第58話:王国最強の騎士団長、低級クエストを「神聖御親征」と誤認するの件
勘違い過保護ラブコメ、第58話をお届けします!
おしゃれカフェでのドタバタを何とか乗り越えたライル。少しは静かに過ごしたいと思い、気分転換に選んだのは最も平和な低級クエスト――「街道周辺のゴブリン退治」だった。
しかし、そんなささやかなお出かけさえも、シルヴィアの最強すぎる脳内フィルターを通れば「国家の命運を賭けた大遠征」へと変貌してしまう……!?
果たしてライルは、無事にゴブリンを退治してのんびりできるのか!?
それでは、第58話の幕開けです!
ライルの自宅の部屋。
「……よし、たまには体を動かしてすっきりするか」
ライルは冒険者ギルドの掲示板から剥ぎ取ってきた一枚の依頼書を眺めながら、小さく息をついた。
そこに書かれていたのは、辺境の街の近くの森に出没する、雑魚中の雑魚――「ゴブリン数匹の討伐(報酬:銀貨数枚)」という、冒険者にとっては最も手頃な低級クエストだった。日頃の面倒な人間関係や、シルヴィアの過剰すぎる愛情表現で凝り固まった肩をほぐすにはちょうどいい気晴らしである。
「一人でサクッと片付けて、昼前には戻ってくるとするか」
そう呟いて玄関に向かったライルだったが、扉を開けた瞬間にその場でフリーズした。
そこに立っていたのは、いつものロングコート姿ではなく、漆黒のプレートアーマーに身を包み、背中には国家機密レベルの魔導巨砲(に似せた儀礼用ランス)を背負った完全武装の騎士団長――シルヴィアだった。
「我が君、準備は万端です! 本日の『北方の森におけるゴブリン掃討作戦』、このシルヴィア、先陣を切る覚悟でございます!」
「どこが低級のゴブリン退治だ!! なんでそんな重装備で神殿の騎士団みたいな出で立ちになってんだよ!!」
ライルは頭を抱えながら、目の前の重武装美人を指差して絶叫した。
「いや、いいか? 俺が受けてきたのは、森の奥に引っ越してきたちょっとガラルの悪いゴブリンを数匹追い払うだけの、誰でもできるお使いレベルの依頼だぞ! そんな戦争に行くみたいなフルプレートアーマーで行ったら、森の鳥が一羽残らず逃げ出すわ!」
ライルが必死に説得を試みたものの、シルヴィアは瞳をキラキラと輝かせながら首を横に振った。
アイコンタクトのように強い意志を宿した紫紺の瞳で見つめられ、彼女はこう言い放った。
「何を仰るのですか、我が君。たとえ相手が雑魚の群れであろうとも、我が君が自ら前線に赴かれるのであれば、それはもはや周辺諸国を震え上がらせる『神聖なる御親征』に他なりません! この私が、我が君の歩む道を一切の障害から守り抜いてみせましょう!」
「勝手に俺の散歩を大河ドラマにするな!! ただの草むしり感覚のゴブリン退治だ!!」
何度説明しても「皇帝陛下の御親征」という脳内設定を微塵も曲げないシルヴィアを前に、ライルは早々に折れるしかなかった。
こうして、不憫な苦労人冒険者と、勘違いが限界突破した最強騎士団長の「お散歩クエスト」が幕を開けたのだった。
* * *
街を外れ、緑豊かな「北方の森」へと足を踏み入れた二人。
木漏れ日が差し込む穏やかな小道を、ライルはのんびりと歩いていた……と言いたいところだが、その隣を歩くシルヴィアのせいで、周囲の空気が完全に「一触即発の戦場」と化していた。
シルヴィアは一歩進むごとに周囲の草木や風向きに目を光らせ、まるで敵の奇襲を警戒する特殊部隊のように全身の神経を尖らせている。
その脳内では、この平和な森の景色がこう変換されていた。
(――ふむ。この生い茂る木々は、敵対勢力が仕掛けた『迷宮型の伏兵陣地』……! そして足元に広がる雑草は、我が君の足を絡め取るための『魔導罠』……!)
「おい、シルヴィア。そんなに肩に力入れて歩くなよ。ほら、見てみろ、あそこの木陰に可愛い小動物が――」
ライルがふと指を差したその先、木々の間から一羽の小さな野生のウサギがピョンと姿を現した。
フワフワとした毛並みの、どこにでもいる無害な小動物である。
しかし、シルヴィアの目にはそれが全く違うものに映っていた。
「――っ!? 我が君、危ないっ!!」
シルヴィアの身体が電光石火のスピードで弾けた。
彼女はライルを背後へとかばうように一歩前に出ると、腰に手を当て、周囲の空間が歪むほどの凄まじい威圧感(殺気)をその小さなウサギに向けて解き放った。
「きゅ、キュキー……!?」
ウサギは、王国最強の騎士団長が放った本気の殺気とプレッシャーを全身で浴びた瞬間、白目を剥いてその場でピクリとも動かなくなった。気絶というより、恐怖のあまり魂が抜けかけたような状態である。
「ふふっ、流れるような敵情視察からの奇襲、見事に見破って進ぜました……! 我が君の御髪に触れるなど、10年早いわ!」
「ただの野生のウサギだろ!!! なんでスナイパーに狙われたみたいに全力で気絶させてんだよ!! お前の脳ミソの代わりに古代の暗殺トラップでも敷き詰めてんのか!!」
ライルは頭を抱え、文字通り地面にひっくり返りそうな勢いで絶叫した。
「そもそも、あんなモフモフした小動物に何の殺気があるんだよ! 森の生態系をビビらせるな! ウサギがショック死しかけてるだろ!」
「ですが、我が君。油断は大敵です。次なる刺客がいつ現れるとも限らない――」
「これ以上刺客を増やすな! いいか、次になんか出てきても、俺が言うまで絶対に武器に手を触れるな! 分かったな!」
ライルが涙目で釘を刺すと、シルヴィアは少しだけ不服そうに頬を膨らませたが、我が君からの厳命とあらば従うほかないらしく、「……はっ。承知いたしました。我が君の御命令あらば、この刃は鞘に納めておきましょう」と渋々頷いた。
* * *
それからしばらく進むと、森の奥まった場所にある、目的地の「ゴブリンの巣(小さな洞窟)」へとたどり着いた。
洞窟の入り口からは、いかにも頭の悪そうな低級モンスター特有の汚臭と、湿った空気が漂ってきている。
「よし、ここだな。……おい、聞いてるかシルヴィア。ここは俺が一人で――」
ライルが後ろを振り返って指示を出そうとした、その瞬間だった。
洞窟の暗がりから、緑色の肌をした汚らしいゴブリンが三匹、こん棒を振り回しながら「ギャキギャキ!」と威嚇して飛び出してきた。
本来であれば、ライルが片手剣でサクッと片付けるはずの、まさに「お使いレベル」の雑魚敵である。
しかし、シルヴィアの脳内フィルターは、その三匹のゴブリンをこう認識した。
(――我が君の御親征を阻む、邪神軍の『最前線特攻部隊』……! この者どもが我が君の視界に入るなど、万死に値する……!)
