第28話:庭の財宝は「結納品」!? 最強騎士団長のウェディング暴走と、遠い目を向ける胃痛同盟の件
勘違い過保護ラブコメ、いよいよ「財宝編」の本格スタートとなる第28話をお届けします!
前回、ライルの実家がある地方の大都市から届いてしまった、国家予算レベルの「恐怖の朝貢品(お中元)」。庭を埋め尽くす金銀財宝の山を前に頭を抱えるライルですが、そこに現れたシルヴィアの脳内では、まさかの「超特大のラブコメ爆弾」へと変換されてしまい……!?
ライルのキレのあるツッコミと、アルベルトの哀愁漂う生暖かい見守り、そしてシルヴィアの爆走ウェディング劇をお楽しみください!
それでは、第28話のスタートです!
朝の清々しい風が吹き抜けるはずの辺境の街。
しかし、ライルの自宅の庭だけは、まるで悪徳貴族の秘密地下金庫をそのまま地上へひっくり返したかのような、下品なまでの黄金の輝きに包まれていた。
「……なぁ、夢なら早く覚めてくれよ」
ライルは庭の真ん中で木製のホウキを両手に握りしめ、顔面を蒼白に染めながら立ち尽くしていた。
目の前には、昨日大都市の商会員たちが恐怖のあまり置き去りにしていった、高さ数メートルに達する木箱の山。蓋の隙間からは、まばゆい光を放つ金貨、親指大のエメラルドやルビー、王都の貴族すら滅多に拝めない極上の細工が施された魔導具の数々が、これ見よがしに溢れ出している。
どうにかして昨日逃げ帰った使いたちを追いかけ、この危険極まりない荷物を送り返そうと試みたライルだったが、使いたちの馬車は「ライル様がお怒りだ! 一刻も早く逃げねば首が飛ぶ!」と凄まじいスピードで走り去り、すでに街道の彼方へと消え去っていた。
「こんなもんが家の庭に野ざらしになってるだけで、俺の平穏なスローライフは一巻の終わりだろ……! 明日の朝には夜盗の大群が押し寄せてくるか、王国の税務監査官が武装兵を引き連れて突入してくるかの二者択一じゃねぇか! どっちに転んでも俺の胃袋に風穴が空くわ!」
ライルは半泣きになりながら、一番手前にあった小さな金貨の木箱を「ふんっ!」と持ち上げようとした。
だが、純金がぎっしり詰まった箱は岩のように重く、わずか一ミリたりとも動かない。腰にズキリと嫌な痛みが走っただけであった。
「ぐっ……重ぇ! なんでただ生きてるだけの一般人が、朝っぱらから国家予算級の金塊と力比べしなきゃいけないんだよ!」
ライルが一人で必死にブツブツと文句を言いながら悪戦苦闘していると、カツ、カツ、と小気味よい足音が背後から響いてきた。
「――あら、我が君。朝早くから庭に出て、熱心に新居のインテリア配置をご検討中だったのですね?」
振り返ると、そこには朝日を浴びて神々しいまでに美しく微笑むシルヴィアの姿があった。
いつものフルアーマーではなく軽装の騎士制服を身に纏っているが、その紫紺の瞳は、普段の凛々しさが完全に蒸発し、ピンク色の甘いハートマークでも浮かんでいるのではないかというほど、トロトロに蕩けきっていた。
「新居のインテリア配置なわけあるか!!」
ライルはホウキを地面に突き立て、全力で怒鳴り返した。
「見ろよこの金塊と宝石の山! 昨日、実家の大都市から勝手に送りつけられてきた不法投棄……じゃなくて、いわくつきの迷惑な朝貢品だよ! 早くどうにかして片付けねぇと、俺の社会的信用も命も全部吹き飛ぶんだって!」
ライルが必死の形相で事態の深刻さを訴えかける。
だが、シルヴィアはまったく動じる様子もなく、むしろ愛おしそうに目を細めると、両手を胸の前で固く組み、深々と甘いため息を漏らした。
「ふふ……隠さなくてもよろしいのですよ、愛しい我が君」
「は? だから何を隠すってんだよ」
シルヴィアは静かに一歩前へと歩み寄り、庭に積み上がった財宝の山を、まるで聖なる祭壇でも見るかのような敬虔な眼差しで見つめた。
