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第7話 静かな朝の後で

 目が覚めたとき、体が鉛になっていた。


 比喩ではなかった。腕を動かそうとして、動いた。ただ、動くまでに時間がかかった。指先から肘まで、順番に確認するようにしないと、全体が言うことを聞かなかった。魔力の暴発がこれほど体に響くとは、転生前には想像もしなかった。あの頃は暴発など、する余地がなかったから。


 天井を見ていた。


 窓から光が入っていた。朝だった。台所から音がしていた。包丁が何かに当たる音と、水の音が交互に来ていた。アレンが朝食を作っている。いつも通りの音だった。


 起き上がろうとした。


 上半身が、半分まで来たところで止まった。止まったというより、そこから先を体が拒否した。腹の奥から重さが来て、動く気をなくさせた。


 私は半分起き上がった姿勢のまま、しばらくそのままでいた。



 結局、アレンが呼びに来た。


「起きてるか?」


「起きている」


 声は出た。アレンが戸を開けて入ってきた。私の姿を見て、1秒止まった。半分だけ起き上がって動けなくなっている幼女の図だった。


「……重いか?」


「重くない」


 アレンは何も言わなかった。近づいてきて、背中に手を添えて、残りの半分を起こした。私は振り払おうとしたが、手が追いつかなかった。


「飯にする」


「自分で歩ける」


「そうか」


 アレンは手を離した。私は立ち上がった。壁に手をつかなかった。つかなかったが、2歩目で足元が少しぶれた。アレンの手がすぐそこにあったが、私はそれを無視して3歩目を踏んだ。


 台所まで、自力で歩いた。


 椅子に座った瞬間、体の力が抜けた。座れたから問題はなかった。



 アレンが粥を出した。昨日の残りではなく、今朝炊いたものだった。やわらかく炊いてあった。私は何も言わなかった。アレンも何も言わなかった。


 匙を持った。重かった。持てないほどではなかった。


 食べながら、待っていた。


 昨日のことを聞かれると思っていた。あの気配のこと。魔力が溢れた瞬間のこと。アレンの目と合った、あの一瞬のこと。朝になれば聞いてくる。それが普通だった。普通の人間ならそうする。


 アレンは粥を食べていた。


 窓の外を時々見た。今日の天気を確認しているのか、あるいは何も考えていないのか、外見からはわからなかった。


 聞いてこなかった。


 粥を食べ終えた。アレンが椀を下げた。それだけだった。



 昼前にリーナが来た。


 入ってくるなり、台所にいるアレンに向かって言った。


「昨日のあれ、何だったの?」


 アレンは手元の作業から目を上げなかった。


「さあ」


「さあって……」


 リーナが言い淀んだ。私は部屋の隅の椅子に座っていた。リーナがこちらを見た。私はリーナを見た。


「……ディア、体は平気?」


「平気だ」


「顔色が悪いけど?」


「平気だ」


 リーナは何か言いたそうな顔をしていた。言わなかった。アレンの方へ向き直って、少し声を落とした。


「ねえ、アレン。本当に何も——」


「薬草、棚の上に置いといてくれ」


「……話を変えないでよ」


「棚の上だ」


 リーナは3秒ほど黙ってから、持ってきた籠を棚に向かって歩いていった。


 私はその背中を見ていた。それからアレンを見た。アレンは作業を続けていた。こちらを見なかった。



 午後、リーナが帰った後。


 私は庭に出た。日当たりのいい場所に立って、空を見た。雲がゆっくり動いていた。昨日の空とは違う雲だった。当たり前のことだったが、なぜかそれが目に入った。


 体はまだ重かった。重くないと言い続けていたが、正直に言えば、ここまで歩いてくるのにも少し時間がかかった。庭の端まで行こうとして、途中でやめた。


 やめた理由は、疲れたからではなかった。


 足元の土が少し柔らかくて、幼女の足では踏み込むたびにわずかに沈んだ。それが、なんとなく気に入らなかった。


 家の壁際に戻って、壁に背中をつけた。日が当たって、少し温かかった。


 目を閉じた。


 アレンは今日、ずっと何も聞かなかった。


 明日も、聞かないかもしれない。


 それが何を意味するのか、考え始めて——


「ディア、そこで何してるの?」


 目を開けると、フィルが塀の向こうから顔を出していた。


「……目を閉じていた」


「なんで?」


「疲れたからではない」


「疲れたの?」


 話が通じなかった。フィルはすでに塀を乗り越えようとしていた。私は止めなかった。フィルが着地して、こちらに駆けてきた。


「顔色わるい」


「リーナと同じことを言うな」


「だってほんとにわるいもん。昨日、なんかあった?」


「何もなかった」


「ふうん」


 フィルはそれ以上聞かなかった。私の隣に立って、同じように壁に背中をつけた。フィルの背はまだ私より少し低かった。2人で並んで空を見た。


「雲、でかいね」


「……そうだな」


 しばらく、そのままだった。



 夕方、アレンが庭に出てきた。フィルがすでに帰った後だった。私はまだ壁際にいた。


 アレンが私を見た。


「まだ外にいたのか?」


「……日が当たるから」


 アレンはそれを聞いて、少しの間、私が立っている場所を見た。それから「中で食う方が温かい」と言って、先に家の中に入った。


 私は壁から背中を離した。


 今日1日、アレンは何も聞かなかった。


 聞いてこなかった理由を、私はまだうまく整理できていなかった。ただ——聞かれなかったことで、何かが楽になったのか、あるいは別の何かが重くなったのか、それも、まだわからなかった。


 家の中に入った。


 夕飯の匂いがしていた。温かかった。

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