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第16話 アレンは知っていた

 その夜、リーナが早めに帰った。


 フィルは昼に来て昼に帰っていた。家の中にアレンと私だけが残った。アレンが火の始末をして、明かりを1つ残して、椅子に座った。私は窓際に座っていた。


 特に何もない夜だった。


 風が弱かった。虫の声が遠かった。明かりが揺れて、部屋の形が少し変わった。


 アレンが口を開いた。


「お前が魔王だってこと」


 私は動かなかった。


「最初からわかってたよ」


 部屋の形が、また少し変わった。明かりが揺れていた。私の体は、座ったまま動かなかった。アレンを見ていた。アレンはこちらを見ていた。


 わかっていた、と言った。


 最初から、と言った。


「魔力の気配は、忘れない」


 アレンが続けた。


「あの夜、森で感じたのと同じだったから」


 雨の夜。行き倒れていた。魔力がほぼ消えていた、あの夜。それでも気配が残っていた。アレンはそれを、あの夜から知っていた。


「じゃあ」


 声が出た。思ったより小さかった。


「なぜ?」


 アレンが少し間を置いた。


「……お前が、雨の中で行き倒れてたから」


 それだけだった。


 言い訳がなかった。理由の説明がなかった。「魔王でも困っていたから」でも「かつての敵だから様子を見た」でもなかった。雨の中で行き倒れていた。だから拾った。それだけだった。


 私は、1200年生きてきた。


 人間の言葉は全部知っていた。どんな問いにも答えを持っていた。議論で負けたことはなかった。言葉に詰まったことはなかった。


 今、出てこなかった。


 口を開けた。閉じた。開けた。


 何も出てこなかった。


 アレンが私を見ていた。急かさなかった。


「……復讐しようとしていた」


 やっと出たのは、それだった。


「ずっと」


「知ってる」


「なぜ、何も?」


「お前が言うまで待ってた」


 私はアレンを見た。アレンは私を見ていた。灯りが揺れて、アレンの顔の影が動いた。


 言葉を探した。


 1200年分の記憶の中に、この場面に合う言葉があるはずだった。怒りでもなく、謝罪でもなく、宣言でもない、何か。探した。見つからなかった。


 アレンが視線を灯りの方に移した。


 私も灯りを見た。


 炎が細く揺れて、また戻った。2人とも、それを見ていた。どちらも口を開かなかった。開けなかった。


 時間が、ゆっくり動いていた。



 翌朝、リーナが来た。


 入ってくるなり、私の顔を見て「目が赤いわよ」と言った。


「寝不足だ」


「またアレンと夜更かし?」


「違う」


「ふうん」


 リーナが棚に荷物を置きながら、独り言のように言った。


「昨日、ゴルダさんに呼び止められたんだけど」


 私は椅子から顔を上げた。


「『今夜2人きりにする作戦を実行します、リーナ殿はなるべく早く帰ってください』って言われて」


「……」


「どういうこと? と思って聞いたら、シェイドさんとかいう人が別の作戦を立てていて、それが全然違う内容で、なんかゴルダさんが怒ってた」


「そうか」


「2人ともあなたのこと、心配してるのね」リーナが振り返った。「……うまくいったの?」


 私は答えなかった。


 リーナがしばらく私の顔を見て、それから「そう」とだけ言って、棚の整理を続けた。


 窓から光が入っていた。今日は晴れていた。

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