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第1話:王国最強の騎士団長は、今日も俺を過保護に守りたがる

登場人物

ライル・フォン・ヴェルナー

名門ヴェルナー伯爵家の次男。実家の面倒くさいしがらみや優秀すぎる兄から逃れ、辺境の街で「のんびりスローライフを送る一般冒険者」を志す。だが、ある勘違いが原因で、王国最強の狂気的ヒロインに目をつけられてしまい、日々全力でツッコミを入れる苦労人。


シルヴィア・フォン・ローゼンブルク

国中から畏敬を集める超名門・ローゼンブルク公爵家の令嬢にして、王国最強の騎士団長。漆黒の軍勢を率いる武神だが、過去の出会いをきっかけにライルを「世界で一番か弱い人類・最高の救世主」と完全に誤解し、重すぎる愛と過保護を爆発させている。


前書き

こんにちは。

今回から新連載スタートとなります。

優秀な実家と面倒くさい家族から逃げ出し、のんびり暮らしたい一般貴族の次男と、彼を「か弱い聖人」と勘違いして全宇宙を敵に回してでも守ろうとする最強騎士団長のドタバタ勘違いラブコメです。

果たしてライルのスローライフの明日はどっちだ!? それでは第1話、どうぞお楽しみください!

「ふぅ……この静かで穏やかな風こそが、俺が求めていたスローライフだ」

辺境の街の一角にあるオープンカフェのテラス席。

ライル・フォン・ヴェルナーは、マグカップから立ち上る香ばしいコーヒーの湯気を眺めながら、心底から安息の息を吐き出していた。

伯爵家の次男として生まれた彼は、物心ついた頃から「家を継ぐ優秀な兄」と比較され、窮屈な貴族社会のしがらみに縛られ続けてきた。剣の才能も魔法の適性も平凡。そんな自分が嫌になり、家を飛び出して辺境の地で「しがない一般冒険者」として細々と生きる道を選んだのだ。

スライムを数匹狩って日銭を稼ぎ、夕方は酒場でエールを煽り、夜は静かに眠る。そんなささやかな平穏を、ライルは今、最高に満喫していた。

――だが、その平穏は、突如として粉砕されることとなる。

「――ひっ……!? おい、あれを見ろ……!」

「嘘だろ、なんであの鬼神がこんな辺境の街に……!?」

「魔王軍の襲撃か!? それとも国家反逆罪の粛清か!?」

突然、周囲の通りが凄まじい悲鳴と阿鼻叫喚のパニックに包まれた。

道行く人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、店のおじさんなんて看板を放り出して樽の裏に隠れている。何事かと眉をひそめたライルが、のんびりと視線を通りへと向けた。

その瞬間、ライルの全身からスッと血の気が引いた。

石畳の道をガタガタと揺らしながら、一人の「巨像」が歩いてくる。

身にまとっているのは、王国最高の技術で作られた神銀ミスリル製のフルプレートアーマー。その背中には、一般的な人間の胴体ほどもある巨大な国家予算級の大剣が不気味な光を放っている。

バイザー(面当て)が下ろされているため顔は見えないが、そこから漏れ出る殺気は、ただそこにいるだけで周囲の空気と草木を凍りつかせるほどだった。

王国最強の騎士団長、公爵家令嬢――シルヴィア・フォン・ローゼンブルク。

「なっ……なんでだよ……!」

ライルは思わず椅子から転げ落ちそうになりながら、激しく頭を抱えた。

よりによって、なぜ王国の中枢にいるはずの彼女が、こんな辺境の街の、しかもピンポイントで自分のいるカフェに歩いてきているのか。心当たりを必死に探るが、身に覚えは一切ない。むしろ関わったら人生の寿命が縮まることだけは確実だった。

脳裏によぎるのは、数年前の苦い記憶だ。

当時、王都の権力闘争に巻き込まれ、暗殺者たちから追いつめられて血まみれでボロボロになっていた名もなき少女シルヴィアが、ライルの目の前で倒れ込んだことがあった。

面倒事に巻き込まれたくなかったライルは、「うわ、面倒くさ……これ食って早く失せろ」と、ポケットから乾パンとそこらへんの安物の傷薬を放り投げ、足早にその場を立ち去ったのだ。

――なのに、なぜかシルヴィアはその出来事を全く違う方向にねじ曲げて記憶していた。

『絶望の淵で闇に飲まれかけていた私に、一切の怯えも見せず、圧倒的な慈悲と高潔なる眼差しをもって究極の神薬と神秘の糧食を授けてくださった、我が魂の絶対的救世主……!』

――そんな脳内変換を勝手に繰り広げた結果、彼女は現在、ライルを「世界で一番か弱く、ガラス細工のように繊細で、一瞬たりとも目を離してはならない最重要保護対象」として崇め奉っているのである。

「ライル殿……っ!」

ガシャァァァン!! と、大地を鳴らす重厚な足音が近づき、シルヴィアがライルの目の前にピタリと立ち止まった。

背筋が凍るような威圧感。だが、バイザーの隙間から覗く彼女の瞳は、なぜか潤んでおり、ものすごい熱量を帯びてライルを見つめている。

(やばい、殺される! いや、違う、別の意味で殺される……!)

