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発生するネームイーター  作者: 上咲兼好
六.対決する七月十一日(月曜日)
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六.対決する七月十一日(月曜日)(1)

 黒砂幸と対決する当日はふだんと何ひとつ変わらない、普通の朝だった。

 いつもの時間に目を覚まし、着替える。亮の母親と、ひとあし先に朝食をとっている恵におはようを言い、朝のニュースを眺めながら朝食を済ませた。亮の母親の用意した弁当を持って、家を出る。

 千華と合流して学校へ。普段と変わらないおしゃべりをして、校門の前で別れる。自転車を置いて教室への階段を登り、登ったところで千華と轟美香子に出会う。

「亮くんの元気がない」と千華から報告を受けていた轟美香子は、気合い注入と称して俺の後頭部をひっぱたく乱暴な挨拶。そのとなりで戸惑っている千華。

 教室に入ると、一部始終を見ていた新田がニヤニヤ笑い。他のクラスメートもそれぞれ雑談や授業の準備をしている。

 亮の過ごす、毎日の風景がいつもと変わらずそこにある。

 ただひとつ違うのは、古林典子の机に主はおらず、代わりに置かれた花瓶が机の主の永遠の不在を示していることだった。

 朝のホームルームの時間になると、小川がチャイムと同時に教室に入ってきた。

「えー静かに。今から緊急で全校集会がある。静かに体育館に移動!」

「やっぱり、古林のことだろうな」

 後ろの席で、新田が囁いた。

「そうだろうね」

 俺たちは他のクラスメートたちと共に、体育館へと向かった。


 体育館はすでに多くの生徒達が集まっており、それぞれが落ちつかない様子で近くの者とおしゃべりをしている。その声は体育館中に反響し、耳に痛い。

 やがて頭のはげあがった校長が壇上に立った。体育や生活指導の教師が生徒達ににらみをきかせ、館内はしんと静まりかえる。

 冷房の効かない体育館の中、嫌がらせのような長い話だった。古林典子に対するとむらいの言葉から始まり、自殺の防止、付近に現れているマスコミへの対応、さらに話は日々の生活態度にまで及んだ。

 ひょっとして終わりかたを考えていなかったのではないかと疑いを持ってからさらに十数分。そろそろ貧血で倒れる者が出てもおかしくないころ、ようやく校長の話が終わり、生徒達は床に座ることを許可された。全校生徒の溜息のような安堵の声が体育館にこだまする。

 続いて出てきたのは黒砂幸だった。背中をぴしっと伸ばし、きびきびと舞台の中央まで歩いてくる。

 その動作をじっと観察する。「女帝会長」にふさわしい、威圧感とカリスマに満ちた所作だった。

 マイクの位置を直して、黒砂幸はゆっくりと口を開いた。

「……生徒会長の黒砂です。座ったままで結構です。少しだけ、お話をさせてください」

 黒砂幸は体育館の全校生徒を見渡す。

「校長先生からお話して頂いたとおり、書記の古林典子さんが亡くなりました。とても悲しいことです。私は、生徒会長として、もう二度とこんなことを繰り返したくはありません」

 平然と、黒砂幸はそう口にした。俺はその目をじっと見ていたが、一点の曇りもない。まるで自分は、古林典子の死にいっさいの関わりが無いかのような口ぶりだった。

 心の中に静かな怒りが沸き起こる。

「古林さんは、生徒会室のとっても大事なメンバーでした。その古林さんが、死んでしまいたいと思うくらい悩んでいたことを、私は汲んであげられなかった。それがとても、とても悔しいのです」

 黒砂幸の言葉には徐々に力がこもる。

「……ですから、もし何か不安なこと、先生にも相談しづらいことがあれば、ぜひ生徒会室へいらしてください。必ず、力になります。そして、皆さんも、ほんの少しでもいいんです、ごく身近な人の力になってあげてください。こんな事件は絶対にあってはいけないことです。どうか皆さん……よろしく、お願いします」

 最後は悲痛さを漂わせた声になり、黒砂幸は深々と頭を下げた。

 どこかから拍手が聞こえると、すぐに周りを巻き込み、大きな拍手となって体育館中に響きわたった。後ろに座っている新田さえも拍手している中で、俺は一人うすら寒いような、さめた気持ちで壇上を見ていた。

