第11話:王国最強の騎士団長、はじめての接客(テロ)に挑む
勘違い過保護ラブコメ、第11話をお届けします。
前回の「大嫉妬回」でクリストファーを宇宙の彼方へ追い払いかけたライルたち。今回は、街のパン屋さんでの「お仕事体験(お手伝い回)」です!……もっとも、最強の騎士団長がエプロンを装着して接客に挑んだ結果、パン屋が瞬く間にテロ現場と化してしまうわけですが。果たしてライルはお店を守り抜くことができるのか!?
それでは、第11話の幕開けです!
「……いやぁ、それにしても今日は良い天気だ。たまには街の隅々まで歩いてみるのも悪くないな」
辺境の街の石畳の通り。
ライル・フォン・ヴェルナーは、落ち着いたブラウン髪を揺らしながら、のんびりと鼻歌まじりに歩いていた。
前回の「美青年接近・大嫉妬事件」から数日。幸いにもクリストファーは無事に王都へと逃げ帰り、街はいつもの平穏を取り戻していた。ライルは「今日は本当に何も起きない、ただの平和な労働と散歩の日だ」と心の中で安堵の息を漏らしていた。その数歩後ろには、いつもの神銀製フルプレートアーマーを纏い、背中に国家予算級の大剣を背負った銀髪の騎士団長・シルヴィアが、一言も発さずに直立不動で追従している。
平和な休日を満喫しようとしていたライルだったが、ふと、通り沿いにある小さなパン屋の前で足を止めた。
そこには、『本日、人手不足のため臨時休業の可能性あり……』と書かれた手書きの張り紙が出されており、店主であるおばちゃんが、店の前で頭を抱えてガックリと肩を落としていたのだ。
「おや、どうかしたんですか、おばちゃん?」
ライルが声をかけると、おばちゃんは顔を上げ、苦笑いしながらため息をついた。
「おや、ライル坊やかい。いやね、うちの働き手が急に病気で倒れちまってさ。今日は仕込んだ生地が山ほどあるのに、一人じゃとても売り切るどころか店を開けられないんだよ……困ったもんだねぇ」
その話を聞いたライルは、ふっと優しく苦笑した。
日頃からこの街で暮らしている身として、困っている人がいれば放っておけないのがライルの性分である。
「なるほど……それじゃあ、ほんの少しの間だけだけど、俺が手伝うよ。なんなら、こっちの連れも使ってくれていいからさ」
ライルがそう言って後ろを振り返ると、指さされたシルヴィアは真剣な面持ちでカッと目を見開いた。
「――我が君。いま、この店主を救うための『極秘労働任務』の発令ですね?」
「そうだ。せっかくの街の恩人だからな、少しだけパンの販売を手伝うぞ。いいか、絶対に物騒なことはするなよ」
ライルが念を押すと、パン屋のおばちゃんはライルの後ろにそびえ立つ、全身をギラギラした神銀の鎧で固めた銀髪の美女を恐る恐る見上げ、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「ひ、ひぇっ……!? なんていうか、その……お嫁さんというよりは、これから要塞を攻略しに行くような凄まじい気合のお姉さんだねぇ……」
「あ、はは……護衛の騎士みたいなものですから、気にしないでください!」
ライルが冷や汗を流しながら引きつった笑いを浮かべると、おばちゃんは「じゃあ、気休めでもありがたいねぇ」と、店の奥から二枚の布切れを持ってきた。
「ほら、これ店員用のエプロンと三角巾だから。若いお兄ちゃんとお姉ちゃんで、仲良くつけておくれよ」
パン屋のおばちゃんが差し出したのは、清潔感のある白い布で作られた可愛いフリル付きのエプロンと、小さな三角巾であった。
――そして、ここから悲劇の幕が上がることになる。
数分後。
お店のバックヤード。
ライルが自分の服の上から普通にエプロンを装着し、「よし、これで準備完了だな」と振り返った瞬間、そこに立っていたのは、ライルの正気を一瞬で蒸発させる驚愕の姿であった。
「…………なっ!?」