「我が君の御前であるぞ、不届き者ども……!!」
ライルが「あっ、待て――」と言いかけるより早く、シルヴィアの体が弾けた。
彼女は「約束通り刃は抜かない」というルールを守るためか、愛用の神銀ミスリル剣を使う代わりに、**素手による凄まじい衝撃波(気功の応用)**を正面に向かって放った。
ボゴォォォンッ!!!!!!
森全体が揺れるような轟音が響き渡り、凄まじい風圧と衝撃がゴブリンの群れ、そしてその背後にある洞窟の岩盤をダイレクトに直撃した。
一瞬にして、三匹のゴブリンは宇宙の塵のように消え去り――それどころか、彼らが巣食っていたはずの小山のような洞窟そのものが、跡形もなく粉々に吹き飛んで巨大なクレーターへと変貌を遂げた。
「…………」
「…………」
静寂が戻った森の中で、ライルはぽかんと口を開けたまま、目の前に広がった更地を見つめて白目を剥いた。
「……おい」
ライルのか細い声が、静まり返った森に響く。
「ゴブリンの討伐依頼って言ったよな……? なんで山ごと地形を書き換えてんだよ……これじゃあ討伐の証拠どころか、生態系そのものが絶滅してただろうが……!」
シルヴィアは更地になったクレーターの中心でふっと息を整えると、何食わぬ顔でライルのもとへと歩み寄り、胸を張って満面の笑みを向けた。
ライルは呆然と立ち尽くし、ただただ頭を抱えるしかなかった。
「いかがでしたでしょうか、我が君! 我が約束通り刃は抜かず、ただ拳の微風で邪神の砦を更地にいたしました! これにて御親征の第一ステージは完全勝利でございます!」
「もうやめてくれ……俺の心臓が持たない……」
ライルが人生で一番深い溜息をつきながらその場にしゃがみ込むと、シルヴィアは少しだけ首をかしげ、不思議そうに瞬きをした。
それから、ふっと柔らかく、どこか愛おしそうな笑みを浮かべると、しゃがみ込んでいるライルの隣にそっと寄り添うように腰を下ろした。
「ですが、我が君……こうしてあなたと並んで歩き、野趣あふれる大自然の空気を味わうのも、たまには悪くありませんね」
「……お前が派手に大自然ごと破壊したからだろ……」
ぶっきらぼうに返しつつも、シルヴィアがふと見せた柔らかい笑顔と、自分に向けられる純度100%の好意を肌で感じて、ライルはそれ以上強く怒る気力を失ってしまった。
「ほら……怪我はないか?」
ライルが小さく呟きながら、シルヴィアの服に付いた微かな埃を手で軽く払ってやると、シルヴィアは驚いたように目を丸くし、それからパァッと花が咲くような美しい笑顔を浮かべた。
「はい! 我が君の御加護があれば、この世に敵などおりません!」
外では相変わらず「神聖御親征」の物騒な余韻が漂っているものの、更地になった森の隅っこで並んで座る二人の間には、どこか甘酸やかで穏やかな空気が流れていた。
最強の騎士団長と不憫な苦労人次男の低級クエスト(※大破壊)は、今日も今日とて盛大な勘違いとほんの少しの温もりを乗せて、ゆっくりと進んでいくのだった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
第58話、「王国最強の騎士団長、低級クエストを『神聖御親征』と誤認するの件」いかがでしたでしょうか!
今回は息抜き回として、ライルが受けた「ゴブリン討伐の低級クエスト」を舞台に、シルヴィアが森の道中や雑魚敵に対して盛大に勘違いを爆発させるエピソードをお届けしました! 野良ウサギをスナイパーと勘違いして気絶させたり、ゴブリンの巣ごと山を更地にしたりするシルヴィアの暴走と、それに対するライルの全力の絶叫ツッコミを楽しんでいただけたなら幸いです。
そして、前回ご指摘いただいた「分かりやすい比喩表現」を意識しつつ、最後の二人きりのちょっとした胸キュンなやり取りまでしっかり描かせていただきました!
少しずつ距離が縮まっていく二人の関係、次なる第59話ではどんなドタバタが待ち受けているのか……!?
それでは、また次回の第59話でお会いしましょう!




