第61話:王国騎士団長の兄、若き天才勇者とのダンジョン同行
登場人物
レオポルト・フォン・ローゼンブルク
シルヴィアの実の兄であり、王国の最前線で活躍する現役の天才勇者。妹の様子や、その心を奪った「辺境の謎の貴族冒険者・ライル」の噂を聞きつけ、単身で辺境の街へ乗り込んできた実力者。
前書き
勘違い過保護ラブコメ、第61話をお届けします!
消えた山の隠蔽工作をどうにか乗り越えたライル。少しは静かに暮らしたいと思い、気分転換に冒険者ギルドの掲示板を訪れた彼を待ち受けていたのは――まさかの「最強の騎士団長の兄(現役の天才勇者)」との遭遇だった!
ギルドからそのままダンジョンへと連れ出されたライルは、兄妹揃って繰り出される斜め上の過剰神格化(ダブル勘違い)に、今日も今日とて絶叫のツッコミを炸裂させる――!?
それでは、第61話の幕開けです!
辺境の街、冒険者ギルド。
「……ふう。やっぱり、たまにはこうやって自分で掲示板から地味な依頼を探すのが一番落ち着くよな」
ライルは賑やかなギルドの一角で、壁に貼り出されたクエストの依頼書を一枚一枚めくっていた。
前回の山更地事件(※自然災害という名のシルヴィアの気功波)のせいで、市役所や行政の書類書きに散々付き合わされたライルは、心身ともにすり減っていた。少しでも頭を空っぽにして、モンスターでも相手にのんびり汗を流そう――そう考えて選んだのは、街の近くにある比較的安全なダンジョンの「地下通路の魔物駆除(報酬:銀貨数枚)」という、冒険者としてはごくありふれた低級クエストだった。
「これなら一人でサクッと片付けて、昼前には帰れるだろ」
ライルがその依頼書をペリッと剥ぎ取った、その時だった背後から、妙に凛々しく、かつ爽やかな声の持ち主が、声をかけてきた。
「――お見事です、ライル殿!」
「へっ……?」
ライルが振り返ると、そこに立っていたのは、白銀の上質なマントを羽織り、腰に美しい魔剣を帯びた、整った顔立ちの青年だった。見知らぬ男だが、ただ者ではない洗練されたオーラを漂わせている。
一体誰だこいつは、とライルが怪訝な顔をしていると、その青年の背後から、いつの間にか完璧なフルプレートアーマーに身を包んだシルヴィアがスッと現れた。
「我が君。我が実の兄にして、王国の現役天才勇者――レオポルトが、ついに我が君の御威光に当てられて馳せ参じました!」
「なっ……!?」
ライルは目を見開いた。
目の前の青年――レオポルトは、シルヴィアの実の兄であり、王国の最前線で活躍する「現役の天才勇者」その人だった。なぜそんな大物がこんな辺境のギルドにいるのかとライルが絶句していると、レオポルトはガタッと思い切り勢いよく両膝をつき、ギルドの床に深々と頭を垂れた。
「お初にお目にかかります、ライル殿! 我が妹シルヴィアが、日頃より大変お世話になっております!」
「い、いや、だから頭を上げてくれよ! ここギルドの真ん中だぞ! 周りの冒険者たちがみんなこっち見てるだろ!」
ライルが慌てて周囲を気にしながら制止すると、レオポルトはゆっくりと顔を上げ、その青い瞳に熱い感動の涙を浮かべていた。
「驚いた……噂には聞いていたが、まさかこれほどまでの『底知れぬ気配』を纏ったお方とは……! 殺気すらないその弛緩した佇まい、まさに数々の修羅場を越えた者だけが到達できる『無の境地』……ッ!」
(は……? なんだこの兄貴、初対面でいきなり何を言い出すんだ……?)
ライルが冷や汗を流していると、レオポルトは立ち上がり、熱っぽく語り始めた。
「実は私、先ほどあなたがこの掲示板の前で依頼書を選ばれる姿を遠目から拝見しておりました! あなたはあろうことか、これから挑むダンジョンの危険度を一瞬で見極め、最も効率的かつ無駄のない低級クエストを『ただの散歩感覚』で選択された……!」
「いや、ただ一番めんどくさくなさそうなやつを選んだだけだけど……」
「それを謙遜とおっしゃるか! なんという深遠な精神……! ぜひ私も、そのダンジョン討伐に同行させていただけないでしょうか! あなたの神業のような戦闘技術を、この目で間近で学びたいのです!」
(――は……? 天才勇者が俺のクエストに勝手についてくるって言ったぞ……!? なんでそんな流れで一緒にダンジョンに行くことになってんだよ……っ!!)
