表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約解消いたします。書庫の目録はわたくしの私物ですので、持って参ります  作者: 卯月まゆ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/15

第2話 四千三百十八

 翌日の昼過ぎに、ウィンズロウ公爵夫人がお見えになりました。


 実家の応接間は狭うございます。夫人がお掛けになると、部屋の広さがそのぶん減ったように見えました。母は茶を運んで、それから下がりました。母は昔から必要のない場に留まりません。


「ラヴィニアさん」


「はい」


「昨日のお話を、家令から伺いましたわ」


 夫人は手袋をお取りになりませんでした。長居をなさるおつもりがないという意味でございます。


「書庫の控えを持ち出されたそうですね」


「持って参りました」


「お見せいただけて」


 わたくしは隣の部屋から束を持って参りました。麻紐は昨夜のうちに結び直してございます。旅で緩みましたので。


 卓の上に置くと、夫人は指の先で表紙をお開けになりました。表紙と申しましても、ただの厚紙でございます。


    ◇


 一枚目には、こう書いてございます。


 ——第一棚 第一項 初代覚書 一葉。


 ウィンズロウ公爵家の書庫は、三百年前に初代の公爵様がお建てになりました。建てたときに初代ご自身が一枚の覚書をお書きになっております。書庫の第一棚の第一項は、その一枚でございます。


「これは」


「目録の並びは棚の並びと同じでございます。ですから一枚目は、必ず第一棚の第一項になります」


「中身は写していないのね」


「表題と、日付と、棚の番号だけでございます。中身まで写しますと、写しが原本と同じ厚みになります」


 夫人は次の紙をお繰りになりました。それから、また次を。


 三枚目のあたりで指がお止まりになりました。


「……この細かい数字は」


「棚の番号でございます。一の一から始まって、九の十二で終わります」


「三の七が、ありません」


 わたくしは頷きました。


「十年前からございません」


「抜かしたということ」


「抜かしてはおりません。空いております」


 夫人はそこを二度お読みになりました。それから先へお進みになりました。


    ◇


 紙は全部で百八十六枚ございます。


 一枚に二十四項目まで。書けるだけ詰めますと読み違えますので、二十四で切ってございます。二十四かける百八十枚で四千三百二十。最後の六枚は端数でございますから、合わせて四千三百十八項目。


 この数を、わたくしは十年かけて増やしました。


 最初の年に千二百。二年目に八百。三年目からは年に二百から三百ほど。減った年もございます。冬に手が悴んで書けなかった年と、母が寝込んだ年でございます。


    ◇


「ラヴィニアさん。試してもよろしくて」


「どうぞ」


「王家から賜った叙爵の原本は、どこにありますの」


「第一棚の第九項でございます。窓側から二つ目の棚の、上から三段目。右の端から四つ目の箱でございます」


 夫人は、束をご覧になりませんでした。わたくしも見ておりません。


「では、領内の水利の証文は」


「三の棚でございます」


「三の、いくつ」


「一から六までと、八から十一まででございます」


 夫人の指が、卓の上で一度止まりました。


「七は」


「ございません」


 夫人はもう一度、別のものをお挙げになりました。三代前の婚礼の系図でございます。わたくしは五の棚の第四十項と申し上げました。夫人は今度も束をお繰りになりません。お繰りになっても、確かめようがないからでございます。確かめられるのは、書庫に行ける方だけでございます。


「あなた、これを全部覚えているの」


「いいえ」


「では、なぜ」


「覚えておりますのは、並べ方でございます」


 夫人は、その言葉の意味をお取りになりませんでした。無理もございません。並べ方というものは、並べた者にしか形が見えません。


    ◇


 最後の一枚を、夫人はお繰りになりました。


 巻末には一行だけ書いてございます。


 ——右、ラヴィニア・ウェイクフィールドが控え候。


 その下に日付が十行ございます。書き足すたびに日付を足しましたので、十年で十行になりました。


「署名」


「はい」


「なぜ、こんなものを」


「わたくしのものでございますので」


 夫人はしばらくその一行をご覧になっておりました。それから表紙を閉じて、手袋の指で二度、軽くお叩きになりました。


「これは家の備品でしょう」


 声を荒げてはいらっしゃいません。当たり前のことを確かめる声でございました。


「いいえ」


「うちの書庫のことが書いてあるのよ」


「書いてございます」


「でしたら」


「書いてあるものと、書いた紙は別のものでございます」


 夫人はわたくしの顔をご覧になりました。


「屁理屈ですこと」


「はい」


「認めるの」


「屁理屈でございましても、紙は紙でございますので」


「紙代は」


「ウェイクフィールドの帳簿にございます」


「十年分」


「十年分でございます」


 夫人はお立ちになりました。


「ハーヴィーに調べさせます」


「どうぞ」


「あなた、止めないの」


「止める理由がございません」


    ◇


 夫人をお見送りしてから、母が茶器を下げに参りました。


「なにか仰った」


「備品だと」


「そう」


 母はそれだけ申しまして、茶器を持って出ていきました。何もお聞きになりません。この十年、母は一度もお聞きになりませんでした。


 わたくしは束を膝に戻して、麻紐を結び直しました。


 三の七のことを、夫人は二度お読みになりました。二度読む方は、これまでにいらっしゃいませんでした。エドウィン様もハーヴィーも、あの空きに気づかれたことがございません。


 空いている理由を、わたくしは存じております。


 十年前の春に、わたくしは三の棚を数えました。六の次が八でございました。箱が一つ抜けております。


 当時の書庫番に伺いましたところ、旦那様がお持ちになったと申しました。旦那様と申しますのは、先代の公爵様でございます。いつお戻しになるのかと伺いましたら、書庫番は存じませんと申しました。


 わたくしは一度だけ、お伺いを立てる文をお書きしました。お返事はございませんでした。二度目はお書きしておりません。二度目を書くほどの立場に、当時のわたくしはございませんでしたので。


 ですから空けたまま数えております。空けておけば、戻ったときにそこへ入ります。


 存じておりますが、目録には書けません。目録に書けますのは、そこに在るものだけでございます。無いものについて書ける欄が、ございません。

(目録より)第一棚 第一項 初代覚書 一葉。三百年前。


紙は百八十六枚、一枚に二十四項目まで。詰めて書きますと読み違えますので、二十四で切ってございます。二十四かける百八十で四千三百二十、端数の六枚を引いて四千三百十八。この数を十年かけて増やしました。最初の年に千二百、二年目に八百、三年目からは年に二百から三百ほど。減った年は、手が悴んだ年と、母が寝込んだ年でございます。次回、家令が「什器」と表に書いた帳面を持って参ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