第65話:ご近所への挨拶回り!? 菓子折りが「他国への不可侵条約と朝貢の儀式」に化ける日
勘違い過保護ラブコメ、第65話をお届けします!
前回の「地下迷宮の絶対零度・生き埋め未遂事件」をどうにか切り抜けたライルが次に目を向けたのは、人間社会の基本である「ご近所への挨拶回り」だった!
「さすがにご近所付き合いなら、魔物も出なければダンジョンも崩壊しないはずだ!」というライルの健全な願いは、最強兄妹の手にかかれば一瞬で「恐怖の外交交渉・朝貢の儀式」へと変貌してしまう。
平和な住宅街を揺るがす、笑いと冷や汗の挨拶回りクエストが今、幕を開ける――!
それでは、第65話のスタートです!
辺境の街の一角、静かな住宅街。
「……よし。今日は、お隣の家へ日頃のお礼に行こうと思う」
ライル・フォン・ヴェルナーは、自宅の玄関先で綺麗に包装された箱入りの焼き菓子(クッキーの詰め合わせ)を手に持ちながら、しみじみとした表情で頷いた。
前回の地下ダンジョンでは、シルヴィアが放った絶対零度の極限奥義によって見事にダンジョンを崩壊させ、命からがら逃げ帰るという地獄を味わったライル。その心身の疲労を癒やすためにも、彼は「もっと日常的で、誰も傷つかない、ほんのりと温かいご近所付き合い」を渇望していたのだ。
相手は普通の一般市民である。隣に住む、庭の手入れが趣味の優しいおばちゃん――ただそれだけの人だ。これなら魔物も出なければ、大地が抉れることも、要塞が建つことも絶対にあり得ない。
「ふふ、これぞ真のスローライフへの第一歩だ。菓子折りを渡して『いつもお世話になってます』と言い、世間話を交わすだけ。完璧なまでに平和な計画だな」
ライルが満足げに微笑み、菓子折りを抱えて歩き出そうとしたその時だった。
背後から、ガチャリと重厚な金属音が響いた。
振り返れば、いつもの神銀製フルプレートアーマーを纏ったシルヴィアと、白銀のマントを優雅に翻した天才勇者・レオポルトが、なぜか胸元に赤と白の鮮やかな「外交特使用のたすき」をビシッと装着して控えていた。
「――お供いたします、我が君!」
「周辺諸国(隣家)との不可侵条約の締結および、朝貢の儀式ですね! お任せください、我が軍の全面バックアップ体制は万全です!」
「なんでお前らまでついてくるんだよ!! しかもその不穏なたすきはなんだ!! これはただ隣の家にお菓子を配るだけの、極めてヒューマンでノーマルなご近所挨拶だぞ!!」
ライルが青ざめながらツッコミを入れると、シルヴィアは凛とした表情で首を横に振った。
「何を仰いますか、我が君! 我が君が自ら足を運び、隣接する領地の住民に直接『神聖な贈り物(お菓子)』を授けられるというのなら、それはもはや個人の挨拶などではありません! 我が暗黒帝国が周辺国家に対して行う、最高機密の『不可侵条約・朝貢の儀』に他ならないのですわ!」
「どこをどう読んだら隣のおばちゃんへのクッキーの手渡しが帝国の一大外交交渉に見えるんだよ!! ただの隣人愛だわ!」
「ご謙遜を! 統治者自らがおみ足を運ばれることで、相手側に無言の威圧と絶対的な服従を植え付ける……この高度な心理外交戦、流石は我が君です!」
(話が通じねぇ……! なんで俺の日常の行動はすべて国家機密レベルの陰謀に変換されちまうんだ……!)
ライルが頭を抱えて絶叫しているその背後では、いつの間にか気配を完全に消した元暗殺者たちが数名、屋根の上や路地裏から「――これより、我が君の外交ルートに対する完全ステルス警戒網を展開する。一歩たりとも不審者は通すな」と、ガチの要人警護モードで周囲を完全に封鎖し始めていた。
もはや引き返すことはできないと悟ったライルは、胃の痛みを堪えながら、引きつった笑顔で「頼むから、向こうの家に着いたら一言も喋らないでくれ……普通にクッキーを渡してすぐ帰るからな……!」と念押しし、お隣の家の玄関へと向かったのだった。
* * *
数歩歩いた隣家の玄関前。
ライルは深呼吸を一つし、緊張しながら真鍮のインターホンをポチッと押した。
ピンポーーーン……♪
しばらく待つと、中から「はーい、どちら様……?」という、穏やかなおばちゃんの声が聞こえ、ガチャリと玄関の扉が開きかけた。
「あ、どうも、お隣に引っ越してきた――」
ライルが爽やかな笑顔を作って挨拶をかけようとした、そのコンマ数秒前のことだった。
ズズズズズズズズズズズ……ッ!!!!
