第13話 散歩だ
ゴルダが来たのは昼過ぎだった。
いつものように露天の帰り道を装っていたが、目が違った。私が表に出るとすぐに近づいてきて、声を落とした。
「魔王様。シェイドが動いています」
私は黙って続きを待った。
「今朝、村の者に伝言を頼んだようです。アレン殿宛てに——難民の子供が森で迷子になっている、と」
「嘘か」
「私が確認しました。そんな子供はいません」
風が来た。ゴルダの前掛けが揺れた。
「それだけではありません。私宛てにも、シェイドから伝言が来ています」
ゴルダが懐から紙を出した。私はそれを受け取った。
短い文だった。
——今なら殺せます。来ますか?
私は紙を折った。ゴルダを見た。ゴルダの目が揺れていた。泣きそうな顔だったが、泣かなかった。
「魔王様、私も——」
「ここにいろ」
「しかし——」
「ここにいろ、ゴルダ」
ゴルダが口を閉じた。私は紙を握ったまま、歩き始めた。
森の入り口まで来たとき、アレンの足跡があった。
土が柔らかい場所で、大きな靴底の跡が続いていた。私の足では追いつかないかもしれない。走った。幼女の足で走るのは、効率が悪かった。それでも走った。
廃屋が見えてきた。
かつて炭焼きが使っていたらしい小屋で、屋根が半分落ちていた。アレンがその前に立っていた。まだ中に入っていなかった。何かを確認するように、小屋の周囲を見ていた。
罠に気づいているのかもしれなかった。気づいていないのかもしれなかった。
私はアレンの前に出た。
アレンが振り返った。
私はアレンの前に立ったまま、動かなかった。剣があるわけではなかった。魔力が使えるわけでもなかった。ただ立っていた。幼女が、元勇者の前に立っていた。
(私は今、何をしようとしている)
考えた。本気で考えた。
(復讐か)
1200年分の怒りが、あった。確かにあった。今もある。この男に倒されて、幼女に転生させられて、千年かけて築いたものを全部失った。その怒りは、嘘ではなかった。
(それとも——)
途切れた。
続きが、出てこなかった。
アレンが私を見ていた。何も言わなかった。私が前に立っている理由を聞かなかった。ただ、見ていた。
「意外ですね」
声がして、2人とも顔を向けた。
廃屋の壁際に、シェイドがいた。いつから立っていたのか、わからなかった。腕を組んで、笑っていた。
「来るとは思っていませんでした。いえ——来るだろうとは思っていましたが、こういう形で来るとは」
「黙れ」
「はい」
シェイドが腕を解いた。踵を返した。
「では、また」
それだけだった。足音が遠くなって、消えた。
私とアレンが残った。
アレンが口を開いた。
「何しに来た?」
少し間があった。
「……散歩だ」
アレンが私を見た。私はアレンを見た。
「そうか」
それだけだった。
アレンが歩き始めた。来た道を戻るように、森の入り口の方へ。私はその隣に並んだ。少し遅れて、並んだ。
木の間から光が落ちていた。足元の土が、場所によって色が違った。湿った場所と、乾いた場所が交互にあった。私はそれを踏みながら歩いた。
アレンは何も聞かなかった。
私も何も言わなかった。
森を抜けて、村の道に出た。家々の屋根が見えた。どこかで子供の声がした。フィルかもしれなかった。フィルではないかもしれなかった。
アレンが歩いていた。私がその隣を歩いていた。
廃屋の前で私が何をしようとしていたのか、答えはまだ出ていなかった。出ていなかったが、今は、それでよかった。
家が見えてきた。