 これが「女帝会長」のやりかたか。支持を得るにはどんな方法でも使う。自分でとどめを刺した相手をも利用して、その地位を盤石なものにする。

 持ち味にしていた「多数の他者」の視点を活かした結果が、これか。

 先日、黒砂幸と古林典子の争いを聞いたという佐倉貴はどう感じているのだろうか。

 頭を下げたままの黒砂幸を見すえ、俺は亮の脳をフル稼働させる。視界のすべてがスローに流れる。黒砂幸の頭がゆっくりと上がる。スローモーションの世界の中で俺は、確かに見た。頭をあげかけたときの黒砂幸の口もとが、笑っていたのを。

 次の瞬間、黒砂幸はもとの悲痛な表情に戻っていた。誰も気付かなかったであろう、ほんの一瞬の出来事だった。しかし俺はそこに、黒砂幸の真っ黒い悪意を確認した。生徒達の熱い視線を浴びて、黒砂幸は舞台から降りた。


 その後の授業は身に入らなかった。誰かと話をしたり、体を動かしていれば気も紛れるだろう。だが、ただ聞いているだけの授業となると、教師の話に集中しようとも、思考は自然と放課後の黒砂幸との対峙へ向いてしまう。

 授業をまじめに聞くのはあきらめて、いま得ている情報を整理してみることにした。

 実際に見た事実は、黒砂幸が古林典子に暴言を吐いていたことと、ドクロシャツ、桐川業太の襲撃。

 名前を喰う能力から得たのは、古林典子の自殺の決め手になったのが黒砂幸の暴言だったこと。

 新田の情報網から得たのは、黒砂幸と不良たちに繋がりがあることと、最近の黒砂幸に奇妙な行動があったこと。

 古林典子については黒砂幸が引き金を引いたと考えられるが、俺が襲われたことについてはいま一つ、黒砂幸が関わっているという確信が持てない。古林典子のことを問い詰めるときに一緒に問いただせばいいのだが、どうもすっきりしない。

 違う方向からアプローチしてみよう。俺、もしくは亮を襲うことと、古林典子を自殺に追い込むことの関連性を考えてみる。まったく別のもののように見えるが、それを無理やりにでも繋げて、なにか掴むことができないだろうか。

 古林典子を追い詰めるために俺への攻撃が必要になった。あるいはその逆で、俺、もしくは亮を追いつめるために古林典子を自殺に追い込んだのだとしたらどうだろう。

 黒砂幸には亮を追い詰める理由がないので、本人ではない誰かが黒砂幸を利用して、俺か亮を誘いだそうとしていると考えたほうがよさそうだ。

 亮は見ての通りのしがない文化系男子だ。マンガや小説なら騒動に巻き込まれて命を落とすタイプで、誰かから恨まれる要素はない。

「……やはり、黒砂幸の中に俺みたいなのが居るということか」

 それが、すべてを繋げるのに一番すっきりくる答えのように思えた。

 なぜ俺が発生したのかはわからない。だが何らかの原因やきっかけがあるのならば、亮の身に起こったように、他の誰かにも寄生する存在が発生する可能性はあるはずだ。

 しかしそれでもいくつか疑問は残る。黒砂幸の不可解な態度。古林典子に暴言を吐いたあと、茫然自失としている黒砂幸の姿が、頭の隅にこびりついて離れない。

黒砂幸の中に何かがいるとして、それは俺とは違う性質なのかもしれない。俺は亮の身体から出られないし、亮にも交代できない。だが黒砂幸の中にいる存在はある程度その出入りが自由だとしたら、黒砂幸の感情の裏表にも説明がつくだろうか。

 そこまで考えて、溜息をついた。

 そうだとしたら、この対決はとても困難になる。黒砂幸本人の肉体にダメージを与えるわけにはいかない。黒砂幸は寄生されているだけの被害者かもしれないし、亮の体で黒砂幸を殴ったりしたら、亮の評判にも多大なダメージだ。そしていくら俺が名前を食べる能力を持っていても、黒砂幸の中にいる奴の名前がわからなくては食べることもできない。