ライルの背後に控えていたシルヴィアとレオポルト、そして周辺を固めていた元暗殺者たちから、一瞬にして世界が凍りつくような、王国最強クラスの殺気と圧倒的なプレッシャーがブワッと噴き出した。
それはもはや人間の発するオーラではなく、地獄の底から這い出た魔王軍が全軍で敵国を威圧するかのような、凄まじいまでの絶対的重圧であった。
扉を開けたお隣のおばちゃん(推定六十代の優しい一般女性)は、目の前に広がる光景に文字通り心臓を凍りつかせた。
目の前に立っているのは、首に謎の外交たすきをかけた一般人だが、その背後には全身ギラギラのフルプレートアーマーを纏って冷徹に光る大剣を携えた死神のような女と、白銀のマントを翻して冷酷なまでの分析眼でこちらの弱点を探っている不気味なエリート男、そして路地裏の屋根の上から無数の銃口(あるいは暗器)を向けているような殺気立った一団が控えている。
おばちゃんの脳内の恐怖メーターは、一瞬にして限界突破の数千倍を超え、完全に振り切れた。
「ひ……ひぃぃぃぃっ…………!!?」
おばちゃんは腰を抜かし、その場でペタリと尻餅をつくと、顔面を真っ青にしてガタガタと全身を激しく震わせた。声すらうまく出ず、ただ「あ、あわわわ……」と口をパクパクさせている。
「なっ……!? なんで尻餅ついてんだよ! すみません、うちの連中が変なプレッシャーを出して……ほら、怪我はないですか!?」
ライルが慌てて駆け寄り、おばちゃんを支えようと手を差し伸べた。
しかし、おばちゃんにとってのライルは、いまや「我が街を一瞬で壊滅させに来た、恐るべき暗黒帝国の若き皇帝陛下」に他ならない。
震える手でその差し出された手を必死に押し返すようにしながら、おばちゃんは涙目ですすり泣いた。
「ひっ……! お、お慈悲を……! 我が家には、帝国に差し出せるような金目のものなど何もございません……! 毎月の税金も、土地の権利書も、すべてお納めいたしますので、どうか我が家を更地にしないでくださぁぁぁいっ!!」
「家を更地にってなんだよ!! 俺はただの挨拶のクッキーを渡しに来た一般市民だよ!! 誰が家を更地にするか!!」
ライルは必死に地べたを這いつくばる勢いで否定したが、おばちゃんの恐怖は微塵も収まらなかった。
さらに、事情を完全に誤解しているシルヴィアとレオポルトは、そのやり取りを後ろからうっとりと見守りながら、それぞれに熱い感想を漏らし始めた。
(なんと……!)
シルヴィアの紫紺の瞳が、これまでにないほどの敬愛の光で潤んだ。
(我が君は、あえて自ら低姿勢の柔和な笑顔を見せることで、敵対する隣家の戦意を完全に喪失させ、一滴の血も流すことなく無血開城の誓約を取り付けることに成功された……! 暴力ではなく、圧倒的な「大国の器」をもって相手をひれ伏させる……これぞ真の帝王の外交術……ッ!!)
(す、凄まじい……!)
レオポルトも感動のあまり両手を合わせて震えていた。
(我が国の防衛圏に組み込むため、まずは最前線の隣家を心理的に完全服従させ、我が陣営の不可避な優位性を知らしめる……! 私の知るいかなる外交官も、これほどまでに洗練された精神的統制を見せたことはない……!)
(――いや、だからただの挨拶だっていってんだろォォォォッ!! 見ろよおばちゃんが恐怖のあまり白目剥きかけてるじゃねぇか!! 俺が不審者みたいになってるだろ!!)
ライルは心の中で絶叫を響かせながら、もはやパニック状態のおばちゃんに向けて、必死の形相で菓子折りの箱を押し付けた。
「ほら、これ! クッキーです! 美味しいバタークッキーですから! どうか毒が入ってないかとか疑わずに美味しく食べてください!! お願いだから警備隊を呼ばないでくれーーっ!!」
ライルが半泣きになりながら必死に懇願すると、おばちゃんは「ひっ……ありがたきしあわせ……!」とガタガタ震えながら両手で菓子折りを受け取り、そのまま這うようにして玄関の奥へと逃げ込み、バタンと勢いよく扉を固く閉ざして鍵をかけたのだった。
ガチャリ、と重い施錠の音が響いた後、あたりには不気味なほどの静寂が戻った。
ライルは崩れ落ちそうな膝をどうにか踏み留めながら、呆然と閉ざされた扉を見つめ、深いため息をついた。
その背後で、シルヴィアが「ふっ、見事な不可侵条約の締結でしたね、我が君」と誇らしげに胸を張り、レオポルトが「歴史的瞬間を目撃してしまった……!」とハンカチで目頭を押さえている。
こうして、平和な日常を取り戻すための「ご近所の挨拶回り(※実質的な外交圧力による恐怖の朝貢の儀)」は、ライルの胃に新たな大穴を空けながら、盛大に(そして恐怖に包まれながら)幕を閉じた。
もちろん、ライルの平穏なご近所付き合いへの道は、今後も地獄の様に険しいままである――。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
第65話、「ご近所への挨拶回り!? 菓子折りが『他国への不可侵条約と朝貢の儀式』に化ける日」いかがでしたでしょうか!
平和な日常を取り戻すためにライルが選んだ「お隣への引っ越し挨拶(クッキーの手渡し)」でしたが、シルヴィアやレオポルト、そして元暗殺者たちの過剰すぎる防衛・外交フィルターにかかった結果、隣のおばちゃんを恐怖のズンドコに突き落とす「大国の外交圧力・朝貢の儀式」へと盛大にねじ曲げられてしまうという大爆笑のエピソードをお届けしました!
一般人としての常識で必死に弁解するライルと、勝手に「我が君の卓越した外交術」と感動する兄妹のギャップを楽しんでいただけたなら幸いです。
次なる第65話の先、ライルにどんなさらなる試練(と胃痛)が待ち受けているのか……!?
それでは、また次回の第66話でお会いしましょう!




