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第17話 それぞれの準備

 シェイドが来たのは昼前だった。今回は玄関から来た。


 ノックして、私が出ると「少しよろしいですか?」と言った。アレンは畑にいた。私は外に出た。


「王国と排斥組織が、手を組みました」


 前置きがなかった。


「正式な連合ではありません。ただ、動く方向が一致した。それだけで十分です」


「いつ動く?」


「早ければ、半月以内」


 半月。


 私はシェイドを見た。シェイドは笑っていなかった。今日は笑っていなかった。それが、情報の重さを代わりに示していた。


「わかった」


「魔王様は、どうなさいますか?」


「まだ決めていない」


「そうですか」


 シェイドが頭を下げて、来た道を戻った。振り返らなかった。



 その日の午後、リーナが来た。


 薬草の籠だけでなく、布の束と細い棒を何本か持っていた。副木の材料だった。台所の隅に荷物を置きながら、独り言のように言った。


「もしものとき用に、少し多めに作っておこうと思って」


「もしものとき、とは?」


「怪我をした人が来るかもしれないから」リーナが布を広げながら言った。「来なければそれでいい。来たら、使う」


 それだけだった。理由を説明しなかった。準備していることの意味も言わなかった。ただ、手を動かしていた。


 私はリーナの手元を見ていた。


 布が折られて、棒が当てられて、形になっていった。リーナの手が迷わなかった。何度もやってきた動作だとわかる、迷いのない速さだった。


「リーナ」


「なに?」


「お前は——」


「手伝うなら布を押さえて」


 私は布の端を押さえた。リーナが手を動かした。それ以上、どちらも話さなかった。



 フィルは今日もいつも通り来た。


 膝に泥をつけて、息を切らして、「ディア!」と呼んだ。私が表に出ると「虫とろう」と言った。「興味がない」と言った。「じゃあ見てるだけでもいいじゃん」と言った。気づいたら並んで草の中にしゃがんでいた。


 フィルが虫を追いかけながら言った。


「なんか最近、村がざわざわしてない?」


「そうか?」


「おかあさんが、なんか心配してた」


「……そうか」


「ディアは平気?」


 私はフィルを見た。フィルは草の中を見ていた。虫を目で追いながら、こちらに顔を向けなかった。


「平気だ」


「そっか」


 フィルが虫を捕まえた。手の中に収めて、少し見て、逃がした。それだけだった。


 フィルはいつも通り帰った。走って、曲がり角で転びかけて、振り返らずに手を振った。私はそれを見送った。



 夕方、ゴルダが飛び込んできた。


 今度はシェイドも一緒だった。珍しかった。ゴルダが私の前に立って、震える手で紙を出した。


「魔王様、残党への連絡文を書いたのですが——」


 シェイドが横から口を開いた。


「解読されています」


「解読……?」


「暗号を使っていただいたのはよかったのですが、暗号の鍵を文中に書いてありました」


 ゴルダが固まった。


「『以下の文はこの規則で解読せよ』と書いてあります」


「…………」


「どんな情報も、暗号ではなく平文で書いたのと同じです」


 ゴルダの肩が、音もなく落ちた。私は紙を受け取った。見た。シェイドの言った通りだった。暗号の使い方を丁寧に説明した文が、本文の前に書かれていた。


「書き直せ」


「は、はい……」


「シェイド、手を貸せ」


 シェイドが「喜んで」と言った。ゴルダが「お前に頼むのは癪だ」と言った。シェイドが「では私が書きましょうか」と言った。ゴルダが「それはもっと嫌だ」と言った。


 私は2人に紙を返して、家の中に入った。



 夜、アレンが外に出た。


 私は寝る前に水を飲もうとして、窓の外を見た。アレンが井戸の脇に腰を下ろしていた。手に何か持っていた。


 布だった。剣を拭いていた。


 鞘から抜いて、布で丁寧に拭いて、また鞘に収めた。それを繰り返していた。急いでいなかった。確かめるような、ゆっくりとした動きだった。


(あの剣で、私は1度死んだ)


 1200年前ではない。3年前だ。あの夜、あの剣が私の体を貫いた。


 アレンが布を折り直した。また拭いた。


(今、あの剣がどちらを向くのか)


 私にはわからなかった。王国が来る。組織が来る。その夜、アレンが剣を手に取ったとき——どちらに向けるのか。


 考えが、そこで止まった。


 止まったのは、答えが出なかったからではなかった。


 止まった理由に、気づいた。気づいて、また止まった。


 アレンが剣を鞘に収めて、空を見上げた。どこを見ているのかわからなかった。私は窓から離れた。


 水を飲んだ。冷たかった。

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