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小物貴族が性に合うようです  作者: スパ郎


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141/143

141話 どちらが残る!?

 ――王立魔法学園オルカ視点


 ドナドナ~。


 木の柵で囲われて、見世物小屋に入ったような状態で、馬車にゆっくりと引かれて行く。

 柵の下についている車輪の出来が悪いのか、それとも街道が整備されていないのか、揺れが激しくて尻が痛む。


 過ぎ行く街の景色が絶妙に楽しめないくらいの揺れだった。


「オルカ君、あなたのしでかしたことは重罪です。王立魔法学園の権威を利用し、市民に害を成すとは。学園が最も厳しく罰を与える行いですよ! ぷんぷん!」

「……そうっすね」

「あれ? 意外と自分の行く末を受け入れている感じですか? せっかく教師らしく説教をしてあげようと思っていましたのに、残念がっくりてんてろりん」


 残念そうに、運び屋先生がそう言った。運び屋先生、こんな人だったのか……。

 本当にガッカリそうにしている。そうしているのは、普段特殊な立場にあるが故。運び屋先生は、あまり生徒を指導する立場にない。無能という訳ではなく、むしろその正反対。


 神をも運ぶことが可能な転移スキルは国からも重宝されており、臨時の仕事を頼まれる機会が非常に多い。それ故に、正式な王立魔法学園の教師にも関わらず、彼女は学園にいる時間が極端に短い。


 生徒指導のような雑務はハズレくじの王として知られるカイネル先生に任されて、彼女は日ごろ教師らしいことをする機会が乏しいのだ。久々のチャンス到来かと思いきや、こちらが随分と想定していた様子と違って戸惑っているらしい。すまないな、のってやれる気分じゃないんだ。


「どうせ退学ですから。昨日までは、死ぬほどあがいてやろうと思っていましたが……今はどうでもいいかな」

「およ? オルカ君、愚かな行動をした人物とは思えない程達観していますね。……どうやら成長の機会に恵まれたようです。グラン学長も言っていました。あなた達くらいの年齢では、一日でまるで別人のように成長することがあると。ぐんぐんぐーい」


 成長か……。そうなのかもしれない。少なくとも、確かに俺は変わったと思う。

 それも、先生の言う通りほんの一日で。


「あれを見たらね。もう自分が必死にしがみついていたものが、全く価値あるものと思えなくなってしまって……」

「あれですか。凄かったですよね。カナタ様とソリオン神の戦い。我らの神カナタ様が、あれ程までに強いとは。そして神々の力があそこまで高いレベルとは! ぶんぶんぶん!」


 そっちも確かに凄かった。

 けれど、俺の胸を打ったのはそちらではない。もっと目に焼き付くシーンが確かにあったのだ。一生忘れないだろう景色。


「違いますよ。俺はあの方のために生きると決めたのです」

「違う? あの方って誰の事? まさか女帝ユニア!? オルカ君、流石にそれはまずいですよ! チクりますよ!」

「違うっての!」


 言うか悩んだ。

 けれど、とんでもない誤解をされ始めたせいで罪が重くなってしまいそうだ。ただの退学から、反逆罪になりかねない。


 恥ずかしかったが、素直になることにした。


「俺が尽くすと決めたのは……ハチ・ワレンジャール。いや、ハチ・ワレンジャール様だ」

「……あれれ? それはまた変なことを。彼はあなたをこんな事態にした張本人じゃないですか。ここは小物らしく、キィーと歯ぎしりして逆恨みするべきでは? ねえ、やってみ下さいよ。生で見てみたいので」

「誰が小物か! ……いや、そうかもしれない。小物だな、俺は」

「全く、聞いていた話と全然違いますね。ほんとうに変わっちゃったみたい。縮こまって、小さくなっちゃって」


 ドナドナされながら、自分はもうハチ・ワレンジャールのことを恨んでいないと確かに気づけた。そして、自分が小物だという自覚も出来るようになった。けれど、ただの小物として終わるつもりはない。俺にはやらねばならない大仕事が出来たのだから。小物だろうと、何か大きなことを成すことは可能なのだ。


「ソリオンが『カナタの聖圏』に与えた衝撃で牢が壊れたんです。なんという好機かと思い逃げ出そうとしたのですが、その時に見ちゃったんです。あの方の活躍を」


 女帝を倒し、建国の神に立ち向かう姿を。彼を守るように布陣するのは、王国最強の兵士たち。美しい街を守るその姿は、まるで未来の王を見ているようだった。外敵から国民を守るべく、敵に立ちはだかる雄姿。彼を守る兵たちの勇ましい姿。全てが物語の一片のようであり、叙事詩の途中かのように感じられた。

 しかし、この物語は未完成の様で、ピースが足りていない。


「その時俺は思った。今ここで、こうしてあの方と出会ったのは何も不運なんかじゃなかったのだと。むしろ、ずっとこの時を待ってすらいた気がする」

「ちょっと……格好良いです。なんか目の色が変わって、キラキラしていますよオルカ君! 良い感じですよ!」


 自分でもなんとなくそう思っていた。

 今までのつまらない執着はなんだったのかと。権力? お金? モテモテ?