ライルが拒否する暇すら与えず、シルヴィアも「我が君、お兄様の誠意、悪くありませんわね!」と満面の笑みで頷いている。こうして、不憫な苦労人主人公と、天才勇者の兄、そして暴走する最強騎士団長の三名による、地獄のダンジョン攻略ツアーが強制的に幕を開けたのだった。
* * *
街の外れにある、湿気が少なく比較的安全な「地下洞窟ダンジョン」。
そのひんやりとした石造りの通路を、ライルは先頭に立ってトボトボと歩いていた。
その後ろには、まるで要人の護衛のようにピシッと背筋を伸ばしたレオポルトと、我が君の背中を愛おしそうに見つめるシルヴィアがぴっちりと追従している。
(なんだこの気まずい空間は……。後ろの兄妹揃って、視線が重すぎて背中に穴が空きそうなんですけど……)
ライルが内心で盛大にため息をついていると、足元にあった小さな段差を避けるため、ライルはヒョイと軽くステップを踏んで避けた。
たったそれだけの、冒険者なら無意識に行うような何気ない動作だった。
しかし、その後ろを歩いていたレオポルトは、その瞬間――まるで雷に打たれたかのように、ガシッと両目を見開いて硬直した。
(な、なんだ今の足捌きは……ッ!?)
レオポルトの脳内では、ライルの何気ないステップがこう翻訳されていた。
(――地面のわずか数ミリの歪み、魔力の流れの微細な乱れを瞬時に察知し、空間のトラップのトリガーを踏むことなく、文字通り『物理法則をすり抜けるように』死角へと身をかわした……! あんな神業の回避機動、人間の動体視力で捉えられる領域を完全に超越している……ッ!)
「す、凄まじい……!」
レオポルトは感動のあまり、その場で小さく拳を握りしめた。
「ライル殿! 先ほどの足捌き、まさに神域のステップでした……! あの通路の隅に仕掛けられていたであろう『見えない死の罠』を、完全に無効化して見せましたね!」
「えっ? いや、ただのちょっとした石ころを避けただけだけど……」
ライルが振り返って首を傾げると、レオポルトは熱い瞳でぶんぶんと首を横に振った。
「ご謙遜を! 素人目にはただの石ころに見えるでしょうが、私ほどの武芸者であれば分かります。あそこに仕掛けられていたのは、かつて古代王国が滅ぼしたとされる『即死型の呪詛トラップ』に違いありません! それを無意識であしらうとは……やはりあなたは、隠れた伝説の超人だ!」
(どこをどう見たらただの小石が即死呪詛トラップに見えるんだよ!! お前の脳内フィルター、妹とそっくりそのままじゃねえか!!)
ライルはあまりの斜め上すぎる解釈に、ツッコミを入れる気力すら湧いてこず、ただクラクラと目眩を覚えるのだった。
それを隣で見ていたシルヴィアも、我が意を得たりとばかりに胸を張った。
「お兄様、よくぞ気づきましたね。我が君の歩む道において、いかなる障害もただの『踏み台』に過ぎません」
「さすがはシルヴィア、お前は常にこの方の側でその神技を目撃しているのだな……羨ましいぞ!」
兄妹揃って勝手に盛り上がり、ライルを「神業の使い手」として崇め奉っていく。
ライルは遠い目をしながら、「もう勝手にしてくれ……早くモンスターでも何でも出てきて俺の気を紛らわせてくれ……」と心底ぐったりしていた。
* * *
その願いが通じたのか、あるいはダンジョンの神様の気まぐれか。
通路の曲がり角を曲がったその瞬間、目の前の暗がりから、カチカチと骨と骨が擦れ合う音が響いてきた。
ガタガタ、ガタ……ッ!
