第9話:王国最強の騎士団長は、秘湯を国家要塞に変貌させる
大好評の勘違い過保護ラブコメ、第9話をお届けします。
今回は日々の胃痛と疲労に耐えかねたライルが、一縷の望みをかけて「静かな温泉(湯治場)」へと向かう癒やし(?)の温泉回です!……もっとも、最強の騎士団長が同行している時点で、温泉がリゾートではなく「要塞攻略戦」の戦場になってしまうわけですが。果たしてライルは無事に羽を伸ばすことができるのか!?
それでは、第9話の幕開けです!
「……俺はもうダメだ。このままだと、胃のあたりに穴が開いてそのまま死ぬ」
辺境の街から少し離れた、緑豊かな山あいの小道。
ライル・フォン・ヴェルナーは、よれよれになった足取りでトボトボと歩きながら、心底から死んだような目をしていた。
ここ最近、市場での大根騒動や、命がけのデート特訓など、心臓と胃袋に優しくないイベントが立て続けに起きていた。蓄積された疲労の限界を察知したライルは、「とにかく一度、すべてを忘れて静かな温泉で身体をふやかし、極楽の境地を味わうんだ……!」と、一念発起してひなびた湯治場(温泉)へとやってきたのである。
「ライル殿、顔色が優れませんね。もしや、内臓の機能を停止させる新型の毒にでも侵されているのでは……?」
すぐ後ろから、いつもの神銀製フルプレートアーマーを完璧に装着し、背中に国家予算級の大剣を背負った銀髪の騎士団長・シルヴィアが、もの凄く心配そうな(同時に殺気を含んだ)顔で密着してきていた。
「毒じゃなくて単なる過労だよ! お前が次々と精神的ダメージを与えてくるせいだろ!」
ライルがぐったりしながらツッコミを入れていると、目の前にこぢんまりとした木造の建物が見えてきた。古びた看板には『山峡の湯:隠し湯』と書かれている。湯気からはほのかな硫黄の香りが漂い、まさに隠れ家的な秘湯の趣があった。
(おお……! これだ、これを待っていたんだ……! 音もせず、誰も襲ってこない、ただお湯に浸かるだけの至福の時間……!)
ライルが感動の涙を浮かべながら暖簾をくぐろうとした、その時だった。
受付の番頭席から、温泉の管理をしている初老のおじさんがひょっこり顔を出した。
「いらっしゃい……おや?」
おじさんは、ライルの後ろにそびえ立つ、全身をギラギラした神銀の鎧で固め、背中に巨大な大剣を背負った銀髪の美少女の姿を視認した瞬間、心臓が止まりかけたかのようにピタリと硬直した。
「ひ、ひぇっ……!? なんじゃこの、国宝級の武装をした鬼神のようなお嬢さんは……!? うちは秘湯の湯治場であって、魔王城のダンジョンではないぞ……!」
「おじさん、驚かせてすまない! こいつはただの付き添いの過保護……いや、護衛だから! 普通に入浴料を払うから通してくれ!」
ライルが慌てて銀貨をトレイに置き、おじさんを必死になだめる。おじさんはガタガタと震えながら「は、はい……奥の温泉は貸し切り状態だから、ごゆっくり……」と震え声で鍵を差し出した。
* * *
そして数分後。
男女別の温泉エリアの奥にある、岩造りの素朴な露天風呂。
もうもうと立ち込める温かい湯気の中、ライルは腰にタオルを巻き、ゆっくりとその贅沢なお湯へと身体を沈めていた。
「ふぁぁぁぁ…………生き返る……これだよ、これを求めていたんだ……」
全身の筋肉の緊張がスッとほどけ、日々の胃痛が嘘のように消えていくような感覚。頭上には青空と木々の緑、肌を撫でる心地よい風。これぞまさに天国、完璧なスローライフの極みであった。
ライルが目を閉じ、至福の吐息を漏らしていた、その時だった。
――ガシャァァァン!!