 そもそも、ここまでの考えは全て推測にすぎない。考えにいくつか、綺麗に繋がらないところも残っている。

 たとえば、事件が起こるたびに聞こえていたあの笑い声。あの声は黒砂幸のものではなかった。いったい誰のものなのか。

 そして一番大きな疑問が「なぜ俺を狙うのか」だ。ここのピースが埋まらなければ、残りのすべての推測にも確信はもてない。

 朝から昼前まで、授業中ずっと考えていても、その疑問は晴れなかった。


 昼休み、いつもと同じく千華と屋上で昼食を取る。それも俺はうわの空だった。

 千華は明るくふるまっておしゃべりを続けていたが、ときどき心配そうな表情を見せていた。

「今日は、一緒に帰れないかもしれない」

 半分残した弁当を包みながら、千華に告げた。

「うん、だいじょうぶだよ。がんばってねー」

 三段の弁当箱を片づけていた千華は、一瞬寂しそうな顔をしてそう言ったが、それから優しく微笑んだ。

 千華の笑顔に、俺も亮も安心する。もし亮がお付き合いしていたのが千華じゃなければ、亮を演じきれなかった俺はとっくにフラれていたかもしれない。

 それが千華を心配する轟美香子に叱られたり、小突かれたりする程度で済んでいるのだから、不幸中の幸いというものだった。


 千華と別れて教室に戻り、新田のいつものヤジを優雅に無視して午後の授業にのぞむ。集中は出来るはずもない。黒砂幸との対峙が近づき、緊張も高まってきている。

 最後の授業は富田の数学だった。富田は二メートルはあろうかという巨大な定規を肩にかついで、やかましく授業をしている。

 富田の授業を話半分に聞きながら、手元のノートをめくっていた。ノートには亮の几帳面な性格がよく表れていて、図はきちんと定規やコンパスを使って描かれているし、字も一定の大きさを保っている。

 なんの気なくぺらぺらとページを繰り、ふと指が止まる。ノートに描かれた図が目に飛び込んだとき、なにかが頭に引っかかった。

 それはごく普通の座標平面図だった。垂直に交わる十字の線で平面を四つに分割し、XとY、二つの数値の値がそれぞれプラスかマイナスかで、その座標が属する領域が決まる図だ。

 俺はノートに釘付けになった。この図をどこかで目にしている。そしてとても重要な要素が隠れている。そんな直感があった。

 目を皿のようにして図を凝視、頭脳をフル回転させる。俺の記憶も、亮の記憶も、出来る限り引っ張りだして考える。

 情報がミキサーのようにかきまぜられ、必要なものをよりわけ、再配置されていく。カチン、と音が鳴ったような気がして、頭の中で最初のひとつのピースが埋まった。

 ひとつのピースが埋まったことで、連鎖するように関連するピースが埋まっていく。達人が操るルービックキューブのように、高速で情報が整理され、あるべきところに収まっていく。

 最後のひとつがはまり、イメージが固まった。

 その瞬間、思わず立ち上がっていた。ガララ、と乱暴な音がして、座っていた椅子が後ろに跳ね飛ばされ、新田の席にぶつかる。

 居眠りしていた新田が「むおっ?」とまぬけな声をあげた。クラス全員が俺に注目する。

「な、なんだ大輪田、どうした、トイレか? もう少しで授業は終わるからできるだけがまんしろよ」

 富田の呼びかけがあっても、俺は数秒のあいだ答えられなかった。やがて「すいません、なんでもないです」と返事をして、倒れた椅子を起こして座りなおす。

 クラスメートの奇異なものを見る目やくすくす笑う声、戸惑う亮の反応も気にならないくらい、俺は興奮していた。

 固まったイメージが、徐々に言葉の形で整理されてきていた。

 亮に伝えるため、ノートの空白部分にシャープペンで殴るように書いた。

『謎はすべて解けた』

 その字を自分の目で見ることで、亮に伝える。驚きの反応が返ってきた。

『と思う』

 付け足した。亮がずっこけたような反応をした。

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