第24話:実家の兄から届いた「胃痛の追加連絡」と、騒動のあとに訪れる甘いおうち時間
勘違い過保護ラブコメ、第24話をお届けします。
前回の「散歩がまさかの恐怖の凱旋パレードと化す事件」から逃げ帰ってきたライル。やっと一息つけると思ったその矢先、実家の兄・ヴィンセントから魔導具を通じて「胃痛の追加連絡」が舞い込む――!?
大爆笑の通信コントと、そのあとに訪れる最高にほっこりする甘いおうち時間をお楽しみください!
それでは、第24話のスタートです!
「はあぁぁ……もう当分、外には出ないでおこう……」
自宅のリビングの椅子に深く腰掛け、ライル・フォン・ヴェルナーは盛大な溜息をついた。
昨日の散歩のせいで、街の住人たちから「裏の王」として恐怖の眼差しを向けられ、全力で土下座されたトラウマがまだ脳裏から離れない。せめてもの救いは、無事に自宅という名の最終防衛ラインへと逃げ帰れたことくらいだ。
「我が君。昨日の市中視察……もとい、凱旋行進は我が陣営の圧倒的勝利に終わりましたね。お疲れ様でした」
いつの間にかフルアーマーを解除し、軽装の私服(ただし動きやすさ重視の戦闘用)に着替えたシルヴィアが、淹れたての温かいお茶をライルの前にそっと差し出した。
「勝利じゃねぇよ、大敗北だよ……俺の社会的な信用は完全にゼロになったんだぞ」
ライルがぐったりと頭を抱えていると、その静かなリビングの空気を切り裂くように、机の上に置かれていた『通信魔導具』が激しい音を立てて鳴り響いた。
ピピピッ、ピピピッ――!
(……ん? このタイミングで通信魔導具だと……?)
嫌な予感が背筋を駆け抜け、ライルはおそるおそる魔導具の起動ボタンに手を伸ばした。嫌な汗が手のひらにじっとりと滲む。どうせろくな連絡ではない。予感は的中していた。
魔導具の光が弾け、空間に投影された通信映像の向こう側に現れたのは――我が実家の本家を仕切る優秀な兄、ヴィンセントの姿だった。
しかし、画面に映る兄の顔は、数日前よりもさらに青白く、目の下にはくっきりと深いクマが刻まれ、両手でこめかみを激しく押さえてガタガタと震えていた。完全に限界を迎えている人間の顔色である。
『……ライル……おい、ライル……そこにいるのか……っ!』
「……兄さん。そんなに青い顔をして、いったいどうしたんだよ」
ヴィンセントは通信の向こうでわなわなと唇を震わせ、血走った目をこちらに向けた。
『どうしたもこうしたあるかぁぁ!! 貴様、また何かやらかしたな!! 本都の商会や騎士団のネットワークから、とんでもない極秘情報が私の耳に届いたぞ!!』
「な、なんだよ急に。俺は何もしてないぞ……!」
『とぼけるな! 「辺境の街の次男坊が、王国最強の騎士団長を引き連れてマーケット通りを我が物顔で闊歩し、一瞥するだけで全市民を地面にひれ伏させ、恐怖の支配を敷いた」って噂が、我が家の本家にまで特急便で飛び込んできたんだよ!! いったい何人の首を刎ねたら気が済むんだ!!』
「違うわ!! あれはただの散歩だ!! 誰も処刑してないし、住民が勝手に誤解して土下座しただけだろ!」
ライルが青筋を立てて絶叫するが、ヴィンセントはもはやパニックのあまり耳を貸そうともしない。
『このままだと我がヴェルナー伯爵家全体が、王国転覆を狙う闇のテロ組織として国家反逆罪に問われることになりかねないんだぞ……! あああ、また胃が……胃に穴が空く……!』
ヴィンセントが激しい胃痛に顔を歪め、机に突っ伏してうめき声を上げている。その悲惨すぎる姿に、ライルはさすがに少し同情しつつ、必死に言い訳を続けようとした。
「落ち着いてくれ兄さん、本当にただの――」
だが、その時だった。
ライルの隣にピタリと寄り添うように立っていたシルヴィアが、スッと一歩前に出た。彼女の紫紺の瞳に、鋭い光が宿る。
「……ライル殿。その通信の相手、本家の当主であり、我が君に対して不当な疑いをかける不穏分子ですね」
「待てシルヴィア、切るな、それは俺の兄だ!」
「いいえ。我が君を『テロ組織の首謀者』などと侮辱し、その精神を追い詰める有害な存在……これより、我が手によって通信回線を物理的に断絶し、敵の諜報活動を完全に阻止します!」
