第8話:王国最強の騎士団長、はじめての市場(スーパー)でおつかい
勘違い過保護ラブコメ、第8話をお届けします。
今回は山が消えたり遺跡が爆発したりしない、文字通りの「普通の日常回(市場でおつかい)」です!……もっとも、最強の騎士団長の手にかかれば、八百屋の棚に並ぶキャベツや大根すらも「凶悪な罠」に見えてしまうわけですが。果たしてライルは無事に夕飯の食材を買えるのか!?
それでは、第8話の幕開けです!
「……よし。今日は本当に、マジで、微塵も何も起きない。完全無欠の平和な日常だ」
辺境の街の一角。
ライル・フォン・ヴェルナーは、ふぅふぅと深く息を吐き出しながら、青空の下でしみじみとそう呟いた。
前回、前々回と、古代遺跡が発掘されたりデートに向けた手繋ぎに振り回されたりと、心臓に悪いイベントが立て続けに起きていた。そのため、本日のライルは「今日は絶対に安全なことしかしない」と固く心に誓い、ただの夕食の食材を調達するために近所の庶民派市場へとやってきたのだ。
「すまないねぇ、お兄ちゃん。今日のトマトは新鮮で赤々としてるよ!」
「ありがとうおばちゃん、じゃあこれ三つもらうよ」
カサカサと紙袋にトマトを詰める音。行き交う人々が立てる生活の足音。どこにでもある、ただの平和な休日の光景である。
(そうだ、これでいいんだ。俺が求めていたのは、この泥臭くて、平穏で、誰も大地を吹き飛ばさない普通の暮らしなんだよ……!)
ライルが心の中で感涙にむせんでいると、そのすぐ後ろから、ガシャァァァンと重厚な金属音が響いた。
「――ライル殿。敵陣の状況はいかがですか」
いつもの神銀製フルプレートアーマーを完璧に装着し、背中に国家予算級の大剣を背負った銀髪の騎士団長・シルヴィアが、もの凄く険しい顔で周囲をキョロキョロと見回しながら密着してきていた。
なお、今回は目立ちすぎるフルアーマーの上に、せめてもの気休めとしてライルが無理やり用意した「茶色い麻の布切れ(ポンチョのようなもの)」を頭からかぶっているが、隙間から溢れ出る圧倒的な美少女のオーラと冷徹な殺気は一切隠しきれていない。
「だから、ここは敵陣じゃない! 普通の街の市場だ! あとそんな物騒な格好で『敵陣の状況』とか聞くな!」
ライルが小声で突っ込むと、シルヴィアは真剣な面持ちで首を横に振った。
「何を仰いますかライル殿。周辺を見渡してください。無数の一般市民が縦横無尽に歩き回り、謎の植物や怪しげな赤色の球体が並ぶこの空間……。どう見ても、我が軍を包囲するための『罠に満ちた敵の補給拠点』ではありませんか!」
「ただの八百屋と青果店だよ!! 罠もクソもないわ! あとさっきからその『赤色の球体』って言うな、ただの完熟トマトだろ!」
ライルが頭を抱えていると、目の前の八百屋の気さくなおばちゃんが、ニコニコしながら声をかけてきた。
「おや、そっちの連れの綺麗なお姉さん、すっごい目つきでうちのトマトを睨んでるけど、もしかして酸っぱいのが苦手かい? じゃあこの甘いカブなんてどうだい、お兄ちゃん!」
おばちゃんが「ほらよっ」とばかりに、ずっしりと重い真っ白い大根を一本ひょいと持ち上げ、ライルに向けて差し出した。
――その瞬間。
世界の空気が、コチコチに凍りついた。
「…………っ!!」
シルヴィアの身体が、一瞬で戦闘態勢のそれに切り替わった。
彼女の全身から噴き出した莫大な闘気は、周囲の野菜たちの葉を逆立てさせ、店先の木箱をギシギシと鳴らさせた。
「なっ……!?」
八百屋のおばちゃんは、目の前にそびえ立つ銀髪の美少女(から発せられる尋常ならざる殺気)を直視し、ビクッと身体を震わせて一歩後ずさった。
「い、いま……我が君に向かって、その白い謎の鈍器(大根)を突きつけただと……!?」
シルヴィアの低く這うような声が、市場の喧騒を綺麗にかき消した。
「ち、違うだろシルヴィア! これは鈍器じゃなくて大根だ! 食材だ! 武器じゃない!」
