第20話:遠く離れた兄・ヴィンセント、弟の「裏社会支配」の噂に胃を痛め、通信越しに被害者アピールを炸裂させる
登場人物
ヴィンセント・フォン・ヴェルナー
ヴェルナー伯爵家の優秀な長男にして次期当主。才気煥発で冷静沈着なエリートだが、弟ライルに関する「辺境の影の支配者説」という斜め上の恐怖の噂が貴族社会に広まりすぎてしまい、部下たちからガチで恐れられ、毎日胃薬が手放せない不憫な苦労人その2。
前書き
勘違い過保護ラブコメ、第20話をお届けします。
前回の「フルアーマーでの屋台半壊事件」を経て、すっかり心身がボロボロになったライル。今回は、実家のまともな空気を思い出そうと、優秀な兄・ヴィンセントに魔導通信(または手紙)で連絡を取ることに……!
しかし、連絡がついた兄の執務室でも、まさかの大惨事が起きていた!? 兄弟揃って「自分が一番の被害者だ」と主張し合う、通信越しのすれ違いコント回です!
それでは、第20話のスタートです!
「……あぁ、神様。俺はただ、のんびりと日向ぼっこでもしながらお茶を飲みたかっただけなのに……どうして我が家の庭は、今や最前線の陣地みたいになってるんだ……」
辺境の街にあるライルの自宅の窓から、彼は遠い目をしながら外を眺めていた。
庭では、王国最強の騎士団長であるシルヴィアが「敵の奇襲部隊が地下から侵入してくるルートを完全封鎖します!」と宣言し、愛用の大剣を使ってものの見事に深さ三メートルの巨大な塹壕を一人でガリガリと掘り進めていた。土煙が舞い上がり、もはやここは自宅の庭ではなく、ガチの軍事要塞の演習場である。
度重なるシルヴィアの過保護や大暴れに、ライルの精神力はすでに限界を突破していた。
「もうだめだ……このままでは俺の心の方が先に陥落してしまう。頼むから、実家のまともな空気を思い出させてくれ……!」
ライルは現実逃避するように机に向かい、本家にいる優秀な兄・ヴィンセントへ向けて、現在の惨状と救いを求める緊急用の魔導通信を行い始めた。
『兄さん、俺はもう限界だ。周りの人間は全員頭がおかしい。頼むから話を聞いてくれ……』
時を同じくして、遠く離れたヴェルナー本家の執務室。
才気煥発、冷静沈着な次期当主として周囲から絶大な信頼を集めていたはずの長男、ヴィンセント・フォン・ヴェルナーは、立派なマホガニーの机に突っ伏して、青白い顔でぐったりと呻いていた。
「……胃が痛い。最近、右側の腹部がキリキリと休まる暇もない……」
そこへ、側近の若い騎士が、おずおずと怯えた足取りで書類の束を持って入ってきた。
「あ、あの……ヴィンセント様。本日の魔導公文書の確認と、周辺都市からの報告書でございます……」
「う、うむ。そこに置いてくれ」
騎士は、まるで恐ろしい猛獣に近づくかのように、震える手で机の上に書類を置いた。そして、逃げるように一目散へと扉の方へ下がろうとする。
「待て、少し待て。君、最近私に対してやけに怯えていないか? 何か落ち度でもあったかね?」
ヴィンセントが疲れた声で尋ねると、その騎士はガタガタと全身を震わせ、涙目になりながら首を横に振った。
「そ、そんなことはございません! ただ……噂で聞いたものでですから……!」
「噂? 私の何かについての噂か?」
「ひっ……! ご、ご冗談を! この地域の貴族の間じゃ、今やもちきりでございます! 辺境にいらっしゃるご次男のライル様が、たった一人で暗黒街の勢力を次々と傘下に収め、王国最強の騎士団長をも飼い慣らして『裏社会の真の支配者』になりかけていると……!」
騎士はそこまで一気にまくし立てると、ガタガタと震えながらヴィンセントに深々と頭を下げた。
「そ、そして……その恐るべき血筋を引くご長男のヴィンセント様もまた、いつ我が街を乗っ取り、私たちを粛清するか分からないと……! ひぃっ、どうか私を暗殺なさらないでくださいませ……!!」
バタン!! と、騎士は半泣きになりながら慌てて執務室から飛び出していった。
静まり返った執務室の中で、ヴィンセントは頭を抱えて崩れ落ちた。
「バカな……! あいつは昔から温厚で不器用な普通の弟だぞ!! 誰が裏社会の支配者だ!! そんな恐ろしい野望があるわけないだろう!! だが、周囲の人間は誰もそれを信じてはくれない……! おかげで私の部下たちは全員私に怯え、仕事が手につかない状態だ……っ! あいつのせいで私のエリート人生が音を立てて崩れていく……!」
ヴィンセントが頭を抱えて悶絶していると、机の上に置いてあった「魔導通信機」がピピッ、と甲高い電子音を鳴らして光り始めた。