「大都市の民が我が君の威光に平伏し、心からの祝福を込めて捧げたこの比類なき財宝の数々……。口では『迷惑だ』『返送しろ』と厳しい態度を崩さぬように見せかけ、その実、私のためにこれほど壮大な富を一夜にして揃えてくださるなんて……。これぞ古今東西の英雄すら成し得なかった――私への盛大な『結納品(プロポーズの品)』ではありませんか!」
――ゴトン。
ライルの手から、木製のホウキが力なく滑り落ち、地面に乾いた音を立てた。
「…………は?」
「ああ、なんてロマンチックで、情熱的なサプライズ演出なのでしょう……! 私、胸が張り裂けそうなほどに感動しております!」
シルヴィアの頬は夕焼けのように赤く染まり、その瞳は完全に自分たちだけの甘い妄想の世界へと旅立っていた。
「どこがサプライズだ!! どこにプロポーズの要素があったんだよ!!」
ライルは酸欠で倒れそうになりながら、喉が千切れるほどの勢いで絶叫した。
「いいか、よく聞いてくれシルヴィア! これは俺が用意したものでもなければ、お前に贈るための結婚資金でもない! 大都市の商会が勝手にビビって置いていっただけの、特大の厄介払いだ! 一回頭を冷やしてくれ!!」
だが、無駄であった。
シルヴィアの脳内に装備された「全肯定・最強ラブコメフィルター」は、ライルの必死の否定すらも、すべて甘酸っぱいラブレターへと自動翻訳してしまうのだ。
「ふふ……照れ隠しで必死に否定なさるそのお姿も、たまらなく愛らしいですわ、我が君」
「照れ隠しじゃねぇ!! 本気中の本気の本心だよ!!」
「わかりました。我が君がそうまでして愛を示してくださったのです、受けて立つのが騎士としての……いいえ、一人の花嫁としての務めというもの!」
シルヴィアはキュッと小さな拳を握りしめ、パッと決意に満ちた表情を浮かべた。
「まず、この庭の結納品の数々! 少々無造作に積まれておりますので、後ほど私が綺麗に美しく、我が君と私の愛の巣にふさわしいハート型の配置へと並べ替えておきますね!」
「並べ替えるな!! ハート型にするな!! 余計に目立って近所の噂になるだろ!!」
「そして、これほど盛大な結納をいただいた以上、結婚式の準備も一刻の猶予もありません! 今すぐ街一番の腕利き仕立て屋へ走り、最高級のシルクを用いた純白の特注ウェディングドレスを注文してまいります! ああ、我が君のエスコートでバージンロードを歩く瞬間を想像しただけで、胸の高鳴りが止まりません……!」
「ウェディングドレスを注文するな!! バージンロードは一人でダッシュしてこい!!」
ライルが両手を激しく振り回してツッコミを入れ続けるが、完全に恋のハイテンションモードに突入したシルヴィアの耳には、風の音ほどにも届いていなかった。
「それでは我が君、最高の一日を迎えるための準備に行ってまいります! すぐに戻りますから、良い子でお待ちくださいね!」
「待て! 話を聞け! 戻ってくるな!!」
シルヴィアは返事も待たずに華麗にターンすると、音速を超えるような恐るべき突進力で、街の仕立て屋目指して一直線に駆け去っていってしまった。後には、巻き上げられた猛烈な土煙と、庭を埋め尽くす金銀財宝の山だけが残された。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
ライルは膝からガクガクと崩れ落ち、地面に両手をついた。
喉がヒリヒリと痛み、心臓が早鐘のように打っている。
「あいつ……本気だ……。本気で俺を外堀から埋めて、強制的に既成事実を作って結婚式場に引きずり込む気だ……。どうしてこうなった……俺はただ、誰も知らない辺境で、のんびりと家庭菜園でもしながら平穏に暮らしたかっただけなのに……なんで自宅の庭が結婚式場の控室になりかけてるんだよ……」
ライルが頭を抱えて地面に額を擦りつけ、人生最大の絶望に打ちひしがれていると――
背後から、ガシャリと重厚な金属鎧の擦れる音が響いた。
おそるおそる顔を上げると、そこにはいつの間にか、王国騎士団副団長・アルベルトが静かに佇んでいた。