そこには、完璧に隙のない神銀のフルプレートアーマーをフル装備したまま、その上から無理やりピッチピチの白いフリル付きエプロンを引っ掛け、さらに頭の兜の上に申し訳程度に小さな三角巾をちょこんと乗せたシルヴィアの姿があった。
「ちょっ……! シルヴィア、なんだその格好は!!」
ライルはあまりのシュールさと治安の悪さに、思わず素っ頓狂な声を上げて絶叫した。
「どうしたのですかライル殿。店主から支給された『労働者偽装用カモフラージュ・クロス』を、指示通り我が身に纏いましたが……?」
「どこがカモフラージュだ!! フリルの隙間から金属鎧が見えてるだろ! 三角巾も兜の上から乗せたらただの変質者みたいになってるぞ!! いますぐその金属鎧を脱げ!」
しかし、シルヴィアは顔を真っ青にして、ブンブンと激しく首を横に振った。
ライルが呆然とするのも構わず、彼女は真剣な眼差しで胸を張った。
「何を仰いますかライル殿! 私がこの重装甲を脱ぐなど、敵陣の真ん中で丸裸で突撃するようなもの……! いえ、我が君の労働を支える聖戦において、この鉄の防壁を外すことは死を意味します! この『鎧エプロン・スタイル』こそが、私の導き出した最適解です!」
「最適解どころか、この街の治安を最悪の形で脅かしてるだろ!! お願いだから普通の服を着てくれ……!」
「なりませぬ! このままの姿で、全霊をもって接客任務を完遂してみせます!」
ライルが必死に説得しようとするも、シルヴィアの鉄の意志(と謎の使命感)は微動だにしなかった。
そうこうしているうちに、お店の開店時間となり、外から「おや、今日は開いてるのかい?」と、何人かの一般客が足音を響かせてやってきてしまった。
* * *
店頭のカウンター。
パンが綺麗に並べられたショーケースの前に、ライルとシルヴィアが並んで立つことになった。
ライルは青い顔をしながら、「い、いらっしゃいませ……! 本日は焼きたてのパンが揃ってますよ……」と、必死に作り笑顔でお客さんを迎え入れる。
その隣で、全身の神銀鎧の上にフリルエプロンを重ね着し、兜の上に三角巾を乗せた銀髪の騎士団長・シルヴィアが、冷徹な殺気を隠しきれない目でじっと来店客を見据えていた。
「あ、ら、お隣の若いお兄ちゃん、今日は手伝いかい? ……って、うわっ、隣のお姉さん、すっごい眼光だねぇ……!」
最初にやってきた近所のおばちゃん(常連客)が、恐る恐るショーケースの前に歩み寄り、焼きたてのメロンパンを指さした。
「じゃあ、このメロンパンを一つもらえるかい?」
――その瞬間。
シルヴィアの身体が、戦闘態勢のそれにピタリと切り替わった。
ガシャァァァン!! と、エプロンの下からうかがえる神銀の鎧が怒濤の金属音を鳴らし、彼女は一歩前に踏み出した。
「…………っ!!」
「ひっ!?」
常連のおばちゃんは、目の前にそびえ立つ「鎧エプロン姿の鬼神」から放たれた尋常ならざる殺気に、心臓が止まりかけたかのようにその場で固まった。
シルヴィアは真剣な面持ちでバイザーの隙間からおばちゃんを睨みつけ、低く這うような、地獄の底から響くような声で言い放った。
「い、いらっしゃいませ……! その『メロンパン』を購入するということは、我が君(ライル殿)の労働に対する、貴女の絶対的な忠誠の証ですね……?」
「ち、忠誠……? いや、ただお腹が空いたから食べるだけで……」
おばちゃんが冷や汗をダラダラ流しながら後ずさりすると、シルヴィアはさらに一歩詰め寄り、背中の国家予算級の大剣の柄にそっと手をかけた。
「ふっ……甘いですね! もしそのパンに、我が君の命を狙う悪逆非道な毒が仕込まれていたらどうするのですか……! 危険です! そのパンに毒が入っていないか、今すぐこの私の聖剣で、分子レベルまで全品検分(真っ二つに切断)して差し上げます……!!」
「殺されるぅぅぅぅ——————ッ!!!」
常連のおばちゃんは、あまりの恐怖と圧倒的な死の気配に絶叫し、財布を放り出したまま、音速のスピードで店から逃げ出してしまった。
「あ、待ってくださいお客様! 毒はありません! 全部安全な小麦粉と砂糖で作られてますから! 大剣を抜くな!! 切るな!!」
