第12話 復讐計画、再起動
シェイドが2回目に現れたのは、魔族の親子が村を出た翌日だった。
母親の足が回復して、行ける、と判断したのだろう。南の亜人の集落に知人がいると言っていた。アレンが道を教えて、リーナが薬を持たせた。子供2人が出がけに私の手を握った。私は振り払わなかった。それだけだった。
翌朝、私が1人で村の外れを歩いていると、シェイドがいた。
「お待ちしていました」
「待っていたなら先に声をかけろ」
「魔王様が通るのを確認してから声をかけました。待っていたのは本当です」
言葉の遊びが好きな男だった。1200年来変わらない。私は立ち止まった。
「法案が、通りそうです」
シェイドが前置きなく言った。前回より声が低かった。
「議会の票読みが変わりました。後ろ盾の商人が、もう1人大きな名前を引き込んだようで」
「いつだ?」
「早ければ、次の議会。2ヶ月以内です」
2ヶ月。
私は道の先を見た。村の家々の屋根が並んでいた。煙が1本、どこかから上がっていた。朝食の支度だろう。
「通れば、魔族が街に住めなくなります。今いる難民たちは、森か荒野に追いやられる。冬が来る前に」
「わかっている」
「魔王様が旗になれば——」
「わかっていると言っている」
シェイドが口を閉じた。
わかっていた。シェイドの言っていることは、全部わかっていた。あの母親と子供たちが、行き場を失う。ゴルダが野菜を売りながら耐えてきた場所が、制度として塞がれる。それが何を意味するか、私には骨身に染みてわかっていた。
シェイドがまた口を開こうとした、そのとき。
「あ、魔王様」
声がして、2人とも振り返った。
ゴルダだった。野菜の入った籠を両手に抱えて、道の向こうから歩いてきた。シェイドを見た瞬間、顔が変わった。
「お前か」
「ゴルダさん、お久しぶりです」
「久しぶりじゃない。先週も会った」
「そうでしたね。あのときは情報をありがとうございました」
「お前に礼を言われる筋合いはない!」
ゴルダが籠を地面に置いた。本気の顔だった。シェイドは笑っていた。私は2人を見た。
「……お前たち、後にしろ」
「失礼しました」とシェイドが言った。「続きは別の機会に」
それだけ言って、来た道を戻り始めた。ゴルダが「逃げるな!」と言って籠を拾い上げた。
私は2人の背中を見送った。
その夜、私は眠れなかった。
布の上で、天井を見ていた。シェイドの言葉が頭の中を回っていた。2ヶ月。法案。冬が来る前に。
起き上がった。
机の上に紙があった。アレンが畑の作付けを書き留めるのに使っているものだった。私はその裏を使って、現状を書き出し始めた。
魔力量:幼女以下。ただし暴発時は一時的に増大する。制御不能。
手駒:ゴルダ、残党数名。シェイド——使えるが目的が読めない。
時間:2ヶ月。
目標:
そこで止まった。
目標、と書いて、次が出てこなかった。
復讐。アレンを倒す。そう書くべきだった。それが、ここに来た理由だったはずだった。ここで生き延びて、力を蓄えて、隙を見て——
隣の部屋から、寝返りを打つ気配がした。
アレンだった。
それだけだった。寝ているだけだった。何かが起きたわけではなかった。ただ、気配があった。
私は紙を見た。目標の欄が空白だった。
埋められなかった。
紙を裏返した。作付けの図が出てきた。私はそれを見ていた。アレンの字は大きくて、少し歪んでいた。几帳面な性格には見えないが、図の縮尺だけは妙に正確だった。
いつの間にか、目が閉じていた。
朝、フィルが来た。
開口一番、私の顔を見て言った。
「目、赤い」
「寝不足だ」
「なんで?」
「考えごとをしていた」
「なんの?」
答える前に、台所からアレンの声がした。
「飯できた」
フィルが「やった!」と言って駆けていった。私は立ち上がった。
(続きは、また今夜考える)
台所に向かいながら、昨夜の紙のことを思った。目標の欄が、まだ空白だった。
アレンが椀を3つ、卓に並べていた。フィルがすでに座っていた。私も座った。
湯気が顔に当たった。温かかった。