アルベルトは、シルヴィアが巻き上げた土煙の彼方を見つめ、次いで庭に積まれた億万両の財宝の山を見下ろし、そして――深々と、この世のすべての不条理を背負ったような重い溜息を吐き出した。
「……一部始終、見させていただきましたよ、ライル殿」
「アルベルト……」
ライルは砂漠でオアシスを見つけた旅人のような目で、胃薬仲間のエリート騎士を見上げた。
「お前、見たよな? 聞いてたよな? あいつのあの暴走……副団長のお前の権限で、なんとか止められないのか? 『団長、公務中に私的なドレスを特注するのは職務怠慢です』とか言って、今すぐ連れ戻してくれよ……!」
だが、アルベルトは冷徹な副団長の顔を完全に崩し、遠い目をしたまま、お馴染みの胸ポケットから特製の胃薬を取り出した。
そして、慣れた手つきで二粒を口に放り込み、静かに咀嚼してから、そっとライルの肩に手を置いた。
「……ライル殿」
「なんだよ、その不吉な間は」
「――覚悟を、お決めなさい」
「決めるかぁぁぁぁっ!!」
ライルが地面を叩いて絶叫する中、アルベルトはどこか達観した、仏のような生暖かい笑みを浮かべて語りかけてきた。
「あの団長の暴走を止める術など、この地上はおろか天界を探しても存在しません。彼女の脳内シミュレーションではすでに、結婚式の招待客リスト、披露宴の料理メニュー、新居の寝室のカーテンの色、さらには将来生まれてくる子供の教育方針まで、完璧に決定されていることでしょう」
「子供の教育方針まで進んでんのかよ!? 段階を飛ばしすぎるだろ!!」
「ふっ……しかし、素晴らしいではありませんか。大都市の商会が恐怖で差し出した財宝を、我が団長が『結納品』と受け取り、愛の暴走を加速させる。これほどまでに壮絶で、誰も勝てない究極のラブコメディが他にあるでしょうか」
「他人事みたいに言うな!! お前も当事者……いや、騎士団のナンバー2だろ! 止めろよ!」
「無理を言わないでいただきたい。私が下手に止めに入れば、『我が君との婚礼を邪魔する不届き者』として、あの大剣で真っ二つに両断されるのがオチです。……安心してください、ライル殿」
アルベルトは懐からもう一包みの胃薬を取り出すと、ライルの震える手のひらにそっと握らせた。
「私も『秘密の胃痛同盟』の同志として、挙式当日は最前列の席を確保し、あなたが神前で誓いの言葉を絞り出すその瞬間まで……しっかりと胃薬を握りしめて見守らせていただきます」
「見守るな!! 助けろ!! 誰が誓いの言葉を言うかぁぁぁぁっ!!」
ライルの魂の叫びは、秋の澄み渡る青空へと虚しく吸い込まれていった。
庭に積み上がった黄金の山は、まるで二人の逃れられない運命を祝福するかのように、ギラギラと眩しく輝き続けていた。
こうして、大都市からの朝貢品を巡る大騒動は、ライルの平穏を木端微塵に粉砕しながら、さらなる混乱の幕を開けるのだった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
第28話、「庭の財宝は『結納品』!? 最強騎士団長のウェディング暴走と、遠い目を向ける胃痛同盟の件」いかがでしたでしょうか。
大都市から届いた財宝の山を、まさかの「自分への盛大なプロポーズの証(結納品)」と解釈して特注ドレスの注文へと猛ダッシュするシルヴィアと、完全に諦めモードで胃薬を分け与えるアルベルト、そして一人で全力ツッコミを入れ続けるライルの不憫な姿をお届けしました!
しかし、庭に野ざらしになった億万両の財宝が、このまま平和に放置されるはずもなく……?
次回、第29話は「【命知らずの泥棒・乱入系】」!
「裏のボスの庭に財宝が山積みになっている」という噂を聞きつけた、世間知らずな泥棒たちが夜の闇に紛れて忍び込んできますが、そこには最強の『見張り』が待機していて……!?
それでは、また次回の第29話でお会いしましょう!




