第16話:王国最強の騎士団長、役所の窓口業務を国家機密の取り調べ室にしてしまう
勘違い過保護ラブコメ、第16話をお届けします。
前回の「街に出現した偽ライルを秒速で処刑しかけた事件」で周囲の恐怖レベルをさらに一段階引き上げたシルヴィア。今回は舞台を街の行政窓口に移し、ライルの仕事をめぐって大パニックが巻き起こります! 平和な窓口業務がどのようにして「牢獄の取調室」と化してしまうのか!?
それでは、第16話のスタートです!
「……はぁ。先日の偽者騒動ですっかり街の人たちの警戒心が強くなった気がするが……まぁ、地道に働いて生活費を稼がないと、俺の平穏なスローライフ計画が破綻してしまうからな」
辺境の街の一角にある、賑やかな冒険者ギルド兼行政手続きの総合窓口。
ライル・フォン・ヴェルナーは、落ち着いたブラウン髪を軽く手で整えながら、カウンターの向こう側で山積みにされた申請書類の束を前に深い溜息を吐いていた。
前回の騒動で疲弊しきった財布の事情もあり、今回は一念発起して、ギルドの窓口業務や簡単な書類整理の仕事を引き受けたのだ。これなら室内だし、治安も安定しているから安全だろう――と、この時のライルは本気でそう信じ込んでいた。
もちろん、その背後には――。
ガチャァァァン……! と、冷たい金属音が店内に響き渡る。
いつもの神銀製フルプレートアーマーを完璧に装着し、背中には国家予算級の大剣を背負ったシルヴィアが、ライルの背後にピタリと密着する形で仁王立ちしていた。彼女の紫紺の瞳は、ギルドを訪れるすべての人間を容疑者として捉えるかのように、鋭くギラギラと光っている。
「ちょっ、シルヴィア……。なにもそのフルアーマー姿で、窓口の横に仁王立ちしなくてもいいだろ。これじゃあ俺が何か大罪を犯して、これから尋問される囚人みたいじゃないか」
ライルが青ざめながら小声で注意すると、シルヴィアは微動だにせず、重々しい声で即答した。
「何を仰いますか、ライル殿。このギルドという空間は、日夜、賞金首や怪しげな密輸業者、さらには我が君の命を狙う暗殺者たちが数多く出入りする『極めて危険な魔窟』です! その最前線である窓口に我が君が立つなど、防衛上の重大なリスクが伴います。だからこそ、私がこの場で全出入国者の監視と治安維持の任に就くのです!」
「ここは平和な辺境の街のギルドだ! 犯罪者なんてそうそう来ないし、来るのはせいぜい薬草を納品しに来る農家のおじさんくらいだっての!」
ライルが頭を抱えてツッコミを入れたその時、自動扉がパカリと開き、一人の初老の市民がおずおずと窓口へやってきた。
日課の住民票の書き換えと、生活信用の更新手続きにやってきた、ごくごく普通の一般男性である。
「あ、あの……すみません。住民票の更新手続きと、居住信用の申請を……」
市民の男性は、目の前に座っている若いライル(及びその背後にそびえ立つ、完全に殺気を放ったフルアーマーの美少女騎士)を見て、ビクリと肩を震わせた。
(おっ、お客さんだ。よし、ここは落ち着いて丁寧に対応して……)
ライルが優しい笑顔を作って書類を受け取ろうと手を伸ばした、その瞬間だった。
「――ストップしなさい」
低く、地を這うような冷徹な声がギルドの空気を凍りつかせた。
シルヴィアが、ギョロッとした威圧的な眼光でその一般市民を真正面から睨みつけたのだ。
「ひっ……!?」
市民の男性は心臓が跳ね上がるほどの衝撃を受け、その場で直立不動になった。
「そ、その手つき……その挙動不審な目線……!」
シルヴィアはカウンターに身を乗り出し、まるで目の前の市民が国家機密を盗み出したスパイであるかのような口調で詰め寄った。
「申請用紙に記載されている氏名、年齢、そしてその身元を証明しなさい。もしその書類の文字に一文字でも偽りや、我が君を陥れるための暗号が隠されていた場合……その場でこの大剣があなたの首を刎ね飛ばすことになりますが、覚悟はいいですね?」
「は、はひっ……!? い、命だけはぁぁぁぁ……っ!!」
