第2ラウンド:愛の鞭と神の裁き
翌朝、宿屋の安酒で少し頭が重かったが、俺は表へ出た。
ボストン・ストロングボーイの朝は早い。まずはロードワークだ。
「……なんだ、ありゃあ?」
宿の前の広場に、昨日俺がのしたガキの仲間か、あるいは野次馬か。
村の若者たちが十数人、一列に並んで俺を待っていやがった。しかも、全員が昨日俺が見せた『ベアナックル・ポーズ』のつもりらしい、妙に腰の引けた構えで。
「おはようございます、サリバン師匠! 稽古をお願いします!」
「……おい、誰が師匠だ。俺はジョン・L・サリバンだ。……まぁいい。やる気があるなら、まずは基本の『左』を教えてやる」
俺は列の先頭にいた、体格だけはいい若者の前に立った。
「いいか、左手は突き出すんじゃねえ。最短距離で『置く』んだ。肩の力を抜け。愛の鞭を振るうようにな」
俺は手本を見せた。
シュッ、と空気を切る音。
ボクシングを知らねえ奴にゃ、俺の手が見えねえはずだ。
「……は、速い! 師匠、今の魔法はなんという属性ですか!?」
「魔法じゃねえ、ジャブだ。ほら、やってみろ」
若者が、必死に俺の真似をして拳を繰り出す。
だが、案の定、腰が入ってねえ。俺はそいつの背中に回り込み、腰をグイと押した。
「もっと足首を返せ。大地から吸い上げた力を、拳の先に収束させるんだ。……よし、今だ、打て!」
ドガォォォン!!
若者の放った不器用な突きが、たまたま村を襲いに来たオークの顔面に当たった。
……いや、当たったんじゃねえ。貫通した。
「……あ、あれ?」
若者が呆然としている。
殴られた緑色の豚みたいなモンスターは顔面が陥没し、痙攣して、イビキまでかいている。
「……。おい、今の見たか? 師匠の教え通り『大地の魔力』を拳に集めたら、オークが一撃で……!」
「これが伝説の『アイのムチ』……! 恐ろしすぎる暗殺術だ!」
「……いや、今のはただのリードジャブで……あと名前が違う」
俺の訂正は、熱狂する若者たちの耳には届いちゃいねえ。
彼らは一斉に、「アイのムチ!」「アイのムチ!」と叫びながら、虚空に向かって必殺の拳を叩き込み始めた。
「よし、次は『右』だ。これは『神の裁き』だと思って打て!」
俺がそう言った瞬間、村人たちの目がカッと見開かれた。
「右」は神の裁き……要するに、当たれば死ぬって意味で言ったんだが。
「な、なるほど……! 右拳は神に捧げる最終奥義……! 一度放てば、魂ごと消滅させる禁忌の技……!」
「………まぁ、威力が高いのは確かだし、いいか」
昼前には、村の広場は地獄の訓練場と化していた。
老婆が洗濯物を「フック」の回転で絞り、子供たちが「ダッキング」でゼリーみたいなモンスターの突進をかわしている。
俺はそれを見ながら、村で一番強い酒を煽った。
……おかしい。俺はただ、紳士のスポーツを普及させたいだけなんだが。
「師匠! この『アイのムチ』という暗殺術を極めれば、魔王軍の幹部も一撃ですか!?」
「……。ああ、そうだな。しっかり練習しろよ(適当)」
俺は空になったグラスを置き、遠くの空を見上げた。
どうやらこの世界の連中にゃ、「手加減」という言葉を教える方が先らしい。
だが、こいつらの「右」が完成した時、一体何が起きるのか。
俺は少しだけ、ワクワクしてきやがったぜ。




