第59話:王国最強の騎士団長、真面目な公務と乙女の悩みに直面するの件
勘違い過保護ラブコメ、第59話をお届けします!
山を一つ跡形もなく吹き飛ばした前回のゴブリン討伐(?)から数日。平穏を取り戻したかに思えたヴェルナー家のリビングに、王都からの分厚い使者と大量の公式書簡が届けられた。
それは、いつもはボケと暴走を繰り返しているシルヴィアが、王国を揺るがす「最強の騎士団長」としての真の姿を見せるきっかけとなるが――?
果たして、鉄の女と呼ばれた騎士団長の胸に秘められた、可愛すぎる悩みとは!?
それでは、第59話の幕開けです!
ライルの自宅。
「……失礼する。我が君、本国より至急の公文書が到着いたしました」
ピシッと背筋を伸ばし、一片の隙もない洗練された動作で一礼するシルヴィア。
その姿は、いつもの「我が君ラブ」で目をハートにさせている過保護な騎士団長とは似ても似つかない、王国全軍の頂点に立つ者特有の圧倒的な威厳と、冷徹なまでの美しさを纏っていた。
ライルはソファに座ったまま、目の前で完璧な敬礼を続けるシルヴィアをまじまじと見つめ、思わず感嘆の声を漏らした。
「お、おう……。なんだか今日の お前は妙にカッコいいな。まるで別人みたいだぞ」
それもそのはず。前回の「ゴブリン討伐(※山更地事件)」の翌日、王都の騎士団本部から正式な使者が訪れ、国境警備や軍事再編に関する極めて重要な「公式書簡」の数々が届けられたのだ。
国政を動かす最高幹部の一人であるシルヴィアは、その瞬間からすっきりと「公務モード」に頭を切り替え、朝から晩まで分厚い書類の決裁や、各部隊長への指示出しを淀みなくこなしていたのである。
「何を仰るのですか、我が君。私に与えられた役職は、王国最強の矛にして盾。公務において微塵の油断も許されません。……それに、我が君の統治される(※実際はただの辺境の街です)この地の治安を維持するためにも、正確な兵站と報告は不可欠なのです」
「いや、最後の設定は相変わらずブレてねえな……まあ、仕事熱心なのは良いことだ。いつもみたいに変な勘違いで暴走されるより、何倍も安心できるわ」
ライルが苦笑しながら紅茶を啜ると、シルヴィアは少しだけ誇らしげに、しかし凛とした笑みを浮かべた。
「ふっ、お任せください。今日の私は、いつもの私とは違います。一国の軍を率いる団長としての知性と気高さを、存分に見せつけてみせましょう」
その言葉通り、その日のシルヴィアは完璧だった。
街の行政官であるアルベルトやルキウスが青い顔をして持ってきたちょっとした相談にも、的確かつ冷静なアドバイスを与え、住民たちからの信頼も一段と厚くなった。ライルも「おお、今日のシルヴィアなら誰も文句のつけようがないな」と、心の中で密かに感心していたのである。
* * *
――しかし。
夜が更け、辺りが静まり返った頃。
自室のベッドの上で、シルヴィアは頭を抱えて悶々としていた。
「うう……っ……」
日中の「隙のない最強の騎士団長」としての威厳はどこへやら、今の彼女は、ただ一人の恋する乙女として深刻な悩みに直面していた。
手には、王都から届いた堅苦しい軍事教本と、先ほどまで真面目に書いていた公務のスケジュール帳が握られている。
(どうしよう……っ……!)
シルヴィアはベッドの上を転がりながら、心の中で絶叫した。
(今日の私は、あまりにも『騎士団長』としての姿ばかりを我が君に見せてしまいました……! 厳めしい軍服に身を包み、冷徹な顔で書類を処理し、部下たちに指示を飛ばす姿……あんな堅苦しくて、お堅い女のどこに魅力があるというのでしょうか……!)
普段の彼女であれば、「我が君のために勇敢に戦う姿こそ最高の忠義!」とポジティブに変換して終わるところだが、今回は違った。
あまりにも「真面目な公務」に没頭しすぎたあまり、「ライルから『お堅い堅物』だと思われてしまったのではないか」「いつもの元気な(※暴走した)私の方が生徒……いや、恋人として好まれていたのではないか」という、不安の波が押し寄せてきたのだ。
(もしや我が君は、「最近のシルヴィアはなんだか近寄りがたいな」と幻滅されているのでは……!? 「やっぱりもっと可愛いところのある女の子のほうが良かったな」と思われているのでは――っ!!)
