02 すれ違う愛
私は彼の執務室へ飛び込んだ。ルーカス様は書類を机に叩きつけ、普段の冷徹な冷めきった表情のまま私を待っていた。
「……セドリックと、何を話していたんだ?」
「ただの世間話ですわ。殿下、お願いですから、もう私を突き放さないでください。婚約破棄したいのなら、はっきりとそうおっしゃってください!」
ルーカス様が立ち上がる。彼の手袋から覗く左手首。そこにも、私と同じような紋章があることに気づいた。私の砂時計の印と違い、鎖の印だ。なぜルーカス様にも印があるんだろう。
もしかして印に意味があるとか?
「そうだな。お前とはもう、婚約破棄をしよう」
――『(嘘)』。
彼の頭上の文字を見て、私は堪えきれず歩み寄っ
た。
(あの印のことを聞かなくちゃ)
「嘘ですよね、その言葉。……殿下、なぜ私の手首にある印が、殿下の左手首にもあるのですか?
なぜ、この印が熱くなるか知っていますか?」
そして私は自分の右手首にある印を彼の机に勢い良く出した。
その瞬間、私と彼の模様が光を放ち、砂時計が鎖に縛られている印へと変わった。
(これも何かのヒント?)
「なぜ君にも同じ模様が…?しかも、嘘をついたときにこの手首の印が君も熱くなってるのか?」
彼は目を見開き驚いた表情で私に言った。
「さあ、それは私には分かりません、けど、あなたが嘘をついて私を遠ざけているの知っていました。でも、どうしてそんなことするのですか…?」
淡い空色の目から涙が溢れながら言った。
そう、この印は彼が私を突き放すたび、磁石のように互いの印が痛み、引き寄せる。それは物理的な呪縛だった。
ルーカス様は顔を歪め、私を壁際に押し付ける。彼の手首と私の手首が触れ合った瞬間、脳内に激しい「前世のフラッシュバック」が流れた。
――燃える王宮。私の血を求めるルーカス様の父であるガレウス王。そして、私を抱きしめて泣き叫ぶルーカス様の姿。
『次は必ず、お前一人でも生き残らせる』
私は手で口元を隠しながら息を呑んだ。
タイムスリップ前の記憶が、戻ってきた。彼は私を突き放していたんじゃない。守っていたのだ。私が彼を愛しすぎないように、彼を嫌って遠くへ逃げられるように、心を殺して……婚約破棄を告げたのだ。
「俺が婚約破棄をしようとしたのは…」
そう言いながら、彼は私の真実を知ったような顔をみて気づいた。
「……エレノア、思い出したのか」
ルーカス様の声が、震えていた。
私は彼の胸に手を当てる。そこには、私が冷たいと思っていた以上に、深く熱い愛と後悔が渦巻いていた。
「あなたがずっと、地獄を背負っていたこと。……やっと、分かりました」
氷の王子の仮面が崩れ、彼は初めて私を抱きしめた。
そう、タイムスリップ前、私が婚約破棄をされた後、ルーカス様の父であるガレウス王が、私のところに訪れ、ガレウス王になぜか命を奪われそうになった瞬間、ルーカスが助けに来てくれたこと。その瞬間に、世界全体が真っ暗になって世界が滅んでしまったこと。
「なぜ、ガレウス王が私の命を狙って来たのですか」
重苦しい表情で彼は口を開いた。
「それはだな。君は特殊な力を持っている一族の直系にあたるんだ」
「特殊な力?」
「あぁ、君はセザリオ族という一族で、時間を巻き戻せる力をもっているんだ。力といってもセザリオ族の身体に巡る血が時間を巻き戻せる道具なんだ。その血と聖水を混ぜれば、時を戻せるようになる」
「でも、そんな血があるなら、私はなぜそのことを知らずに生きているのでしょうか」
真剣な表情で彼は続けた。
「セザリオ族は、時を戻せる血を持っていたのだが、その血の量は、大量に必要で、絶対に死んでしまう。しかし、セザリオ族は時を戻すための道具に使われ続けたんだ。しかし、道具として使われて死んでいった家族を失ったセザリオ族の1人が、セザリオ族全体に言いはなったんだ。『このままでは行けない。これ以上大切な人を殺されてたまるか。もうセザリオ族のまま生き続けることはやめよう』って。そこからセザリオ族として生きる人がめっきり減って、道具として使われることもなくなった」
「セザリオ族だという身体に刻まれた証みたいなものはなかったのですか?」
「幸い、そんなものはなくただ平凡に生きることができたんだよ」
「うーん、でもなぜ私がセザリオ族の血を持ってるって分かったのかしら」
「それは僕も分からないんだ。でも俺の父親はいろんな研究機関の人間たちを買収してる。多分セザリオ族の血を探すために。その人たちのなかから誰かが発見したんだろうな」
「後、なんであなたの父は時を戻したがってるのです?」
「それはな、俺の母親がなくなったからなんだよ。時を戻してもう一度会いたいんだろうな」
「でも確か、亡くなったのはずいぶん前のことですよね?」
「そうなんだが、後からセザリオ族の血で時を戻せると知ってしまって、悪に手を染めるようになったんだろうな」
深く悲しそうにルーカス様は言った。
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