一般市民の男性は、住民票の更新に来ただけなのに突然死刑宣告を言い渡されたと勘違いし、恐怖のあまり顔面を真っ青にしてその場で腰を抜かしかけた。
「ちょっ、ちょっと待てシルヴィア何言ってんだ!! 住民票の更新だぞ! 殺人犯の取り調べみたいな物言いをするな!!」
ライルは慌てて立ち上がり、市民の肩を支えながら必死に弁解した。
「す、すみません! うちの……その、過保護すぎる護衛が変な勘違いをしていて! 書類は本物ですし、何も怪しくありませんから落ち着いてください!」
「い、いや……お、俺はただ、住所変更を……ひっ……!」
市民の男性はガタガタと全身を震わせ、もうこれ以上ここにいたら命がないと本能で察知したのか、持っていた申請用紙をその場に放り出し、驚異的な足腰の強さで一目散にギルドの出口へと全速力で逃げ出してしまった。
バタン!! と、扉が激しく閉まる音が響く。
ギルドの中に残されたのは、青ざめた顔で頭を抱えるライルと、「ふむ、怪しい動きでしたが、今回は警告だけで見逃してやりました」とどこか満足げに胸を張るシルヴィアの二人だけであった。
「……誰もいなくなったぞ」
ライルはガクリと肩を落とし、カウンターの端に突っ伏した。
「俺の仕事初日、開始からわずか十分で来客が全員逃走したんだが……これじゃあ仕事にならないどころか、ギルドから出入り禁止を言い渡されるぞ……!」
「何を仰いますか、ライル殿」
シルヴィアは誇らしげに腕を組み、真剣な眼差しでライルを見下ろした。
「不審者を一瞬で排除し、窓口の安全を完璧に守り抜きました。これは我が君の防衛における大いなる勝利です!」
「勝利じゃねぇよ敗北だよ!! ここは牢獄の面会室か何かか!? 次に来る人が来たら、頼むから一言もしゃべるな! 俺が全部一人でやるから!!」
ライルが半泣きになりながら抗議すると、シルヴィアは少し不服そうにしながらも、「……かしこまりました。どうしてもというなら、次の客に対しては私が直接話すのではなく、背後からの威圧的なオーラだけでプレッシャーをかけます」と、なぜか方向性の違う妥協案を提示してきたりして、ライルの胃痛はさらに悪化していくのであった。
* * *
それから数時間後。
ギルドの窓口業務(という名の恐怖の取調室)を終えたライルは、ぐったりと魂の抜けた顔でカウンターの椅子に腰掛けていた。
結局、その日訪れた一般の依頼人や市民たちは、シルヴィアの放つ凄まじい殺気に恐れをなし、誰一人としてまともに書類を提出することができず、ライルはひたすら平謝りを繰り返すだけで一日を終えることになったのである。
「……もう二度と、行政窓口の仕事なんて引き受けるもんか……」
ライルが力なく呟くと、シルヴィアはピカピカに磨かれた手甲を撫でながら、どこか誇らしげに頷いた。
「お疲れ様でした、ライル殿。今日の警備任務も完璧でしたね。明日からは、さらに防衛体制を強化するため、窓口の前に鉄格子を設置する申請をギルド長に出しておきましょう」
「それもう完全に刑務所への改築計画だろ!! 頼むからこれ以上俺の職場を刑務所化しないでくれぇぇぇ!!」
今日も今日とて、不憫な次男の悲痛な絶叫は、平和なギルドの天井裏へと虚しく響き渡っていくのだった。
――最強の騎士団長の過保護な窓口業務(?)は、今日も今日とて、市民の平穏とライルの社会的な生命を容赦なく奪い続けていく。
最後までお読みいただきありがとうございます!
第16話、「王国最強の騎士団長、役所の窓口業務を国家機密の取り調べ室にしてしまう」いかがでしたでしょうか。
生活費のためにギルドの窓口手伝いをするライルと、一般市民を全員スパイか何かと勘違いしてガチの取り調べを始めてしまうシルヴィアの爆笑&恐怖の窓口業務回をお届けしました! 必死に市民をフォローして平謝りするライルの不憫さと、ドヤ顔で威圧し続けるシルヴィアのギャップを楽しんでいただけたなら幸いです。
次回も、予測不能な勘違いとクスッと笑えるドタバタが待ち受けています!
それでは、また次回のエピソードでお会いしましょう!