 なんじゃそりゃって感じだ。


 今感じている高揚感、満足感に比べると、なんと小さなものか。ほとんど不要と言ってもいい。

 自分の役割をようやく思い出したような感覚。


「俺は、吟遊詩人にでもなろうと思っています」

「ええ……。食べていけます? それ。キツソー」

「食べて行けるかどうかなんて関係ない! 俺はあの方の伝説を、今この時から語り継ぐと決めたのだ! 遅刻にも程がある。人生遠回りしてしまった。けれど、今ならまだ間に合う。あのお方の伝説を、今ならなんとか後世に残す事が可能なのだ!」


 そうなのだ。あの方はどうせ自分では語らないのだろう。

 こんな港町へやって来て、ただの荷運びに混ざって働くようなお方だ。今にして思えば、あれはまず味方を騙し、敵の目を欺くための行動。


 駆け付けた刺客であるアルノー・ブレザック元将軍でさえ、その王者の輝きで配下に変えてしまった。

 生まれ持ったものが……違い過ぎる。ハチ・ワレンジャールは間違いなく王国の新時代を築くお方。その強大な器のほんの一部を垣間見ただけで、俺の心は完全に魅了されてしまった。


 こんな偉大な光を、後世の人々にも伝えたい。


「それが俺に託された使命なのだと、ようやく気が付いた。随分と遠回りをしてしまった気がする……」

「遠回りってあなたまだ12歳でしょう? めっちゃ近道ですよ。最短くらい」

「ええい! さっきから水を差して来る煩い人だ! 俺はもう退学になるのだから、あまり教師面しないでくれ! 今はこの素敵な気持ちに浸っていたいんだ! そろそろ静かにしてくれ!」

「そうは言いますが、吟遊詩人ってね……。ちょっと浪漫的すぎて、逆に引くやつですよ? あのー、退学処分は間違いないですが、私の知り合いに出版関係の人いますけど、どうします?」

「ええっ!?」

「そりゃ王立魔法学園の先生ですから。お国から重要な仕事沢山任されてますから~。そのくらいの人脈はありますよ~。結構凄いんですよ~」


 それもそうかと納得してしまった。運び屋先生は大臣や、王族からも仕事を頼まれることがある。その程度の人脈、あって当然といえよう。


 ごくり、と唾を飲んでしまった。自分の欲求に正直な体だなと思う。先生の人脈に縋ろうとしている自分がいた。


「今ごくりって音がしましたよ? 失礼な発言をした後に、私がとんでもないチャンスを握っていることに気づいて、やっちまった!? って感じですか? ぷぷっ」


 ……その通りだが、言葉にして説明されると凄くむかむかする。なんでだろう? 未だかつてない程に、運び屋先生に凄く腹が立つ!


「まあまあそう呼吸を荒立てないで。鼻息が荒いとモテませんよ。あなたは多分というか、確実に退学処分ですし、他にも何か罰を与えられるでしょう」

「他にも!?」

「それはそうです。王立魔法学園の権威を損ねたのですからね。グラン学長の本当の恐ろしさを見られますよ~。尻叩きとかあるかも」


 ごくり。また喉が鳴った。


「今ごくりって音がしましたよ? 尻叩きはあまりに想定外――」

「もういい!」

 何回やるんだそれ。


「まあ、でも、私もこれで一応王立魔法学園の教師です。若者の芽を摘むようなことはしたくありません。もしあなたがグラン学長の罰を受け入れ、罪を償い終わったら、またこの話をしましょう」

「……本当ですか!?」

「ええ、本当ですよ。私、運び屋の仕事柄、約束は絶対に守ると決めていますので。書類にサインして貰うまで~全力お仕事~それがモット~」


 5分くらいで夢が変わりました。吟遊詩人やめます。

 本を書こう。

 でも、後世に伝える内容は変わらない。形が変わるだけ。


 そうだ。俺はやはりあのお方について記して行くのだ。想像するだけで、手が自動で動き出しそうだった。脳が興奮して、自分を抑えきれない。今すぐにドナドナされているこの柵を壊して、自分の使命を全うしたい。でも、耐えろ。訪れた機会を、見えた自分の道を、こんどこそ台無しにしてはならない。


「決意の固まった表情をしていますね。その表情は、なんど見ても良いものですね。ハチ君も、入学試験の時にその表情を見せていましたよ」

「ハチ様が!?」

「ええ、彼の試験は随分とトラブル続きだったので、よーく覚えていますとも」

「聞かせて下さい! 俺には、あのお方の全てを知る義務がある!」

「後世に語り継ぐんだもんね。今思えば、確かにあの子は最初から周りと全然違いましたね。まあ言うほど、そんなに知らないんですけどね」


 それでもいい。俺の知らないことを少しでも知っているなら、その全てを授けて欲しい。一歩一歩、着実に知って行く。そうだ、いずれはあの方の故郷へも行こう。きっとそこには、俺の想像もつかない程の偉業の数々が遺されているに違いないのだから。