ライルが血の気が引く思いで必死に叫ぶ。しかし、シルヴィアのバイザーの奥の瞳は、もはや怒りに狂う猛禽類のそれになっていた。
「ふっ……。見知らぬ一般人が、我が最愛の救世主であるライル殿に直接接触し、さらには白亜の凶器(大根)を突きつけて脅迫するなど、反逆行為以外の何物でもありません……!」
ガシャリ、とシルヴィアが国家予算級の大剣の柄に手をかけた。
「シルヴィア、なぜ大根一本でそこまで物騒な空気になるんだ!? 殺すな! 八百屋のおばちゃんを殺すな!!」
ライルは慌ててシルヴィアの鎧の腕にしがみつき、全身の力を込めて引き留めた。
「おばちゃん! すみません! こいつはちょっと頭のネジが数本吹き飛んでいる戦闘狂なんです! 大根買います! お代はこの銀貨で! お釣りはいりませんから!!」
ライルは財布から銀貨を引っつかむと、八百屋の台に叩きつけるように置いて、引きつった笑顔でおばちゃんに会釈した。
「ひ、ひぇぇ……! 若いのに、あんな恐ろしい鬼神を連れて歩くなんて、お兄ちゃんも苦労するねぇ……!」
おばちゃんは青い顔で震えながら、手近にあった大根をガタガタ震える手で紙袋に押し込み、ライルに手渡した。
「ありがとうございます! 失礼します!!」
ライルはシルヴィアの腕を力づくで引っ張り、その場から全速力で逃げ出した。
* * *
市場の喧騒から少し離れた、静かな夕暮れの小道。
ライルは両手で大きな紙袋(中身は大根とトマト)を抱えながら、路地裏の壁にもたれかかり、盛大に深い溜息をついた。
「はぁ……はぁ……。なんで大根を買うだけで、命のやり取りみたいなプレッシャーを味わわなきゃいけないんだ……。俺の平穏はどこにあるんだよ……」
ライルがげんなりしながらこめかみを押さえていると、その横で、シルヴィアが神銀のフルアーマーの面当て(バイザー)をグッと上に押し上げた。
そこに現れたのは、いつ見ても見惚れるほど整った、銀髪の美しい素顔だった。
彼女は少し気まずそうに、しかしどこか誇らしげな顔でライルを見つめた。
「……ライル殿。先ほどは、敵の不意打ちから我が身を挺して守っていただき、ありがとうございました」
「守ったのはお前が八百屋のおばちゃんを処刑するのを阻止したんだよ! 感謝のベクトルが完全に逆だろ!」
ライルがジト目でツッコミを入れると、シルヴィアはふっと柔らかく微笑んだ。
その銀髪が夕日に照らされて、きらきらと幻想的な光を放っている。戦いの鬼神とは思えないほど穏やかで美しいその笑顔に、ライルは内心で(……普段あんなにヤバいことばっかしなきゃ、普通にめちゃくちゃ綺麗な美人なんだけどなぁ……)と、ほんの一瞬だけ胸の奥がクスッと緩んでしまうのだった。
「……ですが、無事に敵陣から『大根』という名の重要機密物資を奪還することに成功しました。これもすべて、我が君の卓越した潜入戦術の賜物です」
「だから機密物資じゃない、今夜の夕飯の味噌汁の具だ! いいか、今夜は絶対にこの大根を使って、平和に、静かに、スープを飲むぞ! 分かったな!」
「はっ! 全霊をもって、平和な夕食を防衛いたします!」
トマトと白き大根の入った紙袋を抱え、ライルはトボトボと歩き出す。そのすぐ後ろを、銀髪を揺らしながらビシッと直立不動でついていく最強の騎士団長。
夕暮れの街並みに、苦労人の盛大な胃痛の嘆きが、今日も今日とて静かに響き渡るのであった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
第8話、「最強の騎士団長、はじめての市場でおつかい」いかがでしたでしょうか。
今回は山も遺跡も吹き飛ばない、「普通の日常回」をお届けしました! 八百屋の大根を敵の凶器と勘違いするシルヴィアと、必死にそれを宥めるライルの不憫なやり取りを楽しんでいただけたなら幸いです。
次回も、予測不能な勘違いとクスッと笑えるドタバタが待ち受けています!