ライルは血の気が引く思いで必死に叫びながら、シルヴィアの鎧の腕を力づくで引っ張って制止した。
しかし、シルヴィアの暴走(テロ行為)は、これで終わらなかった。
その直後にやってきた別の男性客に向かって、シルヴィアは満面の(しかし目が全く笑っていない)恐怖の笑顔を向けながら言い放った。
「そこのあなた! 当店のパンを一つ残らず買い占めなさい! さもなくば、我が君の慈悲深き労働を軽んじた大罪人として、この街ごと炭と化します……! さあ、どれを買うのですか、選びなさい……!」
「ひ、ひぇぇぇぇ——っ! 泥棒だ! いや、テロリストだーーーっ!!」
男性客も一目散に逃げ出し、その噂は瞬く間に街中に広がり、わずか数分でパン屋の周囲には「絶対に近寄ってはいけない最危険地帯」という謎の結界が完成してしまった。
結果として、パン屋の売上はゼロどころか、通行人が誰も店の前を通らなくなるという、歴史的な大惨事(営業停止の危機)を引き起こすことになったのだった。
* * *
数分後。
完全にシャッターを半分下ろしたパン屋の片隅。
ライルはカウンターに突っ伏し、遠い目をして盛大に深い溜息をついていた。
「はぁ……はぁ……。もうダメだ、俺の人生終わった……。おばちゃん、本当に申し訳ありませんでした……これ、今日のパン、全部俺が買い取りますから……!」
ライルが青ざめながら財布を取り出し、ガタガタ震えるパン屋のおばちゃんに全財産を叩きつけるように渡す。おばちゃんは魂の抜けた顔で「あ、ああ……お金はいいから、もうあの恐ろしいお姉さんをうちから連れて行ってくれ……」と、涙目で手を振った。
その横で、シルヴィアは神銀のフルプレートアーマーの上にフリルエプロンを引っ掛けたまま、なぜかどこか誇らしげに胸を張っていた。
「……ライル殿。お疲れ様でした。これで我が君を脅かす不審な客をすべて排除し、完璧な防衛ラインを構築することに成功しました。今日の私たちの労働は、歴史に刻まれる大勝利です」
「大勝利じゃねぇよ!! 売り上げが完全にゼロどころか、お客さんが全員トラウマで失禁しかけてただろ!! 接客じゃなくて完全にテロ活動だったぞ!!」
ライルが絶叫しながらツッコミを入れると、シルヴィアは少しだけ首をかしげ、しかしふと、トボトボと歩き出すライルの背中を見つめ、どこか申し訳なさそうに眉をひそめた。
「……ですが、その……我が君のお手伝いをするはずが、結果としてご迷惑をおかけてしてしまったことについては……深く、反省いたします」
シルヴィアが珍しくしおらしく謝罪すると、その銀髪が夕日に照らされて、きらきらと切なく揺らめいた。
その素直すぎる横顔を見たライルは、さっきまでの絶望と胃痛が嘘のようにスッと軽くなり、思わずふっと苦笑を漏らしてしまうのだった。
「……まぁ、悪気があってやったわけじゃないのは分かってるさ。次からは、大剣を持って接客するのは絶対に禁止な。約束できるか?」
「はっ! 次回からは、大剣ではなく、より実戦的な小型ナイフでの検分に切り替えます!」
「そういう問題じゃねぇよ!!!!」
夕暮れのパン屋の小道。
大量のメロンパンとフランスパンを抱えた不憫な次男の絶叫と、その後ろを意気揚々とついていく最強の騎士団長の足音が、今日も今日とて賑やかに響き渡るのであった。
後書き
最後までお読みいただきありがとうございます!
第11話、「王国最強の騎士団長、はじめての接客に挑む」いかがでしたでしょうか。
今回は、最強の騎士団長がフルアーマーの上にフリルエプロンを装着し、パン屋の接客(という名の脅迫テロ)を引き起こす爆笑お仕事回をお届けしました! 治安の悪すぎるコーディネートと、お客さんを片端からビビらせるシルヴィア、そして必死に謝罪して買い取るライルの不憫さを楽しんでいただけたなら幸いです。
次回も、予測不能な勘違いとクスッと笑えるドタバタが待ち受けています!




