第2話:王国最強の騎士団長は、平和な薬草採取を許さない
勘違い過保護ラブコメ、第2話をお届けします。
今回は前回のスライム事件のショックを乗り越え、いよいよライルが「最も安全で平和な日銭稼ぎ」に挑むお話です。もちろん、王国最強の騎士団長がそれを許すはずもなく……?
それでは、第2話もお楽しみください!
「……よし。これなら絶対に安全だ」
辺境の街の冒険者ギルド。
受付の掲示板の前で、ライル・フォン・ヴェルナーは深く頷きながら、一枚の羊皮紙の依頼書を指でトントンと叩いた。
依頼内容は『薬草(ポーションの原料になる青草)の採取』。
難易度はFランク。街のすぐ外にある安全な草原に生えている雑草を数株引っこ抜くだけという、文字通り、冒険者志望の子供が最初に行うような超安全・超平和な日銭稼ぎである。
前日のスライム消滅事件で、自分のスローライフ計画が根本から粉々に粉砕されたライルは、「これ以上リスクの高い行動はしない。とにかく地味で安全な、誰にも迷惑をかけない仕事をやるんだ」と固い決意を胸にこの依頼を選んだのだった。
「ふふ、これならいくらシルヴィア団長でも、ただの草むしりに過剰反応しようはずがない。完璧なチョイスだ」
ライルが安堵のため息をつき、受付の窓口へ依頼書を持っていこうとした、その時だった。
「――お待たせいたしましたライル殿!! 本日も貴方様のお傍に控えさせていただきます!」
背筋が凍るような凛々しい声とともに、ギルドの重厚な木の扉がガシャァァンと音を立てて吹き飛んだ。
見れば、そこには昨日と同じく、神銀製のフルプレートアーマーに身を包み、背中に国家予算級の大剣を背負った王国最強の騎士団長――シルヴィアの姿があった。
「なんでここが分かったんだよ!! ギルドの依頼なんて毎秒更新されるだろ!!」
「我が君の行動を把握することは、騎士団長としての最優先事項です。それに、ギルドの職員の方々に『ライル殿に不敬を働けば明日はありませんよ』と優しくご挨拶したところ、本日のご予定を快く教えてくださいました」
「それ脅迫だろ!! 職員さんを脅して予定を聞き出すな!!」
ライルが絶叫するが、シルヴィアはまったく悪びれる様子もなく、むしろ「愛しい人のスケジュールを完璧に把握した有能な部下」といった誇らしげな笑みをバイザーの向こうで浮かべている。
「それで本日は、どのような危険な戦闘任務に挑まれるのですかライル殿! 私の剣が、魔王軍の残党だろうが国家転覆を狙う反乱分子だろうが、すべて両断いたします!」
「戦闘任務じゃない! これを見ろ、薬草の採取だ! ただの草むしりだよ!」
ライルが依頼書の文字を突きつけると、シルヴィアは「ふむ……」と神妙な面持ちで腕を組んだ。ギルドの重厚な鎧が擦れて金属音が響く。
「薬草の採取……ですか。なるほど、流石はライル殿。表向きは平和な採集に見せかけ、その実、敵地の奥深くへ単騎で潜入し、幻の秘薬を持ち帰るという極秘の国家機密任務ですね……!」
「どこをどう読んだら極秘の国家機密任務に見えるんだよ!! 街のすぐ外の、花壇みたいな場所だよ!!」
「ご謙遜を。あの知略に優れたライル殿が、ただの草むしりなどなさるはずがありません。このシルヴィア、全霊をもって裏から潜入作戦をサポートさせていただきます!」
(話が通じねぇ……!)
