表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

第6話 魔力暴発

 その日の朝は、何でもない日だった。


 アレンが畑に出ていた。リーナが薬の調合で来ていて、台所の隅で何かを煮ていた。フィルが昼前に現れて「ディア、外で虫とろう」と言った。私は「興味がない」と言った。フィルは「じゃあ見てるだけでもいいじゃん」と言って、私の手を引いた。


 気づいたら外にいた。


 フィルが草の中を這いずっている間、私は少し離れた場所に立って空を見ていた。薄く雲がかかっていた。風はなかった。遠くでアレンが鍬を動かす音が、一定の間隔で聞こえていた。


 男たちが村に入ってきたのは、それから少ししてからだった。



 音で気づいた。


 馬の蹄の音ではなく、重い靴が石を踏む音。複数人。揃っていた。訓練を受けた者の歩き方だった。私は顔を向ける前に、人数を数えていた。6人。先頭の男が白と金の袖章をつけていた。西部の教会系組織の紋章だ。見間違えない。


 フィルが草の中から顔を上げた。「だれ?」と言った。


「フィル」


 私は低く言った。フィルが私を見た。


「家に入れ」


「え、でも虫が——」


「今すぐ」


 フィルは私の声の質が変わったことに気づいたのか、何も言わずに立ち上がった。家の方へ走り始めた。


 男たちが足を止めた。先頭が私を見た。


「そこの子供」


 声が、平坦だった。感情がなかった。


「魔族の子供を匿っていると聞いた。お前がそれか」


 私は男を見た。男も私を見た。


 答える必要はなかった。答えるつもりもなかった。ただ、フィルがまだ走っている。家まであと10歩ある。それまでの時間が必要だった。


「返事をしろ」


 男が1歩踏み出した。残りの5人が後ろで動いた。


 フィルが家の戸口に消えた。


 私は男から視線を外さなかった。


「魔族ではない」


「目を見れば分かる。その色は——」


「人間の子供だ」


 男が何か言おうとした。その瞬間、後ろで別の男が動いた。私の右側に回り込もうとしていた。私は半歩動いた。回り込まれる前に正面を維持した。


 6人。私は幼女だ。魔力はない。手段がない。


 頭の中が冷えていくのを感じた。戦略を立てようとした。時間を稼ぐか、声を上げるか、逃げるか——


 戸口が開いた。


「何の用だ?」


 アレンだった。


 鍬を持ったままだった。顔に表情がなかった。ただ立っていた。それだけだったが、男たちの動きが一瞬止まった。アレンの体格と、全身の古傷と、立ち方が、何かを伝えていた。


 先頭の男が声を作り直した。


「元勇者殿。我々は西部教会連合の調査団です。この地域に魔族の転生体が潜伏しているという情報があり——」


「うちに魔族はいない」


「しかし、その子供の目の色が——」


「珍しい目の子供は、いる」


 男が詰まった。


 私はその隙に2歩下がった。アレンの方へ。アレンの少し前、右斜め。


 男たちが私を見た。アレンを見た。また私を見た。


 先頭の男が口を開きかけた、その瞬間。


 フィルが戸口から飛び出してきた。


「ディア!」


 声が大きかった。男たちが一斉に振り返った。フィルが私に向かって走ってきた。止める間がなかった。フィルが私に抱きついた。


 先頭の男の目が、細くなった。


「……その子供を」


 男が1歩踏み出した。フィルに向かって、手を伸ばした。


 私の中で、何かが、切れた。


 音もなかった。前触れもなかった。ただ、次の瞬間には、体の奥から何かが溢れていた。抑えようとした。できなかった。1200年分の魔力の残滓が、幼女の体には到底収まらない形で、外に出ようとしていた。


 男たちが後退した。先頭の男の顔から血の気が引いた。


 空気が変わった。草が、風もないのに揺れた。


 私はフィルを後ろに押しやりながら、それを抑えようとした。抑えられなかった。体の表面から何かが滲み出るのが、自分でもわかった。


 そのとき、アレンと目が合った。


 一瞬だった。


 アレンの目が、何かを見ていた。私を見ていた。ディアを見ていたのか、それとも別の何かを見ていたのか、その区別が私にはつかなかった。


 アレンが前に出た。


 私の前に立った。男たちとの間に、背中で壁を作った。


「帰れ」


 それだけだった。


 男たちは、動かなかった。動けなかった。アレンが何かをしたわけではなかった。ただ立っていた。鍬を持ったまま。それだけだった。


 先頭の男が、一歩引いた。残りの5人も引いた。誰も何も言わなかった。男たちは向きを変えて、来た道を歩いていった。


 足音が遠くなった。


 消えた。



 アレンが振り返った。


 私を見た。フィルを見た。フィルが私の服を掴んだまま固まっているのを見た。アレンはフィルの頭に手を置いて、一度だけ軽く押さえた。それから家の中に向かって「リーナ、フィルを頼む」と言った。


 リーナが出てきて、フィルの手を取って中に入った。


 私とアレンが、外に残った。


 アレンは私を見た。


 魔力の暴発については、何も言わなかった。


 ただ、視線があった。短かった。


 それから「中に入れ」とだけ言って、先に戸口をくぐった。



 夜、ベッドの中で天板を見ていた。


 部屋が暗かった。アレンもリーナも、もう寝ている時間だった。フィルは昼のうちに親が迎えに来た。


 私は目を開けたまま、考えていた。


 あの一瞬。アレンと目が合った、あの瞬間。


(気づいていないのか)


 気づいていないはずがなかった。あの気配を、アレンが感じ取れないわけがない。魔力感知の鋭さは、勇者の中でも飛び抜けていた。1200年の歴史の中で、私はそれを何度も確認してきた。


(それとも——)


 考えが、途切れた。


 続きが、出てこなかった。


 暗い天板を見ていた。何も動かなかった。どこかで虫が鳴いていた。


 答えは、まだ出なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