第13話:王国最強の騎士団長、ダンジョンで我が君をお姫様抱っこして疾走する
勘違い過保護ラブコメ、第13話をお届けします。
前回の「安物指輪の聖遺物化(合鍵侵入つき)」でライルの精神をズタズタにしたシルヴィアですが、今回は舞台を「ダンジョン」に移してお送りします! 危険な迷宮の最深部で魔物の大群に囲まれたとき、最強の騎士団長が選ぶ驚愕の救出方法とは!? そして周囲の冒険者たちが目撃する、衝撃の「お姫様抱っこ無双」の幕が上がります!
それでは、第13話のスタートです!
「……はぁ。最近、街を歩くだけで色んな意味で冷たい視線(あるいは生温い視線)を感じるから、たまにはこうして静かな場所で気分転換するに限るな」
辺境の街の外れに位置する、初級〜中級者向けのダンジョン。
落ち着いたブラウン髪を揺らしながら、ライル・フォン・ヴェルナーは一人(のつもりが後ろにピタリと張り付く銀髪の影を連れて)軽い素材採取のつもりで迷宮の石畳を踏みしめていた。
前回の「鉄貨1枚(十円程度)の安物オモチャ指輪を、世界を救う聖遺物と勘違いしてドヤ顔で装備する事件」からというもの、ライルは精神的な疲労から逃れるために、あえて人気のないダンジョンで薬草でも摘んで心を無にしようと試みていたのだ。
もちろん、その後を追うシルヴィアは、いつもの神銀製フルプレートアーマーを完璧に装着し、背中には国家予算級の大剣を背負ったまま、一歩一歩足音を鳴らしながら直立不動で追従している。
「……なぁ、シルヴィア。今回はただの簡単な薬草採取だ。そんな大層なフルアーマーで来なくても、もっと動きやすい格好で――」
「なりませぬ、ライル殿!」
ライルが後ろを振り返って苦笑いしながら注意すると、シルヴィアはビシッと背筋を伸ばし、真剣すぎる眼差しで遮ってきた。
「ダンジョンという名の迷宮は、いつ何時、暗殺者や凶悪な魔獣が我が君の命を狙って飛び出してくるかわからない『死の回廊』です! この神銀の防壁と、我が忠誠心こそが、我が君の安全を担保する唯一の盾なのです!」
「ここは初心者向けの安全なダンジョンだ! 出てくるのはせいぜいプニプニしたスライムか大人しいウサギ型の魔物くらいだっての!」
ライルが呆れたようにため息を吐いたその時だった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
突如として、ダンジョンの奥深い通路から、地鳴りのような重低音が響き渡った。
「……ん?」
ライルがぴくりと眉を動かした瞬間、通路の曲がり角から、赤く爛れた目を光らせた狂暴な魔獣の群れ――『レッド・バグ・ハウンド』が、数え切れないほどの数で一斉に姿を現したのだ。牙を剥き出しにし、涎を垂らしながら猛烈なスピードでこちらへ突進してくる。
「なっ……!?」
ライルの血の気が一瞬で引いた。
見渡す限りの魔物の大群。初級者向けのダンジョンだと思っていたのは甘い勘違いで、どうやら奥深くまで歩きすぎて「危険区域」の境界線を越えてしまったらしい。退路はすでに塞がれている。
「や、ばい……囲まれた……ッ!!」
冷や汗が背中を伝い、ライルが反射的に腰の剣の柄に手をかけた、その瞬間だった。
「――我が君を脅かす、下劣な塵芥どもめ」
冷徹で、しかしどこか底知れぬ狂気と愛憎が入り交じったシルヴィアの声が、ダンジョンの冷たい空気を切り裂いた。
瞬間。
ガシャァァァン!! と、彼女の全身から凄まじい神銀の魔力が爆発的に解き放たれ、周囲の空間が震えた。
ライルが言葉を失って見つめる中、シルヴィアの姿がかき消えた。
いや、消えたのではない。人間の動体視力を完全に置き去りにするほどの超神速で、彼女が魔物の群れの中心へと突撃したのだ。
「――『聖騎士奥義・神罰の断罪』!!」
閃光が走った。
轟音すら追いつかない一閃の抜刀。シルヴィアが振るった国家予算級の大剣から放たれた衝撃波は、通路の壁ごと数十体の魔物の大群を文字通り「分子レベル」で跡形もなく消し去り、ダンジョンの奥へと綺麗に貫通していった。
キィィィン……と、静寂が戻る。
数秒前までそこにいたはずの獰猛な魔物の群れは、一匹残らず煙となって消え失せていた。
「は……?」
ライルは口をポカンと開け、目を見開いたままその場に立ち尽くしていた。
敵の気配は完全に消え去り、辺りには不気味なほどの静けさが戻っている。
「ふぅ……」
シルヴィアは優雅に大剣を納めると、息一つ乱さぬ完璧な所作で、ゆっくりとライルのほうへと振り返った。その顔は、見事にすべての敵を排除した達成感と、我が君を守り抜いたという圧倒的なドヤ顔に満ち溢れていた。
「お怪我はありませんか、ライル殿! 我が君の慈悲深き御身に傷一つ付けさせはしません!」