突如として、露天風呂の脱衣所側から、尋常ではない破壊音と重厚な金属音が響き渡った。
「なっ……!?」
驚いてライルが目を開けると、そこには、完全に神銀のフルプレートアーマーをフル装備したまま、湯気の中に仁王立ちしているシルヴィアの姿があった。
手には国家予算級の大剣がしっかりと握りしめられている。
「ちょっ……! シルヴィア、なんで鎧を着たままで入ってきたんだよ!! ここは温泉だぞ! 錆びるだろ! 色んな意味で危ないだろ!!」
ライルが泡を食って叫ぶと、シルヴィアは真剣な面持ちでバイザーの隙間から周囲を睨みつけ、厳かに首を振った。
「何を仰いますかライル殿。この湯気で満たされた閉鎖空間……視界が遮られ、四方を険しい岩に囲まれたこの場所は、軍事学的に見れば『極めて危険な水底迷宮、あるいはいつ毒ガスが噴出してもおかしくない死の毒沼』と同義です!」
「どこをどう見たら普通の温泉が毒沼なんだよ!! ちゃんと管理されたお湯だわ!」
「ご安心ください! 我が君の尊い御身を守るため、このシルヴィアが完全防備のまま、このお風呂場の門番として徹底的に警戒態勢を敷きます!」
「お風呂場の門番をするな!! そもそもお前がそこに立っていたら、俺が温泉をエンジョイしてるのか、それとも処刑台に連行されてるのか分からないだろ!!」
ライルが湯船の中で頭を抱えて絶叫するが、シルヴィアは微動だにせず、むしろ湯気の中でさらに鋭い殺気を放ち始めた。
「ふむ……お湯の中に潜む謎の気泡……。もしや、我が君の足元を狙う水棲の魔獣が潜んでいるのでは……?」
「ただのジャグジー機能の泡だよ!! 魔獣がいるわけないだろ!!」
「いいえ、油断は禁物です。今、不審な水音が聞こえました。もしや刺客が……!」
「お前が鎧を鳴らしてる音だよ!! 一番怪しいのはお前だ!!」
ライルはあまりのシュールさと胃痛の再発に頭を抱え、しかしふと、湯気の中にうっすらと浮かび上がるシルヴィアの銀髪の美しさに目を奪われた。
(……あんなに頑なに鎧を着込んで、真剣に俺の身を案じているけれど……よく見たら、湯気に包まれた銀髪の美少女が温泉の岩場に仁王立ちしている絵面って、冷静に考えたら狂気以外の何物でもないな……? いや待て、俺は一体何を見せられているんだ……)
ライルが遠い目をしながらツッコミの気力を失いかけていた、その時だった。
「――やはり、あの岩陰の怪しい影……容赦はしません、天誅です!!」
「おい待て! そこには誰もいない! ただの苔むした岩だ! 大剣を振るうな! 温泉が消滅する!!」
ガキィィィン!! と、露天風呂の端で盛大な金属音が響き渡り、岩の一部が綺麗に粉砕されてお湯の中にボチャンと沈んだ。
「ぎゃあああ落ち着けシルヴィア!!! ここで暴れるな! 俺の癒やしを返せ!!」
湯けむりの立ち込める秘湯の露天風呂。
極上のリフレッシュを求めてやってきたはずの次男は、結局お湯に浸かりながらも全身の汗と冷や汗を流し続け、絶叫とツッコミの限りを尽くす羽目になるのだった。
――不憫な次男の胃痛と、最強すぎる銀髪騎士団長の過保護な温泉防衛戦は、今日も今日とて湯気と共に白く霞んでいく。
最後までお読みいただきありがとうございます!
第9話、「王国最強の騎士団長は、秘湯を国家要塞に変貌させる」いかがでしたでしょうか。
日々の疲労を癒やすはずの温泉が、シルヴィアの手にかかれば一瞬で「死の毒沼・要塞攻略戦」に様変わりしてしまう不憫な日常回をお届けしました! フルアーマーで温泉に仁王立ちする銀髪の騎士団長と、必死にそれを制止するライルの胃痛を楽しんでいただけたなら幸いです。
次回も、予測不能な勘違いとクスッと笑えるドタバタが待ち受けています!