「やめろ! 回線を切るな、兄の胃が死ぬ!!」
しかし、シルヴィアの行動は早い。彼女は魔導具の投影画面をキリッとした目で睨みつけ、極めて厳粛かつ冷徹な軍人口調で通信の向こうのヴィンセントへと語りかけた。
「――聞こえているか、本家の当主殿。私は王国最強の騎士団長、シルヴィア・フォン・ローゼンブルクです」
画面の向こうで、胃痛に苦しんでいたヴィンセントが「ひっ……!」と小さく悲鳴を上げ、ガバッと顔を上げた。
『なっ……!? なぜ本家の通信に、あの最強の狂犬……じゃなくて伝説の騎士団長が……!?』
「当主殿。我が君はいついかなる時も清廉潔白であり、ただ散歩をしていたに過ぎません。それを『テロ組織』などと愚弄することは、我が大剣に対する直接の宣戦布告とみなします。これ以上、我が君の平穏な生活と精神を脅かす発言を続けるならば、いつでも本家への直接進軍の準備はできています」
『し、進軍――!? やめろ、こちらには軍事力なんてない! ただの胃薬しかないんだ!! なぜ弟の側近はこうも戦闘狂ばかりなんだぁぁ――っ!!』
バツンッ!! と、悲痛な絶叫を残したまま、通信魔導具の光はプツリと強制的に遮断された。
リビングには、再び静寂が戻ってきた。
ライルは頭を抱え、床に崩れ落ちそうな勢いでぐったりと息を吐き出した。
「……終わった。完全に兄のなかで俺の『裏の支配者説』が確定しちまった……。今度実家に帰ったとき、俺は絶対にお説教で数日間は帰れなくなるぞ……」
散々な夕方である。外では住民に土下座され、自宅では兄に胃を破壊され、自分の平穏なスローライフはどこへ向かっているのか。ライルが遠い目をしていると、ふと目の前に、温かい湯気が立つカップが差し出された。
顔を上げると、そこには先ほどまでの鬼気迫る「戦闘モード」が嘘のように消え去り、どこか申し訳なさそうな、しかし柔らかい表情を浮かべたシルヴィアが立っていた。
「……我が君。その、お兄様の通信を勝手に切断してしまったことは、少しやりすぎましたでしょうか……」
シルヴィアは小さく首を傾げ、トレイの上に丁寧に置かれた手作りの焼き菓子(マーケットで買えなかった代わりに急きょ自分で焼いたものらしい)をライルの前に置いた。
「いや、兄の胃には悪いけど、あのまま放置してたら俺のメンタルが先に死んでたから助かったよ……ありがとな、シルヴィア」
ライルが苦笑しながらそう言うと、シルヴィアの頬がふっと緩み、嬉しそうな、しかしどこか照れくさそうな笑みが浮かんだ。
「……お気になさらず。我が君の平穏とメンタルを守るのが、私の最優先任務ですから」
シルヴィアはそう言うと、ライルの向かい側の席にちょこんと腰掛け、自分が淹れたお茶のカップを両手で包み込むように持ちながら、柔らかい夕日差し込むリビングを見渡した。
外での大騒動も、兄からの絶叫の通信も、この静かで温かい二人だけの空間の前では、まるで遠い世界の出来事のようだった。
ライルは差し出された焼き菓子を一口かじると、その素朴で優しい甘さに、今日一日溜まっていたストレスがスッと溶けていくのを感じた。
「……美味いな」
「っ……! よ、よかったです……!」
夕暮れの光に包まれたリビングで、不憫な苦労人主人公と、愛が重すぎる最強の騎士は、静かで甘いおうち時間をのんびりと分かち合うのだった。
――最強の騎士団長の過剰防衛は、実家の兄の胃を破壊しつつも、今日も今日とて二人の間に温かな絆と甘い余白を生み出していくのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
第24話、「実家の兄から届いた『胃痛の追加連絡』と、騒動のあとに訪れる甘いおうち時間」いかがでしたでしょうか。
外での大騒動のあと、実家の兄・ヴィンセントからかかってきた悲鳴のような通信と、それを華麗に(物理的に)撃退するシルヴィアのコント、そしてそのあとに訪れる二人きりのほっこりしたおうち時間をたっぷりとお届けしました! 笑いあり、キュンありのギャップを楽しんでいただけたなら幸いです。
次回も、予測不能な勘違いとクスッと笑えるドタバタラブコメが待ち受けています!
それでは、また次回のエピソードでお会いしましょう!