「あ、ああ……助かったけど……お前、相変わらず凄まじいな……」
ライルが冷や汗を拭いながら、ようやく安堵の息を漏らした、その時だった。
シルヴィアの表情が、なぜか急に「重大な緊急事態」のそれに切り替わった。
彼女は真剣な目で、ライルの足元(石畳の床)をじっと凝視した。
「……まってください」
「ん? どうしたんだよシルヴィア」
「……我が君。今の戦闘により、このダンジョンの床には微細な魔力の残滓や、魔獣の体液が飛び散っている可能性があります」
「え? いや、綺麗に消し飛んでるだろ、どこにも――」
「そんな汚染された不浄な地面を、我が君の尊い靴底で歩かせるなど……泥を塗るような大罪です!!!」
「は……っ!?」
ライルが驚愕の声を上げる暇すらなかった。
次の瞬間、シルヴィアは超スピードでライルとの距離を詰めると、何の躊躇いもなく、その両腕でライルの体を「お姫様抱っこ」の体勢でひょいと軽々と抱え上げたのだ。
「ちょっ――まっ、おいっ!? なんだこれ!!」
ライルはあまりの不意打ちと、浮遊感にパニックを起こしながら絶叫した。
全身をギラギラした神銀のフルプレートアーマーで固めた銀髪の美女が、一般男性であるライルを、まるで王女様やお姫様でも扱うかのように、片手で軽々と、しかし絶対に落とさない完璧なホールド力で抱きかかえている。
「動かないでください、ライル殿! これより、床の一歩たりとも踏ませぬまま、最速でこのダンジョンから脱出します!」
「そういう問題じゃねぇよ!! 下ろせ! 男の俺が女にお姫様抱っこされてる絵面がどれだけシュールか分かってんのか!!」
しかし、シルヴィアの耳にはライルの絶叫など一切届いていなかった。
彼女は「我が君の足は私が守ります!」と、全開のドヤ顔と輝く瞳で、お姫様抱っこをしたままダンジョンの通路を時速数十キロの猛烈なスピードで疾走し始めたのである。
ビューーーーッ!! と、凄まじい風圧がライルの顔面を直撃する。
「うわぁぁぁぁぁ――っ!! 速い! 速すぎるぞおい!! 壁に激突するっ!!」
「ご安心ください、我が君! 私の空間把握能力に死角はありません!」
フルアーマーの重装備を着た騎士団長が、成人男性を抱えてダンジョンの壁や天井を蹴り飛ばしながら爆走する姿は、もはや救出劇という名の恐怖の高速移動アトラクションであった。
* * *
数分後。
ダンジョンの入口付近。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
ライルは、入口の石畳に下ろされた瞬間、ぐったりと地面に膝をつき、生気を失った目で荒い息を吐いていた。
男のプライドは完全にズタズタに引き裂かれ、精神的HPは零を下回っている。
そのすぐ傍では、シルヴィアが微塵も疲れた様子を見せず、「ふぅ、無事に外部への脱出任務を完遂いたしました。我が君、お疲れ様です」と、どこか満足げに胸を張って立っていた。
ちょうどその時、これからダンジョンに入ろうとしていた数人の一般冒険者グループが、その光景を目の当たりにして、見事にピタリと動きを止めた。
「……おい、見たか今の……」
「フルアーマーのすげえ美人な騎士様が、男の人をお姫様抱っこして、もの凄いスピードで飛び出してきやがったぞ……?」
「しかも、男の人は完全に魂が抜けてる……。あれは一体どんな過酷な修練なんだ……?」
冒険者たちがヒソヒソと恐怖と羨望(?)の入り交じった視線を向けてくるのを感じ取り、ライルは顔を真っ赤に染めながら、頭を抱えて崩れ落ちた。
「もうやめてくれ……俺の社会的な生命が音を立てて崩れていく……!」
「何を仰いますかライル殿。我が君の安全を守り、完璧に運搬しきった私たちの歩みは、誇るべき大勝利です!」
大勝利の定義が根本から狂っている最強の騎士団長を見上げながら、ライルは今日一日で、これまでの人生で一番の深い溜息を吐くことになったのだった。
――不憫な次男のプライドはダンジョンの底に沈み、最強の騎士団長の過保護な暴走は、今日も元気に加速していく。
最後までお読みいただきありがとうございます!
第13話、「王国最強の騎士団長、ダンジョンで我が君をお姫様抱っこして疾走する」いかがでしたでしょうか。
今回はダンジョンを舞台に、魔物の大群を一瞬で一掃したあと、なぜかライルをお姫様抱っこして爆走するシルヴィアの圧倒的な過保護と、男のプライドをズタズタにされるライルの不憫さをたっぷりお届けしました! 恥ずかしさで悶絶するライルと、ドヤ顔で守り抜くシルヴィアのギャップを楽しんでいただけたなら幸いです。
次回も、予測不能な勘違いとクスッと笑えるドタバタが待ち受けています!
それでは、また次回のエピソードでお会いしましょう!