現れたのは、古い地下通路に巣食う定番のアンデッドモンスター――数体の「スケルトン・ソルジャー」だった。錆びついた剣を手に、不気味な赤い光を眼窩に宿しながら、フラフラとこちらに向かって歩いてくる。
「おっ、やっとまともなモンスターが出てきたな。よし、ここは俺がサクッと――」
ライルが腰の剣に手をかけ、一歩踏み出そうとした、その時だった。
「我が君の御前であるぞ、不浄な骨どもめ……!!」
「ライル殿のお手を煩わせるまでもない! このレオポルトが、一刀のもとに叩き斬って見せましょう!」
ライルよりも早く、シルヴィアとレオポルトの二人が同時に凄まじい勢いで飛び出した。
シルヴィアが放った一撃は、素手による強烈な気圧波を伴って正面のスケルトンたちをまとめて粉々に砕き散らし、さらにレオポルトが鮮やかな剣閃で残りの骸骨を文字通り分子レベルまで微塵切りにした。
ボゴォォォンッ!!! パリンッ! パリンッ!
一瞬にして、目の前にいた数体のスケルトンは、この世から跡形もなく消え去り、地下通路の壁には巨大なヒビが入って砂煙が舞い上がった。
「…………」
ライルは抜こうとした剣を途中で止め、ぽかんと口を開けたまま、目の前の粉々になった更地(と壁の破壊跡)を見つめた。
「……あのさ」
ライルのか細い声が、静まり返った地下通路に響いた。
「俺が受けてきたクエストのターゲットって、たしか『地下通路の害獣の討伐』だったよな……? なんでお前らが一瞬で壁ごと粉砕してんだよ……これじゃあ討伐の証拠(魔石や骨のかけら)すら残ってねえだろうが……!」
ライルが頭を抱えて絶叫していると、シルヴィアとレオポルトは満足げに剣を収め、すっきりと爽やかな顔でライルのもとへと歩み寄ってきた。
「ふふっ、いかがでしたでしょうか、我が君! 我が剣技の圧倒的な制圧力!」
「お見事でした、ライル殿! ……いや、正確に言うべきですね」
レオポルトは感動に胸を打たれたように片膝をつき、崇拝の眼差しをライルに向けた。
「あなたは一歩たりとも動かず、ただその場に立ち、気配だけで私とシルヴィアに『敵を瞬殺せよ』という無言の勅命を下された……。あの瞬間、あなたの発する無意識のプレッシャーが、我が身に直接流れ込んできたのです。私のような未熟者が動くまでもなく、すべてがあなたの掌の上で完璧にコントロールされていた……これこそが、真の『覇者の領域』……ッ!」
(――もうダメだ。こいつの脳内変換能力は、妹を優に超えた特級汚染レベルだ……!!)
ライルは頭を両手で抱え込み、その場で崩れ落ちそうになった。
自分が戦う暇すらないどころか、ただそこに立っていただけで「無言の勅命を下す絶対君主」に仕立て上げられてしまったのである。
「……もう、どうにでもしてくれ……」
地下洞窟ダンジョンに響く、苦労人主人公の乾いた絶叫。
若き天才勇者を仲間に加え、兄妹揃っての過剰神格化(ダブル勘違い)に巻き込まれたライルの平穏なスローライフ(?)は、今日も今日とて盛大な斜め上の空を突っ走っていくのだった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
第61話、「冒険者ギルドの邂逅と、若き天才勇者のダンジョン同行」いかがでしたでしょうか!
今回は、冒険者ギルドでクエストを探していたライルのもとに、シルヴィアの実の兄であり現役の天才勇者・レオポルトが突如として現れ、そのまま一緒にダンジョンへ潜るというドタバタ回をお届けしました!
妹とはまた違ったベクトルで、ライルの何気ないステップやただ立っているだけの姿を「神業の回避技術」「無言の勅命を下す絶対君主」と盛大に勘違いしていくレオポルトの姿と、それに対して全力で絶叫するライルのツッコミを楽しんでいただけたなら幸いです。
そして、兄妹揃ってライルを過剰に神格化していくカオスなダブル勘違いの破壊力も堪能していただけたでしょうか!
さらに賑やかさを増していく本作、次なる第62話ではどんな大騒動が待ち受けているのか……!?
それでは、また次回の第62話でお会いしましょう!




