第18話 フィルと最後の午後
フィルが来たのは昼過ぎだった。
いつも通り走ってきた。いつも通り息が切れていた。膝に泥がついていた。「ディア!」と呼んで、私が出ると「なんか変な顔してる」と言った。
「そんなことはない」
「してるよ。ぼくわかるもん」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないもん」
フィルは引かなかった。私は引いた。
「……どこかに座るか」
縁台があった。アレンが以前、外の作業用に置いたものだった。フィルがそこに飛び乗って、隣を手で叩いた。私は座った。
フィルが、喋らなかった。
珍しかった。フィルが隣にいて、何も言わないのは。虫の話でも、友達の話でも、昨日食べたものの話でも、何かを持ち込んでくる子供だった。今日は何もなかった。
日が傾いていた。遠くで誰かが呼ぶ声がした。フィルとは関係のない声だった。フィルは足をぶらぶらさせながら、道の先を見ていた。
しばらくして、フィルが言った。
「ディア、どっか行くの?」
私は前を向いたまま、答えなかった。
フィルも前を向いたままだった。返事を急かさなかった。足がぶらぶらしていた。
「行かないでほしいな」
静かな声だった。フィルらしくない声だった。
私は答えなかった。
答えようとした。言葉を探した。「行かない」は言えなかった。「行く」も言えなかった。どちらも、今の私には嘘になった。
「でも」
フィルが続けた。
「ディアが決めることだから」
足が、止まった。ぶらぶらしていた足が、止まって、また動いた。
私はフィルを見た。フィルは道の先を見ていた。7歳の横顔が、いつもより少し大きく見えた。そう見えただけかもしれなかった。
フィルが縁台から飛び降りた。
「また明日ね」
走り出した。角を曲がる手前で——転んだ。
右膝から地面に当たった。フィルが顔を上げた。泣かなかった。「いたっ」とだけ言って、立ち上がって、また走った。振り返らなかった。
角を曲がって、見えなくなった。
私は縁台に座ったままだった。
フィルが消えた方を見ていた。道の先に何もなかった。風が少し来て、道の端の草が揺れた。
7歳の子供が「ディアが決めることだから」と言った。
1247年生きてきた私に。
おかしな話だった。おかしな話だったが、それがどういうわけか、胸の奥の何かに触れた。触れて、そのまま引っかかっていた。
(また明日ね、と言った)
また明日、という言葉の重さを、フィルは知っているのか知らないのか。知らないだろうと思った。知らないままそう言える7歳が、今の私には——
考えが止まった。
日が傾いていた。アレンが畑から戻ってくる時間が近かった。私は縁台から立ち上がった。
膝を払った。フィルがつけていった泥が、縁台の端に少し残っていた。