ライルは頭を抱えたが、ここで引き下がらなければ一生依頼を達成できない。こうなったら、一刻も早く現地に行って、ただ草を抜くだけの作業を見せつけて誤解を解くしかなかった。
* * *
街の外から少し歩いた、緑豊かな平原。
風が心地よく吹き抜け、遠くには小さなチョウチョがヒラヒラと舞っている。これ以上ないほど平和なピクニック日和だった。
「ほら見ろシルヴィア。そこら中に生えている、この普通の青い葉っぱだ。これを数枚摘んで、ギルドに持っていくだけで今日の夕飯代になるんだよ」
ライルはしゃがみ込み、地面に生えているごく一般的な薬草を指さした。
しかし、シルヴィアはその周囲の空間を鋭い眼光で睨みつけ、大剣に手をかけたまま微動だにしない。
「……ライル殿。油断なさらないでください。この穏やかな草原に見えて、実は周囲の茂みには『見えない罠』や『毒を秘めた暗殺植物』が仕掛けられている可能性が微粒子レベルで存在します」
「そんな治安の悪い草原があるか! ここは王国の管理地だぞ!」
「私が周囲の警戒を固めますので、どうぞご安心のうえ、その『最重要機密の聖草』にお手を触れください……!」
(聖草ってなんだよ……ただの道端の草だよ……)
疲労の色を隠せないライルは、深くため息をつきながら、その薬草の茎にそっと指を伸ばした。
早く採って、早く帰って、今日はもう部屋から一歩も出ない。そう心に誓いながら薬草を引き抜こうとした、その瞬間だった。
ガサッ――!
わずかに、草むらが揺れた。
「――っ!! 敵襲です!!」
シルヴィアの電光石火の叫びとともに、世界が歪んだ。
「待てシルヴィア、違う、ただの風か――」
「我が最愛の救世主の命を狙う刺客め、死ねぇい!!!」
ガシャアアアアン!! と大地が砕け散る。
シルヴィアが放った渾身の剣撃は、草むらから飛び出してきた「体長十センチの無害な野良ウサギ(ただ草を食べに来ただけ)」の頭上をかすめ、――いや、かすめたどころの騒ぎではなかった。
ゴゴゴゴゴゴ……!!!!
先日のスライム事件の悪夢がそのまま再現される。
圧倒的な衝撃波が平原の地表をえぐり取り、数百メートル四方の地面を更地へと変え、遠方の小山を丸ごと一つ吹き飛ばしたのだ。
草木は一葉たりとも残り去り、あたりは深さ数十メートルの巨大なクレーターに様変わりしていた。
「…………」
ライルは、自分の手元を見ていた。
そこに生えていたはずの薬草は、衝撃のあまり分子レベルで消滅し、宇宙の塵と消えていた。
「ふぅ……。いかがでしたかライル殿。今の刺客は、貴方様の命を狙う変異種の暗殺ビーストでしたが、私の神速の迎撃により、痕跡すら残さずに消滅させました!」
「ただの野生のウサギだよ!!! ていうか、ターゲットの薬草まで消滅したんだけど!! どうしてくれたんだよ!!」
ライルがついにブチギレて叫ぶと、シルヴィアはハッとしたように目を見張り、次の瞬間、ガシリと重い鎧を鳴らしながらライルを力強く抱きしめた。
「なんと……! 刺客のあまりの恐ろしさに、ご自身の採取したかった聖草すら失われてしまったというのに、私の身を案じてお怒りになってくださっている……! なんと慈悲深く、自己犠牲に満ちたお方なのでしょう……!」
「違う! お前のせいで依頼が失敗したから怒ってるんだよ!!」
「ご安心くださいライル殿! 本日の極秘任務による国家防衛の功績は、このシルヴィアがギルドマスターに直々にねじ込んでおきますから、報酬は満額、いや国家予算から全額支給させます!」
「余計な権力を使うな!! ギルドから出禁にされるわ!!」
クレーターの底で絶叫するライルと、恍惚の表情で彼を慈しむ最強の騎士団長。
その頭上を、すっかり家を失った野良ウサギの亡霊(?)のようなものがトボトボと飛んでいく気がした。
遠くの街の方向から、「おい、またあの銀のバケモノが大地を消し飛ばしたぞ……」「あの不憫な伯爵家次男のデート、毎回スケールがデカすぎだろ……」という恐怖のざわざわ声が風に乗って聞こえてくる。
ライルは遠い目をしながら、自分の平穏なスローライフが今日も一歩も進まなかったことを悟り、静かに天を仰ぐのであった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
第2話、「平和な薬草採取が国家機密の極秘任務になる回」いかがでしたでしょうか。
ただの草むしりですら大惨事にしてしまうシルヴィアの圧倒的な過保護と、ツッコミスキルに磨きがかかるライルの不憫さを楽しんでいただけたら幸いです。
次回も、ライルのスローライフを脅かす(文字通り物理的に)ドタバタが巻き起こります!




