第7話:王国最強の騎士団長は、不器用な乙女心に戸惑う
勘違い過保護ラブコメ、第7話をお届けします。
今回はついにラブコメの真骨頂! シルヴィアが「もっと甘いおデートをしなければ我が君の愛が冷めてしまうのでは!?」と一念発起し、不器用ながらも恋人らしいスキンシップを学ぼうと暴走します。そして、物語の終盤ではついに――!?
それでは、第7話の幕開けです!
「……はぁ。やっぱり、この静かな風こそが俺の求めていたスローライフだ」
辺境の街の一角にある小さなベンチ。
ライル・フォン・ヴェルナーは、木漏れ日の下で深く息を吐き出しながら、心底から安息のひとときを噛みしめていた。
前回の「古代遺跡発掘事件(山消滅)」から数日。幸いにも街は平穏を保っており、ライルは久しぶりに一人でのんびりと読書を楽しんでいた。誰も大地を更地にせず、誰も魔神の迷宮を探さない、この穏やかな時間が永遠に続けばいいのに――本気でそう願っていた。
――だが、その平穏は、突如として音もなく破られることとなる。
「……ライル殿」
不意に、目の前の光が遮られた。
見上げれば、いつもの神銀製フルプレートアーマーを完璧に装着し、背中に国家予算級の大剣を背負ったシルヴィアが、もの凄く真剣な、それでいてどこか思い詰めたような表情で立ちはだかっていた。
「ん……? どうしたんだシルヴィア。そんな真面目な顔をして」
ライルが本を閉じると、シルヴィアはガシリと重い手甲を合わせ、ぐっと身を乗り出した。
「私、ここ数日ずっと深刻に悩んでおりました。……我が君が、毎日私と一緒にいるというのに、いつも怯えたような顔をなさったり、激しいツッコミという名の知的な言葉を投げかけてこられるのはなぜか、と」
「いや、お前が毎回大地を消し飛ばしたりするからだろ! 怯えるのは当然だ!」
「いいえ違います!」
シルヴィアは首を横に振った。そのバイザーの奥の瞳には、かつてないほどの強い決意が宿っていた。
「もしや、私のこれまでのエスコートが厳しすぎたのではないか……? 一般のカップルのように、もっと甘い『おデート』や、恋人らしいスキンシップを日頃から行わなければ、我が君の私に対する愛が冷めてしまうのでは……と、そう気づいたのです!」
(どこをどう曲解したらそんな結論に至るんだ……! 愛が冷めるとか以前に、俺の寿命が縮んでるんだよ!)
ライルが心の中で激しくツッコミを入れていると、シルヴィアはすでに次のステップへ移行していた。
「というわけでライル殿! 本日は、一般の恋人同士が嗜むという『手繋ぎ(ハンド・イン・ハンド)』の特訓を執り行います!」
ガシャリと、シルヴィアが巨大な金属の手甲に包まれた右手をまっすぐ差し出した。
その手は、これまでに数々の魔獣や王国に牙をむく敵を両断してきた、文字通りの「鋼の処刑手」である。
「ちょっ、待て待て待て!!」
ライルは冷や汗をダラダラと流しながら、全速力で身体を後ろに引いた。
「なんだその手甲は! そんなんで手をつないだら、俺の右手首が粉砕されて二度とスプーンも持てなくなるわ!! 絶対に嫌だ!」
「ご謙遜を! 恋人同士のスキンシップにおいて、骨折など些細な試練に過ぎません!」
「どんなサイコパスな恋愛観だ!! 却下だ却下!!」
ライルが必死に拒絶の意思を示し、その場から立ち上がって足早に歩き出そうとした、その時だった。
* * *
街の外れにある、整備された小道。
ライルが先を歩き、シルヴィアがそのすぐ後ろを「特訓の続きをいかがいたしましょう」と重い足音を響かせながら追いかけていた。
「だから手をつなぐのは無理だって! つなぐならせめてその物騒な鎧を全部脱いで、普通の服に着替えてからにしてくれ!」
「ふむ……鎧を脱ぐのは私の防御力がゼロになり、我が君を危険に晒すことと同義ですが……愛のためならば、やむを得ませんかね……?」
「防御力をゼロにするな! お前は素手でもドラゴンを殴り殺せるだろ!」
言い合いながら歩いていた、その瞬間だった。
ライルの足元に、なぜかポツンと転がっていた丸太の切れ端が転がり込んでいた。
「あっ……」
踏み場を誤ったライルは、バランスを大きく崩してしまった。
「うわっ……!」
そのまま地面へと派手に転び、コンクリートの硬い石畳に膝を強く打ち付け、手のひらに浅いかすり傷を作ってしまう。
「いてっ……」
大した怪我ではない。だが、ここ最近の度重なる精神的・肉体的な疲労のせいで、ライルは思わず小さく顔を歪め、その場にうずくまった。