発信元は――他ならぬ、その元凶である弟のライルだった。
「……奇遇だな。ちょうど私も、お前に言いたいことが山ほどあったところだ」
ヴィンセントは険しい顔で魔導通信機のスイッチを乱暴に押し、魔力を通した。
『――もしもし、兄さんか!? 聞いてくれよ、俺の周りの人間は全員頭がおかし――』
通信機から、ライルの必死すぎる悲鳴のような声が飛び込んできた。しかし、ヴィンセントだって負けてはいない。溜まっていたストレスのマグマが一気に噴き出した。
「うるさいライル!! お前こそ何勝手に電話してきているんだ!!」
『は? なんだよ急に……って、なんだその怒声は。こっちは毎日命懸けで――』
「こっちのセリフだ! お前のせいで私の人生がめちゃくちゃなんだぞ!! こっちの貴族の間じゃ『ヴェルナー家の次男ライルが、辺境の秩序を掌握し、王国最強の騎士団長を従えている影の王だ』って恐怖の噂でもちきりだ! お前のせいで私の部下たちが全員ビビり上がって、誰もまともに書類すら持ってこんのだぞ!! どうしてくれるんだ!!」
通信の向こう側で、ライルが盛大に絶句するのが伝わってきた。
数秒の沈黙の後、ライルが信じられないものを見るような、しかし完全にキレた声で言い返した。
『……は? なんだって? 俺が影の王? 誰だそんなふざけた噂を流したのは!! こっちはな、今まさに自宅の庭で、あの過保護な騎士団長が「敵の奇襲ルートだ」とか言って深さ三メートルの巨大な塹壕を一人でガリガリ掘り進めてるんだぞ!! 毎日いつ家が爆破されるか分からない極限状態で、必死にツッコミを入れて生きてるんだこっちは!! なんで俺が黒幕になってんだよ!!』
「知るかそんなもの!! こっちは毎日『次男のせいでヴェルナー家が王国から粛清されるかもしれない』というプレッシャーと、部下からの怯えた視線に耐えながら胃薬を噛み締めて生きているんだ! お前と比べたら私の苦労の方が何倍も重いわ!!」
『ふざけるな! 俺の日常は毎日サバイバルだ! 誰がどう見ても被害者は俺の方だろうが!!』
通信機を挟んで、二人の優秀(?)なヴェルナー家の兄弟による、熱すぎる「被害者アピール合戦」が盛大に勃発した。
「お前のその面倒な騎士を今すぐどうにかしろ!」
『できるならとっくにやってるわ! 兄さんこそその無駄なエリートの威厳で周囲の変な噂を打ち消せよ!』
「無理だ! 一度広がった恐怖の噂はそう簡単には消えん!」
『こっちだって毎日命の危機なんだよ! もう兄さんとは話したくない、切るぞ!!』
「待てライル! 私の胃の痛みを少しは分かれ――ブチッ、ツー、ツー……」
容赦なく魔導通信の回線が切断された。
執務室の机の前で、ヴィンセントは荒い息を吐きながら通信機を見つめ、それから再びぐったりと机に突っ伏した。
「……はぁ。あいつも、そんな化け物を傍に置いて、毎日苦労しているということか……」
少しだけ弟への同情心が芽生えたものの、自分の胃の痛みが治まるわけもなく、ヴィンセントは深く長い溜息をつきながら、再び引き出しから胃薬を取り出して口に放り込むのであった。
一方その頃、辺境の自宅のリビング。
ライルは魔導通信機をガチャリと乱暴に置き、頭を抱えてフローリングの床に崩れ落ちていた。
「……なんで俺が実家の兄貴にまでキレられなきゃいけないんだ……。俺はただ、静かに暮らしたいだけなのに……」
外から聞こえてくる「塹壕完成しました! 次は対空防壁の構築に入ります!」というシルヴィアの元気な声を聞きながら、ライルは遠い目をして、二度と連絡などするものかと固く心に誓うのであった。
――最強の騎士団長の過剰すぎる防衛本能は、離れた場所にいる実家の優秀な兄の精神をも容赦なく追い詰め、兄弟揃っての「被害者生活」を加速させていくのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
第20話、「遠く離れた兄・ヴィンセント、弟の『裏社会支配』の噂に胃を痛め、通信越しに被害者アピールを炸裂させる」いかがでしたでしょうか。
実家の優秀な兄・ヴィンセントが実際には来ない代わりに、魔導通信越しにお互いの悲惨な現状をぶつけ合う「被害者アピール合戦(すれ違いコント)」をお届けしました! 庭に塹壕を掘るシルヴィアに絶望するライルと、部下から影の支配者の兄として怯えられて胃薬を飲むヴィンセントの不憫さを楽しんでいただけたなら幸いです。
次回も、予測不能な勘違いとクスッと笑えるドタバタが待ち受けています!
それでは、また次回のエピソードでお会いしましょう!




