心配して、誰よりも近くで支えてくれたあの日々も。
全て、彼の心からの真実だった。
一度たりとも、彼は嘘をついていなかった。
私の「嘘を見抜く瞳」が、過去の彼に対して、一度も反応を示さなかった理由がようやくわかってしまった。彼は最初から、どこまでも純粋に、私のことを好きだったのだ。
その変わらない本物の愛情が、長い年月をかけて誰にも言えない執着に変わり、今の歪んだ渇望にまで育ててしまった
(セドリック、あなたは…。純粋な気持ちのまま、どこかで道を間違えてしまったのね)
敵と対峙しているのに、胸の奥でかつての彼との思い出があれは嘘ではなかったと語りかけてくる。
それが、戦わなければならない相手に対して抱く、何よりも残酷な同情となって私を苦しめる。
彼が狂ってしまったのは、皮肉にも、私のへの愛が本物すぎたからだ。
王宮の広間は、セドリックのの放つ黒い魔力で満たされていた。
宙に浮かぶ魔石が不気味に脈動し、空間そのものが軋んでいる。
「エレノア、離れるな!」
ルーカス様が私を守りながら、探検で構える。彼の背中は少し震えていたけど、私を守ろうとする意志は誰よりも強く、真っ直ぐだった。
セドリックがその光景を恍惚とした表情で見下ろしている。
「あはは、なんて美しい絆なんだろうねぇ!2人が必死になればなるほど、この儀式は完成に近づくんだ」
セドリックが指を鳴らすと、空中に無数の魔力の槍が出現し、私たちに向かって飛来した。
「くっ…!」
ルーカス様が必死に槍を払いのけた。彼が私を守るために振るう剣には、一点の迷いもなかった。
私は瞳の力を全開にして、次の一撃がどこから来るのかを必死に読み取った。秘密は知られないよう、顔には必死に恐怖の表情を貼り付けたまま、心の中ではセドリックの動きを予測する。
(…右からくる!ルーカス様、少し下がって!)
私はあえて口に出さず、ルーカス様の服をギュッと引っ張ることで合図を送る。
ルーカス様は私の意図を即座にくみとり、ギリギリのところで攻撃を回避した。
「ルーカス様、今です!」
私は彼の手を取り、2人で同時に印魔力を注ぎ込む。その2人の力が重なり、真っ白な光の攻撃はとなってセドリックを襲った。
「ぐっ……!なぜだ、なぜそんなにも力が…!」
計算外の衝撃に、セドリックが初めて動揺した。
私は彼の歪んだ瞳を見つめる。彼の中にあるには、私への愛とそれを支配したいという強烈な執着だけ。
(……あなた、本当に私を愛してたのね)
彼が放つ攻撃に、かつての優しい面影が重なる。でも、今はそれを受け入れるわけにはいかない。
「セドリック、あなたの愛はおかしいわ!」
私が叫ぶと、ルーカス様が間髪いれずに踏み込む。彼の剣が魔石を真っ二つに叩き割った。
パリンッ、とガラスが割れるような音がして王宮を支配していた狂気が分散していく。
「あ……僕の、完璧な…」
セドリックの体が光に飲み込まれ崩れ落ちていく。
私はルーカス様の腕に守られながら、最後にもう一度だけ彼を見た。その瞳から狂気は消え、ただの寂しそうな男の顔に戻っていくのを、私はただ見届けることしかできなかった。
光が静まると、王宮はただ重苦しい静寂だけが残っていた。
セドリックの狂気も、ガレウス王の野望も、全てが光の中に消えていった。張り詰めていた糸が途切れ、私はそのままルーカス様の腕の中に崩れ落ちた。
「……エレノア、無事か?」
ルーカス様が、震える手で私を強く抱きしめる。彼の額から流れる汗と、激しく刻まれる鼓動が、彼がいかに死力を尽くして私を守り抜いていくれたのかを物語っていた。
その瞳には氷のような冷たさは微塵もなく、ただ私への情熱と安堵だけが激しく揺れている。
「ええ……なんとか。やっと、終わったのね」
私は彼の胸に顔をうずめる。かつて幼い頃に私を慰めてくれたセドリックの面影を心から追い出し、今は目の前にいる彼だけに心を集中させた。
すると、ルーカス様は私の顎を指先で優しく持ち上げ、強制的に自分と視線を合わせさせた。
「……ずっと、言いたくてたまらなかったことがある」
彼の声は掠れ、切迫した熱を持っていた。
「俺はあの日から、狂おしいほどにお前だけを欲していた。たとえ世界を敵に回そうと、地獄に落ちようと、お前を救い出し、この腕に抱くことだけを唯一の真実として生きてきたんだ」
それが、彼の嘘偽りのない本心だと、私の瞳が告げている。
胸の奥が熱く焼けるような感覚に、私はたまらず彼の首に腕を回した。
「……私もよ、ルーカス様。どんな未来でも、あなたとなら嘘のない人生を歩めるわ」
言葉が重なるか重ならないかのうちに、彼は私を貪るように唇を奪った。
それは、ただの愛の確認ではなかった。二十年分もの孤独、戦いの恐怖、そして互いへの渇望が爆発するような、深く、泥のように甘い接吻だった。
吐息が混じり合い、互いの体温が溶け合っていく。
私は彼の手首に、私と同じ「印」が熱く脈打つのを感じた。それはもう、誰かに縛り付けられる呪縛ではない。私たちが運命共同体として結ばれた、魂の証だ。
唇を離しても、彼は私を離そうとはしなかった。額を合わせたまま、荒い呼吸を整える彼が、愛おしそうに私の頬をなでる。
「二度と、誰にもお前を渡さない」
「ええ……ずっと、そばにいて。あなたの嘘のない世界で」
窓から差し込む朝焼けが、二人の影を一つに重ねていた。
嘘に満ちた過去は終わり、私たちはようやく、誰にも邪魔されない本物の未来へと足を踏み出した。
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