その瞬間――。
周囲の空気が、これまでにないほど劇的に、そして嘘のようにスッと変わった。
「……ライル殿!?」
今まで戦闘狂のような殺気を纏っていたシルヴィアから、冷徹な威圧感が一瞬で消え去った。
彼女は慌てた様子で膝をつき、ガタガタと金属音を鳴らしながらライルに駆け寄る。そして、震える手で、自分の顔を覆っていたフルプレートの面当て(バイザー)をグッと上に押し上げた。
そこに現れたのは、いつも完全な鉄仮面に隠されていた彼女の「素顔」だった。
整った美しい銀髪が風に揺れ、透き通るような白い肌と、強い意志を宿した大きな瞳。凛々しさと麗しさが同居するその顔立ちは、誰が見ても息を呑むほどの絶世の美貌だった。
シルヴィアは懐から、一滴の汚れもない上質な白いハンカチーフを取り出した。
そして、その震える手で、ライルの傷ついた手のひらを、まるで世界で一番壊れやすいガラス細工を扱うかのように、この上なく優しく、そして丁寧に包み込んだ。
「……私が、常にそばにいながら……我が君の御身に、このような浅ましい傷を負わせるなど……不覚です」
シルヴィアの大きな瞳が、わずかに潤んでいた。
その声は、いつもの凛々しく威厳のある響きではなく、どこか切なさを帯びた、不器用な乙女のそれだった。
「痛みますか、ライル殿……? 心の傷も含めて、すべてこのシルヴィアが、この全霊をもって癒やしてみせますから……」
(……っ!)
ライルは、目の前で本気で自分を心配してくれているシルヴィアの素顔を間近で見て、喉の奥から言葉が消え去った。
いつもは大地を吹き飛ばすバケモノのような騎士団長だが、こうして近くで見ると、驚くほど整った美しい顔をしていて、しかも自分のために本気で心を痛めてくれている。その強烈なギャップと、向けられている純粋すぎる好意に、ライルは思わず胸の奥がキュンと締め付けられるような、激しい動揺を覚えてしまった。
(……おい、なんだよ急に……。普段あんなにヤバいことばっかするくせに、こんな真っ直ぐな目で、しかもあんな綺麗な顔で心配されたら……なんか、ズルいっていうか……悪くないなんて思っちまうだろ……)
ライルは顔を真っ赤に染め上げ、気恥ずかしさから目をそらそうとした。
胸の奥で、かすかに何かが弾けるような音がした。――もしかして、自分は今、このヤバい女に少しだけ……?
そんな甘酸っぱい雰囲気が、二人の間にほんの数秒だけ流れた。
――その、矢先だった。
「…………」
シルヴィアの瞳の奥で、先ほどまでの潤んだ光がスッと消え失せ、代わりに別の意味の「殺戮の炎」がメラメラと燃え上がった。
「ん……? どうしたんだよシルヴィア」
ライルが赤らめた顔のまま声をかけると、シルヴィアは立ち上がり、冷徹な殺気を再び全身に纏い直した。
「ライル殿のその気高い御身に、あまつさえ痛みを与え、血を流させた……あの不届き者め」
「え? 誰だよ不届き者って、俺が勝手に転んだだけだぞ」
「いいえ違います。我が君を転ばせた、あの『地面の丸太』。そして、そこに吹いていた『無礼な向かい風』。すべての元凶である自然界の不条理を、この私が根絶やしにしてきます」
「何を言ってるんだお前は!!」
シルヴィアはガシリと再びバイザーを下ろし、背中の国家予算級の大剣を引き抜いた。
「今すぐ、この通りの敷地を地球の地中深くまで綺麗に更地にし、我が君を転ばせた忌々しい重力を完全に消滅させてまいります!」
「待て待て待て待て!! 重力と喧嘩するな!! 通りを消すな!! ここは街の近くの散歩道だぞ!!! あと俺の手当てはどうした!!」
「ご安心ください、愛の特製スープを飲めば傷など一瞬で治ります!」
「そっちの方がよっぽど致死量が高いわボケェ!!!」
夕暮れの小道。
甘い雰囲気が漂ったのはほんの一瞬、結局いつもの全力のツッコミと絶叫を響かせながら、ライルは命がけでシルヴィアの暴走を止める羽目になるのだった。
――不憫な次男の胃痛と、不器用すぎる最強ヒロインの恋路は、今日も今日とて前途多難である。
後書き
最後までお読みいただきありがとうございます!
第7話、「ライルとシルヴィアの二人が手を繋ごうとする回」いかがでしたでしょうか。
シルヴィアの不器用な乙女心と、ライルが思わずドキッとしてしまうキュンとした瞬間、そして秒速でいつもの物理崩壊オチへ戻るドタバタをお届けしました!
二人の距離(と勘違い)は少しずつ縮まっている……のかどうか、今後の展開もぜひお楽しみに!




