第3話 私物でございます
その三日のあいだに、わたくしは束を数え直しました。
旅で紙の順が乱れることがございます。乱れたまま置きますと、次に開いたときに直せません。百八十六枚を一枚ずつ確かめて、二枚だけ入れ替わっておりました。三十一枚目と三十二枚目でございます。
直してから、母の部屋の隣の小さな机に置きました。実家に、わたくしの机はございません。十年、この家では寝るだけでございましたので。
母が椅子を一つ運んでくださいました。運んでから、何も仰らずに出ていかれました。
朝はやくに目が覚めます。書庫の掛け金を上げに行く刻でございます。行く先がないと気づくまでに、三日とも同じだけかかりました。
◇
三日後の朝に、ハーヴィーが参りました。
この方が朝にお見えになるのは、日のあるうちに片づけたい用があるときでございます。玄関の外で待つおつもりでしたが、母が中へお通ししました。
「お嬢様。奥様のお指図で参りました」
「伺っております」
「書庫の目録を、公爵家へお納めいただきたく」
ハーヴィーは帳面を一冊持っておりました。表に「什器」と書いてございます。
「そちらは」
「屋敷の備品台帳でございます」
「わたくしの束は、載っておりますか」
ハーヴィーはめくりませんでした。答えを先にご存じだからでございます。
「載っておりません」
「では」
「載っていないものが備品でないとは限りません」
この方の申されることは、いつも筋が通っております。筋が通っておりますので、こちらも筋で返すほかございません。
◇
「ハーヴィー」
「はい」
「備品と申しますのは、家の金で買った物のことでございましょうか」
「おおむね、そうなります」
「では、紙はどちらの金で買ったものでしょう」
ハーヴィーは少しだけ間を置かれました。
「……存じません」
「もう一つ伺います。書かれた場所は、備品かどうかに関わりますか」
「関わらぬとは申せません」
「では、そちらもお答えいたします。下書きは書庫で取りました。清書は、こちらの家で夜に書いております」
「……なぜ、わざわざ」
「書庫は暗うございます。日が落ちますと、燭台を二本立てても字が滲みます。滲んだ字は、十年経つと読めません」
ハーヴィーは、その説明を黙って聞いておられました。
「それに、公爵家の蝋燭をわたくしの仕事に使う筋がございません」
「……仕事」
「はい」
◇
母が入ってまいりました。手に帳面を持っております。ウェイクフィールドの出納帳でございます。表紙の端に、紙が十枚ほど挟んでございました。挟んであるのは目印でございます。挟んだのはわたくしではございません。
母は帳面を卓に置いて、それから下がりました。何も申しません。
わたくしは目印のところを順に開きました。
「一年目でございます。ハイベリーの紙屋。中判の紙、百五十枚。銀貨で二枚と、銅貨で六枚」
「……」
「二年目でございます。同じ紙屋。百二十枚。銀貨で一枚と、銅貨で十四枚」
ハーヴィーは、卓の上の数字をご覧になっておりました。
「三年目からは年に二度ずつ買っております。春と秋でございます。秋のほうが多うございますのは、冬に手が悴んで書き損じるからでございます」
「お嬢様」
「はい」
「十年ぶん、ございますか」
「二十一件ございます。紙が二十件、インクが十七件。合わせて三十七件でございます。全て請取が付いてございます」
ハーヴィーは目印の紙を一枚だけお取りになりました。それをご覧になって、また戻されました。
「請取の宛名は」
「ラヴィニア・ウェイクフィールド、でございます」
目印の紙は、母のものでございました。母の手は、紙の端を三角に折ります。わたくしは折りません。
いつから挟んであったのかは、伺っておりません。伺いますと、母が答えなければならなくなります。
◇
ハーヴィーはしばらく黙っておられました。
この方が黙りますのは、数が合わないときだけでございます。いまは数が合ってしまったので黙っておられます。
「巻末も、ご覧になりますか」
「拝見いたします」
わたくしは束を持って参りました。最後の一枚をお見せしました。
——右、ラヴィニア・ウェイクフィールドが控え候。
その下に日付が十行。
「これは、いつからお書きに」
「一年目の暮れからでございます」
「なぜ、書こうと」
「書庫番が代わりましたので」
ハーヴィーは顔をお上げになりました。
「一年目の冬に、前の書庫番が暇を取りました。その方が置いていかれた覚え書きに、名がございませんでした。誰が書いたものか分かりませんので、半分は捨てるほかございませんでした」
「……」
「捨てるときに思いました。名のない紙は、書いた者ごと消えるのだと」
ハーヴィーは、束の巻末をもう一度ご覧になりました。それから静かに閉じられました。
「お嬢様。わたくしは、これをお持ち帰りできません」
「はい」
「持ち帰りますと、盗みになります」
「はい」
「奥様には、そのように申し上げます」
「お手数をおかけいたします」
「お嬢様」
「はい」
「差し出がましいことを伺います。……お怒りでは、ないのでございますか」
「怒っておりません」
「さようでございますか」
「怒りますと、数が合わなくなります」
ハーヴィーは、その答えをしばらく考えておられました。考えてから、もう一度腰を折られました。
◇
ハーヴィーは玄関でお帰りの支度をなさいました。外套の釦を上から順に留められます。この方はいつも上から順に留められます。
二つ目を留めたところで、手をお止めになりました。
「昨日、わたくしが書庫へ入りました」
「はい」
「三代前の婚礼の系図を探しました」
「五の棚の、第四十項でございます」
「……見つかりませんでした」
「棚には、ございます」
「ええ。棚にはあるのでしょう」
ハーヴィーは三つ目の釦を留められました。
「棚にはあるのでしょうが、どれがそれなのか、わたくしには分かりませんでした。箱は四十七ございます。中は、どれも同じ紙でございました」
箱の四十七という数は合っております。五の棚には四十七の箱がございます。うち系図が入っておりますのは十一。あとは領内の届け出と、古い書簡でございます。
「箱には、札が下がっているはずでございます」
「下がっておりました。ですが、札の字が読めませんでした」
「古い札は、墨が飛びます」
「……お嬢様は、あれをどうやって」
「札は見ておりません。並びで数えております」
ハーヴィーは、そこで初めてわたくしの顔をご覧になりました。長くお仕えの方でございますが、こうしてまともに見られたのは初めてでございました。
◇
「お嬢様。一つ、お耳に入れておきます」
「はい」
「王室の系譜寮より、照会が参ります」
わたくしはその言葉の意味をすぐには取りかねました。
「照会と申しますと」
「十年に一度、家々の系図を寮に納めます。今年がその年でございました」
「存じませんでした」
「ご存じないはずでございます。前の年は、お嬢様が来られる前でございましたので」
ハーヴィーは四つ目の釦を留められました。
「奥様が目録を急がれた理由でございます」
(目録より)第三棚 第九項 紙の請取 三十七通。十年分。
出納帳に挟んでございました目印の紙は、端が三角に折ってございました。わたくしは折りません。折る方は、この家に一人だけでございます。いつから挟んであったのかは伺っておりません。伺いますと、母がお答えにならなければなりませんので。次回、王室系譜寮の記録官がお見えになります。この方は、わたくしを一度も「お嬢様」とお呼びになりません。――ブックマークと評価をいただけますと、紙の請取が三十八通目になります。次の十年ぶんが買えます。