 ――ミリア・クルスカ視点



「ハチ・ワレンジャール氏は既に港を去ったようです」

「……そうですか。ありがとうございます」


 付き添い役兼護衛からの報告に、なんとなくそうじゃないかって思っていた。

 あの方とはとことん縁がない。


 思えば、初めからそうだった。

 あの方はずっと私のことなど見ていなかったのだ。クラウス・ヘンダーに見初められようとも、ギヨム・クリマージュに愛を誓われても、その他大勢の有象無象の貴族たちにどれほどの恋慕を抱かれても、心の渇きは満たされない。


 ハチ様だけが私の心を潤せるというのに、なぜかあの方だけが手に入らない。

 実家から送られてくる使いきれない程の資金。あれも思えば、元を辿ればハチ様が与えてくださったもの。


 城では毎日の様に食べ切れない程の豪勢な食事を与えられ、王子を始めとした人々からの金銀財宝の贈り物も止まらない。

 今や王子の婚約者として国王からも認められ、膨大な名誉も得た。


 でも、それら全部ハチ様が与えてくださったものだ。あの方の隣に立つために権力を求め、あの方に相応しい人物になろうと死ぬ気で努力もした。

 なのに……ハチ様意外の全てを手にし、ハチ様だけがこの手からすり抜けた。


 不思議なものだ。

 何も欲しがっていなかった頃の方が、今よりもずっと幸せだった気がする。植物に囲まれていたあの日々は暖かで、確かな幸福がそこにはあった。


 兄様と家族と、クルスカの暖かさだけがあれば良かったのに……。あなたと出会わなければこんなことには。


 彼の目には、私のような小さき存在は映らない。

 またも一人、神と戦うために戦場に立った。私は逃げまどい、彼は残る。いつもそうだ。ようやく歩けるようになったのに、私はまた逃げることを選んでしまった。……変わったつもりでいて、何も変わっていない。


 ふっ。と失笑が漏れた。

 こんな状態で、あの方に見て貰えるはずもないのだとようやく気付けた。


「……ところであの方の行く先は、わかりますか?」

「おそらく故郷へと足を運んだものかと……。たしか『路銀を貰ってようやくノエルの元に帰れる!』と嬉しそうに口にしていたと聞きました」


 ノエル・ローズマル。

 好敵手にして、最強のラスボス……私を叩き潰した女。

 あの女がいなければ、ハチ様は私のものだったかもしれない。


 けれど、そんなことを考えても仕方ないわね。そんな世界線なんてあり得ないことなのだから。

 運命とは複雑怪奇。初めから、私はあの女のライバルですらなかったのかもしれない。手に届かない現実が、心を冷やしていく。


 少しだけ……愛情が憎しみに変わっていく感じがする。ゾクゾク、ドクドクと。

 自分の中でまた醜い感情が暴れている。


 リハビリを重ねて体は多少逞しくなり、それに連れて健康具合も良くなってきたというのに、このどす黒い感情に轢きずられてまた体調が崩れてしまいそうだ。


 その証拠に、足元が少し覚束ない。支えを欲しいと思うのも久々だった。


 今度は、この憎しみを糧に生きられたらどれほど良かっただろうか? ハチ様への想いを断ち切り、新しい生きがいが手に入ったらと……。


 けれど、一度愛した人を憎しみきることは、私には出来なかった。

 どうしても、出来そうにない。


 やはりまだあの方が欲しいのだ。どうしようもない程に。渇きが止まらない。


 皆、薄々気付き始めている。あの方が偉大な人物になるのだと。

 噂では、女帝ユニアに求婚を受けたらしい。

 皆は驚いていたが、何も不思議なことはない。ハチ様の格を考えれば、当然とも言えるお誘いだ。


 ……いけない。これは良くない流れだ。


 私はノエル・ローズマルに負けた。けれど、これ以上ハチ様が遠い存在になってはならない。

 あの方の魅力に世界中が気づくことなど、あってはならないのだ。皆が英雄の真実を知れば、もう私は二度と近づくことさえ出来ない程、高みに行ってしまわれることだろう。


 せめて影からひっそりと見守っていたい。そのくらいの贅沢くらい、私にも許されるはずです。


 ……ごめんなさい、ハチ様。

 私はまたも自分の都合を優先致します。


 あなたの名誉をこれ以上高めさせはしない。あなたには、偽りの姿、『小物』として名を残して貰います。


 王都に帰ろう。

 ギヨム・クリマージュとの結婚を受諾する。


 私は王族に正式に加わり、権力を得る。まずは出版社を掌握しよう。

 ハチ様をこき下ろすのだ。せめてもの復讐。そして独占のため。


 あなたを英雄にはさせない。私が傍で見守り続けられるように。

 ……そうだ、これはいい案だ。


 もしもこの影響が強くなり、ノエル・ローズマルがハチ様を見限りでもしたら、今度こそあの方は私の者に。なんというアイデアか。私にはまだまだやるべきことがあるようです。


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― 新着の感想 ―
物語の終わりが近いのかなと思ってたんだけど違ったかな
これが遠い未来にとある二大宗教の間で勃発する人類の存亡を掛けた全面戦争の火種になるなどと、誰が予想できようか。
未来の世界で、唯一、彼のことを良く書く書籍がある...とか語られそうな勢い。
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