01 手首の灼熱
「お前など、視界に入るだけで不快だ。二度と俺の前に姿を見せるな」
ルーカス様の冷たい言葉が、心臓を直接殴打する。
私は作り笑いを浮かべて優雅に一礼し、その場を辞した。背中に刺さる彼の冷ややかな視線を感じながら、私はドレスの袖を握りしめる。
右手首に刻まれた砂時計のかたちをした紋章が、火傷をしたようにジンジンと熱い。この印は、私がタイムスリップして目を覚ました瞬間から、そこに刻まれていた。
なぜあるのか、誰が刻んだのかは分からない。
私がタイムスリップした瞬間は、ルーカス様に婚約破棄を申し出られたあのとき。その瞬間から瞬く間に、5年前のあの日に戻っていた。
あの日と言うのは、ルーカス様と婚約を結ぶことになった初日だ。
せめて婚約する前に、戻ってくれたら良かったのに...。
しかも、私は生憎、ルーカス様に婚約破棄を申し出れたところまでしか記憶が残っていない。
その後どうなってここまでタイムスリップしてきたのか。それが私には分からなかった。
一つ分かっていることとしては、ルーカス様が嘘をつくたびに、この印が私に「彼が今、本心を隠した」と教えてくれることだ。
――ルーカス様は、嘘つきだ。
彼は私を疎んでいると言った。けれど、その頭上には淡い『(嘘)』の文字が揺らめいている。
なぜそんな嘘をつくのだろうか。タイムスリップ前のあのときの婚約破棄もホントは嘘の願いだったのだろうか?
いや、そんなはずないわよね…、あのときも、私を遠ざけるばかりだったから。
一瞬、何度もルーカス様に会いに行こうとして使用人に止められてなかにも入れなかったあのときの記憶がよぎった。
この力は、私にとって拷問だった。
「エレノア、また殿下に酷いことを言われたのか?」
王宮の回廊で、明るい声が私を呼び止めた。幼なじみのセドリックだ。彼は近衛騎士として、いつも私を温かい光で包み込んでくれる。
彼が私を気遣って微笑むとき、私の手首は静かなままだ。彼は嘘をつかない。私を真っ直ぐに見て、純粋な好意を向けてくれる。
「平気よ、セドリック。……殿下も、きっとお忙しいのよ」
「そんなフォローしなくていい。君にはもっと、君を大切にする人間が必要だ」
セドリックが私の桃色の髪を優しくなでる。その温かさに救われる一方で、私は遠くからこちらを少し悲しそうな漆黒の瞳と目が合った。ルーカス様だ。
彼はすぐに目を反らし、淡々と何事もなかったかのように歩み去った。
その瞬間、私の手首が、引きちぎれそうなほどの熱を帯びる。
(……どうして? なぜ、こんなに熱いの)
私は彼を追いかけた。彼がなぜあんなにも悲しそうな顔を?
彼の中にも「私」という存在があるのではないか。その淡い期待が、私を愚かな行動へと走らせる。
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