想像しただけで冷や汗が背中を伝う。
王国最強と謳われ、数々の修羅場を潜抜け、魔王軍の残党すら震え上がらせてきた女が、今、たった一人の少年の視線を気にしてベッドの上で小さく縮こまっていた。
「わ、私だって、もっと乙女らしく……甘い雰囲気でお茶を淹れたりしたかったのに、今日の私はまるで鉄仮面のような顔で書類のハンコばかり押していました……これでは我が君に嫌われてしまいます……!」
うう、と枕に顔を埋めて悶絶するシルヴィア。
その時、トントン、と部屋のドアを軽く叩く音が響いた。
「おい、シルヴィア。まだ起きてるか?」
廊下から聞こえてきたのは、他でもないライルの声だった。
「ひっ……! わ、我が君……!?」
シルヴィアは飛び起きるようにベッドから降り、慌てて身なりを整えると、ガタガタと震えながらドアを開けた。
そこに立っていたのは、少し気まずそうな顔をしたライルだった。
「あー……その、なんだ。部屋の明かりがまだついてたからさ。お疲れ様、今日も一日ずいぶん遅くまで仕事してたみたいだけど、体調は大丈夫か?」
ライルの手には、温かいミルクを入れたマグカップが握られていた。
日中、あまりにも見事に「騎士団長」としての仕事をこなしていた彼女を気遣って、不器用ながらも差し入れを持ってきてくれたのだ。
シルヴィアは、目の前に立つライルと、その手にあるマグカップを見つめ、胸がキュッと締め付けられるような感覚を覚えた。
(我が君は……こんな夜遅くまで仕事をしている私の身体を、心配してくださっている……。私があんなにお堅い顔で公務をこなしていたというのに……!)
目頭が熱くなり、シルヴィアの瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
彼女は震える声で、意を決したように尋ねた。
「わ、我が君……。今日の私……その、ずっと堅苦しい公務の顔ばかりで、全然……可愛くなかったのではないでしょうか……?」
突然の直球すぎる質問に、ライルは面食らったようにまばたきをした。
「は? なんだ急に」
「だ、だって……いつもの私なら、すぐに我が君に抱きついたり、街を破壊したりして愛をアピールしていたのに、今日は一日中、騎士団長としての誇りだの軍事機密だのと言って、お堅い話ばかり……。これでは、我が君に『面白みのない女だ』と愛想を尽かされてしまうのではないかと……夜も眠れなくて……!」
そこまで一気にまくし立てると、シルヴィアは耳まで真っ赤に染め上げ、恥ずかしそうにギュッと目を瞑った。
ライルはしばらくその様子をぽかんと見つめていたが、やがてフッと呆れたような、しかしどこか温かい笑みを浮かべた。
「なんだ、そんなことで悩んでたのかよ」
「そんなこと、って……! 私にとっては、我が君に嫌われるかどうかの死活問題ですが……!」
「いーや、別に嫌ってねえよ」
ライルはふっと息をつくと、手持無沙汰そうに自分の頭を軽く掻き、それから真っ直ぐにシルヴィアの瞳を見つめた。
「確かに、今日のお前はいつになく真面目で、ちょっと近寄りがたいくらいカッコよかったけどさ……。でも、だからって『面白みがない』なんて一度も思わねえよ」
「我が君……」
「それにさ、いつもみたいに暴走されてドタバタ走り回られるのも大概疲れるけど……こうやって自分の仕事に責任持って、真面目に頑張ってるお前も、ちゃんと『すげえな』って思ってるっての」
ライルが照れくさそうに少し視線を逸らしながらそう言うと、シルヴィアの心臓は激しく跳ね上がった。
(わ、我が君が……私の真面目な仕事ぶりを、認めてくださった……それどころか、『カッコよかった』と……っ!)
シルヴィアの顔が一気に沸点に達し、頭から湯気が出そうなほど真っ赤に染まる。
彼女は胸元に両手を当て、嬉しさと感動で全身が震えるのを必死に抑え込んだ。
「あ、ありがとうございます……我が君……! 私、今日一日、真面目に公務を頑張って本当に良かったです……! これからも我が君の期待に応えるため、国政のすべてを完璧に――」
「そこまで気負うな! あくまで普段通りでいいからな!!」
ライルが慌てて突っ込むと、夜の廊下にシルヴィアの楽しげな笑い声が響いた。
王都からの公文書というちょっとしたイレギュラーから始まった一日。
「最強の騎士団長」としての誇りと、「恋する乙女」としての不安の狭間で揺れていた彼女の心は、ライルの不器用で温かい一言によって、綺麗に溶かされていくのだった。
外では夜風が静かに木々を揺らしているが、ヴェルナー家の廊下に流れる空気は、どこまでも甘く、そして温かいものだった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
第59話、「王国最強の騎士団長、真面目な公務と乙女の悩みに直面するの件」いかがでしたでしょうか!
今回はいつもと少し趣向を変えて、シルヴィアが「騎士団長としての真面目な公務」に向き合う姿と、その裏で「こんな堅苦しい私を我が君は嫌っていないだろうか……」と悩む乙女な一面を描かせていただきました!
いつもの爆走ギャグとはひと味違う、シルヴィアの健気な可愛さと、それに対するライルの不器用な優しさ(フォロー)を堪能していただけたなら幸いです。
少しずつお互いの絆が深まっていく本作、次なる第60話ではどんな日常やドタバタが待っているのか……!?
それでは、また次回の第60話でお会いしましょう!




