第14話 王国の命令
書状が届いたのは、朝だった。
王国の使者が村に来たらしく、村長が届けに来た。アレンは受け取って、礼を言って、扉を閉めた。私は部屋の隅の椅子に座っていた。アレンが封を開けた。読んだ。
読む間、顔が変わらなかった。
最後まで読んで、折った。上着の内側にしまった。台所に向かって、朝食の続きを始めた。
私はアレンの背中を見ていた。
何も聞かなかった。
リーナが来たのは昼過ぎだった。
アレンの顔を見るなり、察したような顔をした。「何かあった?」と聞いた。アレンが「書状が来た」と言った。リーナの表情が変わった。
「王国から?」
「ああ」
「……何が書いてあったの」
アレンが少し間を置いた。私は台所の入り口に立っていた。2人からは見えない角度だった。
「魔王の転生体を探し出す。協力しろ、と」
リーナが息を吸う音がした。
「アレン、どうするの?」
「……考える」
「ディアのことは?」
間があった。
アレンが何か言おうとした気配があった。言葉が来なかった。リーナもそれ以上押さなかった。台所で火が爆ぜる音がして、それだけが続いた。
私は入り口から離れた。
数日後、調査団が来るという予告状が届いた。
今度はアレンが読む前に、村長が来て話していくのが聞こえた。10日後。5人編成。元勇者への礼儀として事前に知らせる、という建前だった。
その夜、私は眠れなかった。
布の上で、天井ではなく窓を見ていた。外が暗かった。雲が出ていて、星も月も見えなかった。
逃げることはできる。
ゴルダに言えば、すぐ手を打つだろう。北の廃墟でも、南の集落の外れでも、隠れる場所はある。シェイドに頼めば、もっと遠くに消えることもできる。今の私の体では手間がかかるが、不可能ではない。
ここを出る。
それだけのことだった。
それだけのことが、なぜか——頭の中で、うまく形にならなかった。ここを出たら、何かが終わる。何が終わるのか、まだ名前がつかなかった。名前がつかないまま、それは確かにそこにあった。
(逃げるか)
途切れた。
続きを出そうとして、出なかった。
窓の外の雲が、少し動いた。隙間から光が差した。すぐに消えた。
翌朝、ゴルダが来た。
露天の途中だったらしく、前掛けに土がついていた。私が表に出るなり駆け寄ってきて、両手で私の手を握った。目が充血していた。今日は来る前から泣いていたらしかった。
「魔王様……! 調査団が来ると聞きました……!」
「声が大きい」
「も、申し訳ありません……! しかし魔王様、このままでは——今すぐ逃げましょう! 馬も用意してあります! 北の——」
「馬で幼女が逃げる絵を想像してみろ」
ゴルダが止まった。
「……目立ちます」
「目立つどころの話ではない」
「で、では荷馬車に——」
「荷馬車に幼女が1人で乗っていたら、もっと目立つ」
ゴルダが大きな体で、しゅんとした。「……そうですね」と言った。潤んだ目で私を見た。
「魔王様は、どうなさるおつもりですか」
「考える」
「考えるとは……」
「考えると言っている」
ゴルダがまた何か言おうとした。その背後から、のんびりした声がした。
「ゴルダさん、露天、開けっぱなしですよ」
シェイドだった。道の向こうから歩いてきた。ゴルダが振り返って「お前のせいで忘れた!」と言った。シェイドが「私のせいではないと思いますが」と言った。
「早く戻れ。野菜が傷む」
ゴルダが私を見た。また私を見た。何か言いたそうな顔のまま、「……はい」と言って走っていった。
シェイドが私の隣に並んだ。
「魔王様は、どうなさいますか?」
「お前にも同じことを言う。考える」
「そうですか」
シェイドが少し笑った。それ以上聞かなかった。
「では、また」と言って、来た方へ戻っていった。
私は2人の背中が見えなくなってから、家の方を向いた。
アレンが玄関口に立っていた。いつから出てきていたのかわからなかった。私と目が合った。
アレンが先に視線を外して、「中で食う」と言って家の中に入った。
私はその場に少しの間立っていた。
それから、ついていった。