ライルが冷汗を流しながら引きつった笑みを浮かべると、シルヴィアは周囲の住民たちが恐怖で失神しかけていることも気にせず、ガシリと金属の手甲を合わせた。

「本日も、貴方様のご尊顔を拝顔することができ、このシルヴィア、歓喜のあまり胸が張り裂けそうです!」

「い、いや、シルヴィア団長……? お仕事の方角が、だいぶ王都から離れているような気がするんですが……」

「何を仰いますかライル殿! 辺境の治安の乱れは放置できません。本日は特別に、私の全霊をかけた護衛デートの許可を、この街のギルドから取り付けてまいりました!」

「勝手にそんな大層な許可を取るな!! あと護衛とデートをごちゃ混ぜにするな!!」

ライルが全力でツッコミを入れるが、シルヴィアには一切届かない。彼女にとってライルのツッコミは「知的でユーモア溢れる尊いお言葉」に変換されているからだ。

「さあライル殿、街中にいるのは危険です。私の背後にお隠れなさい。いかに凶悪な魔獣といえど、この私が一歩も通しません!」

「いや、この街はめちゃくちゃ平和だよ! むしろお前が立っているだけで大惨事になりかけてるんだよ!」

しかし、シルヴィアの強引なエスコート(実質的な拉致)により、ライルは半ば強制的に街の外へと連れ出されることになった。

 * * *

街の外に広がる、のどかな草原。

本来なら、ピクニックでもしたくなるような穏やかな景色のはずだった。

「――危ないですライル殿!!! 伏せてください!」

シルヴィアの緊迫した声が響き渡る。

ライルが「は?」と首をかしげたその視線の先、草むらからポン、と小さな丸い影が飛び出してきた。

「ぷるるん」

淡い青色の体をした、レベル1の野生スライムだった。

酸性の粘液を飛ばしてくることもあるが、普通の村人でも木の枝でポンと叩けば一発で消滅する、RPGにおける最弱の雑魚モンスターである。ライルにとっても、朝飯前の散歩がてらに小石でも投げて追い払うレベルの相手だった。

――だが、世界最強の騎士団長の目に、それはどう映っていたのか。

「我が最愛の救世主の命を狙う、漆黒の悪魔め……! その汚らしい触手を我が君に触れさせることなど、天地がひっくり返ろうとも絶対に許しません!!」

「待てシルヴィア、落ち着け、それはただのスライムだ! 小石で十分――」

ライルの制止の言葉は、神速の抜刀音にかき消された。

――シュパッ!!

放たれたのは、空間そのものを断ち切るような、美しくも絶望的に重い一閃。

スライムに向かって振るわれた剣圧は、標的のモンスターを分子レベルで消し飛ばしただけでは収まらなかった。

ゴゴゴゴゴゴ……!!!!

凄まじい衝撃波が大地を抉り、草原の地表を数百度メートルにわたって綺麗に更地へと変え、はるか遠方の山肌を削り取って、巨大なクレーターを作り上げたのである。

「…………」

ライルは言葉を失った。

目の前には、もはや何があったのかすら分からない、底の見えない大地の裂け目が広がっている。風が吹き抜け、砂煙がもうもうと舞い上がっていた。

「ふぅ……」

シルヴィアは、大剣を地面に突き立て、荒い息を整えながら振り返った。

そのバイザーの奥の瞳は、大仕事をやり遂げた誇らしさと、愛しい人を守り抜いた安堵感で満ちあふれていた。彼女はガシリと重い鎧を鳴らしながら、腰を抜かして地面にへたり込んでいるライルへと歩み寄り、その屈強な腕で――文字通り、壊れ物を扱うように優しく、しかし力強くライルを抱きしめた。

「お見事でした、ライル殿……!」

「なっ、何が……」

「あまりの恐怖に、一歩も動けなくなっていらっしゃった……。なんと慈悲深く、そしてか弱いお心でしょう。あのような凶悪な魔獣を目の前にして、震えながらも私の後ろで耐えてくださるそのお姿に、このシルヴィア、再び忠誠を誓いました……!」

(違う!! 動けなかったのは恐怖で足が萎えたからだよ!! あとスライム相手に大地を更地にする奴がいるか!! 俺の出番が最初から最後まで一切ゼロだっただろ!!!)

心の中でどれほど絶叫しても、シルヴィアの耳には届かない。

彼女は恍惚とした表情でライルの頭を優しく撫で続け、ライルは遠い目で自分のスローライフの崩壊を悟るのだった。

遠巻きにその光景を目撃していた街の住人たちが、恐怖と畏敬の入り混じった目でこちらを見つめ、ひそひそと噂し始めているのが聞こえる。

『おいおい、あの普通の伯爵家次男の若旦那……ついに王国最強の騎士団長を骨抜きにして、完璧なヒモになったらしいぞ……』

『恐ろしい男だ……あんなバケモノを手懐けるなんて……』

(違うんだよ! 俺はただコーヒーが飲みたかっただけなんだよ!!)

青空の下、不憫な次男の絶叫は、誰にも届くことなくかき消されていくのだった。

最後までお読みいただきありがとうございます!

第1話、いかがでしたでしょうか。

最強の騎士団長であるヒロインが、勝手にライルを「か弱い聖人」と勘違いして全方向から過保護を爆発させるという、この温度差とシュールさを楽しんでいただけたら幸いです。

次回も、不憫なライルと暴走するシルヴィアのドタバタがさらに加速していきます!

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